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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
126/161

虎徹さん、お兄さんと語る。

挿絵(By みてみん)

虎徹さんとお兄さん、チェスを打つ。

 どしゃ降りの雨の中 声張り上げて歌った

 夜の街角みんなで 明けるまで踊った


 冗談知らないあなたも 私の言葉に笑ってくれた

 夢を食い散らかして 私たちは走った


 困らせたくて あなたの背中で泣いた

 戻れない昨日 見えない明日 そばにいて いまはそばにいて


 (ごう)宙尉補さんが眼を開けた。

 遠く聞こえてくるこの歌は、えっち星の歌声? それとも脳内に組み込まれたチップが自動翻訳してくれている地球の歌声?

西織(にしおり)先生と山本先生と神無(かむな)さんの歌声ですよ』

 ベッドの横に座っていた板額(はんがく)さんが言った。

『神無さんはご存じでしょう。あっという間に郷宙尉補さんのお母さんの歌をカラオケデータに変換して翻訳歌詞まで入れて、カラオケマイクの曲にしちゃったそうです』

「……あれ?」

 ぼんやりと板額さんの話を聞いていた郷宙尉補さんは周囲を見渡した。

「ここ、さっきと部屋が違う」

『私の部屋です』

 板額さんが言った。

『二号機さんの部屋から、私が郷宙尉補さんを移動しました。このままゆっくりお休みなさい。私は寝なくても大丈夫なアンドロイドですから、ずっとここにいます』

「板額さんの部屋なんてあったんだ」

『ほんのひと月くらいしかいませんでしたけど』

「板額さんの部屋にしては殺風景ね」

『二号機さんや神無さんのようにお給料が頂ければ、私もお部屋を飾ってみたいですね』

「無給なんだ。あんなに働いているのに」

『この頃は気まぐれな妖精さんの相手しかしてませんでしたけどね』

 ふとんの中から郷宙尉補さんが手を伸ばしてきた。

「そばにいてくれる?」

『はい、郷宙尉補さん』

 板額さんは微笑んで郷宙尉補さんの手を握った。


 どこかでかけらを落としてきたの

 風に向かって靴を履いた

 大好きな歌を口にのせ探しに行きましょう


 風の中でだれかにあった

 どこに行くってわけじゃないの

 落としたかけらを見つけたいだけなのよ


「よーう、楽しんでますかー」

 ほろ酔い加減の虎徹(こてつ)さんがお兄さんのところにやって来た。

「楽しんでおります」

 お兄さんが言った。

「なんで酒が入って、余計にかたくなってるんだよ」

 そりゃ、酔い潰れた部下の介抱して愚痴まで聞かされて陽気だったら、それもおかしいだろう。

「まあいいや」

 お兄さんの盃にお酒を注ぎながら虎徹さんが言った。

「兄貴、チェス盤持ってきたか。じいさんのヤツ」

「ああ、持ってきた」

「けっこう。兄貴、今日は泊まっていけよ。あとで久々にやろうぜ」

 虎徹さんは自分の席に戻っていった。

 ふん、どうせからかうつもりなのだろうさ。「じいさんはどこだーい」とか言いながら。

「宙尉~~」

 地獄の底から声が聞こえてきた。

 はっと、お兄さんはまわりを見渡した。

 座布団を頭に被って伏せているのがいる。

林田(はやしだ)君か」

「宙尉~~助けてください~~。吐きそうです~~」

 なんてこった、郷宙尉補の次は林田くんで、いったいどんな飲み会なのだ。

 風のようにすっ飛んできたのはロボ子さんだ。

 林田さん体を軽々と背負い上げ、座敷からトイレに直行。林田さんをトイレに放り込んで座敷に戻ってくるとにっこりと笑ったのだった。

『他に吐きたい方はいらっしゃいますか。ただいまトイレは詰まっておりますが、我が家は外が広うございます』

 ふるふるふる!

 全員が首を振った。

 陽気に歌う西織先生、山本先生、神無さんの三人娘をのぞいて。


 服を詰め込んだバッグの重さも あなたにもらった指輪の痕も

 ”一週間に八日、あなたが好き”

 三年分の髪の長さも ちょっと疲れちゃった私の心も

 ”一週間に八日、あなたが好き”


 それにしてもこの三人娘、平均年齢が二〇歳と娘と呼ぶには微妙である。


 夜九時。

 宴は終わりだ。

 西織先生と山本先生は村長さんに誘われてホテルのバーで二次会のようだ。

 林田さんは「ごめんなさい、迎えに来てください」と妙に低姿勢で電話している。

 えっち星人さんたちもホテルに帰るかグループごとに二次会かに別れ、それぞれ長曽禰家をあとにしていく。神無さんの姿がないが、どうやらほろ酔い気分で卵形態でごろごろ転がっていってしまったらしい。おなかがすいたら帰ってくるだろう。

 ロボ子さんは後片付けに忙しい。

 ここでも一号機三号機さんの手伝いの申し出を断ったロボ子さんだ。

 残った料理を折り詰めにして全員に渡し、膳を下げ、ざっと大広間を掃除し、あとは大量の皿洗いだ。

「ロボ子さんは忙しそうだから、おれが布団を敷いてきた。気に入らなかったら自分で敷き直してくれ。あとパジャマも出しておいた。楽になりたきゃ着替えてきてくれ。いま入ると浮かびそうだから、風呂はあとで沸かそう」

 虎徹さんに言われたとおり食事室のテーブルの上にチェスを並べていると、ジャージ姿になった虎徹さんが戻ってきた。

 そして熱いお茶。

「ロボ子さんが淹れてくれるようにはいかないがな」

「ありがたい。酒臭い口がすっきりする」

「頭もすっきりするぜ」

 さて、やろうか。

 虎徹さんが言った。

「チェスはどっちが強いんだったかな」

「さあな」

「兄貴が強かった。なんどやっても勝てなくて悔しかったもんだ」

「覚えているのなら、なぜ聞く」

「おれの士官学校時代のあだ名を知っているか?」

「またずいぶん話が飛ぶのだな」

「鉄の虎徹だ」

「ふうん?」

 お兄さんは生返事で返した。

 対局はもう始まっている。

「あんたから見ればすちゃらかなおれだろうが、仲間から見れば堅物で融通が利かないトーヘンボクだったのさ、おれは」

 この弟はいったい何の話をしているのだろう。

 まだ酔っているのか?

「おれはあんたが嫌いだった」

「ああ、知っている。わざわざ言う必要はない」

「小さい頃からあんたはいやなヤツだった。傲慢で堅物で。いつかあんたを殴ってやろうと思っていた。だけど困ったことに、兄弟ってのは追いつけないもんなんだ。あんたはいつでもおれの三年先にいるんだ。こんなのは不条理だ」

「今なら殴れるぞ」

 駒を進め、お兄さんが言った。

「体はおれのほうがでかいままだが、おまえはおれの階級を超えた。しかも大冒険の英雄だ」

「おれは、あんたが主席として君臨していた士官学校に入った。あんたの評判ばかり聞いた。どうせ敵わないとはじめからあきらめていた。だけどな、こんなすちゃらかでも負けるもんかって思うときがあるんだ」

「そうかね」

「あんたのようになりたかった」

 虎徹さんが言った。

 ぽろり。

 お兄さんは駒を手から落としてしまった。

「あんたのような強い男になりたかった。不良の上級生にも理不尽な教師にもひるまない、あんたのようなかっこいい男になりたかった」

「あのな、弟」

「一世一代の告白なんだから、適当な言葉でごまかすんじゃねえぞ?」

「……」

 お兄さんは眉をひそめ、そして言った。

「それならおれも言わせて貰おう。おれが任務に耐えきれずに倒れたのは事実だ。その弱さはおれが自分で克服する。変な同情やおべっかはむしろ不愉快だ」

「すこしはそれもある、と思う」

「堂々と言うな」

「だが、おれがいま言ったことは本当だ。そしてな、少し嬉しいんだ」

「なにがだ、弟」

「このことを話せる時がおれたちふたりに来たことがだ。ちょっとな、嬉しいのさ」

 まいったな、とお兄さんは思った。

 こんな衝撃の告白をされてしまうくらいなら、おじいさんの幻とチェスを打っていたことを馬鹿にされた方がマシだった。

 しょうがないので茶をたっぷりと飲もう。

 酔いを覚まし、そして全力で叩きつぶしてやろう。

 もう一〇年、おれに勝てないと思いしらせてやろう。

 虎徹さんは、相変わらずだらしのない長い前髪を垂らしていて顔が見えない。ただ少し拗ねているように、ただ照れているように、口を尖らせて駒を運んでいる。


「静かになったね」

 郷宙尉補さんが言った。

『ええ、宴会は終わったようです』

「ごめんね、私に付き合わせちゃって。あまりお酒呑めなかったね」

『構いません。あまり酔うと私や板額型の評判にも響きますから。あの程度くらいがいいんです』

「ずいぶん母の曲を聴かされたなあ」

『いい曲が多いですね』

 郷宙尉補さんが、板額さんの手をぎゅっと握ってきた。

 板額さんも軽く握り返した。

「私、知ってる。板額さんはおっぱいは硬いけど、手は柔らかいの」

『あなたが男性だったら、今ごろ拳で顔を潰しています』

「私ね、お母さんが嫌いだった。好きになる努力もしなかった。思い出だけになっても、お母さんのいやなところばかり思い出すの」

『はい、宙尉補』

「でも、さみしい。板額さん、私、さみしい」

『はい、宙尉補』


 いい成績を取っても、昇進しても、もうなんの意味もない。

 どうだ!って見せつける相手がいない。

 どうだ、私はあんたと違う道でここまでやったぞと、握りこぶしを突き上げて叫ぶ相手がいない。


 さみしい。


 私、さみしい、お母さん。


■登場人物紹介・主人公編。

長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。


林田さん。

長曽禰興正宙尉(お兄さん)の部下。


■ゲスト編。

西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。


山本 瑞希。(やまもと みずき)

地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。

長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。既婚。三〇歳。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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