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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
121/161

林田さん、泣く。

挿絵(By みてみん)

 怒濤の一週間が過ぎた。

 自宅静養の一週間が怒濤というのはどうなのだとも思うが、それが地球の流儀なのだろう。明日から出勤だ。そのほうがむしろおれには心地よい。

 腕を組み、椅子に座り、目の前のテーブルにはおじいさんのチェスだ。

 あれ以来、おじいさんは現れない。

 もう現れないのかもしれない。

 あれは幻なのだと、自分で口にしてしまったのだから。

 もちろん、はじめてチェスのむこうにおじいさんを見た少年の日から、それはわかっていた。

 だが。

 お兄さんは銃を抜いた。そして銃口をチェスに向けた。


 撃ってしまえばいい。


 ここで撃てば、みなすっ飛んでくるだろう。自分の弱さの象徴であるチェス盤を銃で破壊した大馬鹿者だと、みなに教えることができる。

 そうだ。

 そうすればおれは、もう虚勢を張らなくてもいい。

 ただのみじめな小心者に還ることができる。


 それでいい。


 お兄さんは銃を納めた。

 そして、駒をひとつひとつ丁寧にケースにしまった。

 引き金を引く「強さ」が、おれにはなかったのか。

 それとも、引き金を引いてすべてを無責任に捨ててしまう渇望に抗う「強さ」が、おれにまだ残っていたのか。

 お兄さんにはわからない。

 わからなくていいと思った。


 おれはまだ抗うのだと、ただそれを今、おれは決めたのだ。


 朝。

 一週間ぶりの出社で普段は乗らないエレベーターに乗ると、聞き覚えのある曲がシャカシャカと小さく聞こえてきた。乗り合わせているだれかが聴いているらしい。


 眠りましょう 朝は来る

 眠りましょう きっと来る


 眠りましょう 朝は来る

 眠りましょう きっと来る。私にも

 眠りましょう きっと来る。あなたにも


 チーム興正(おきまさ)の部屋でも、林田(はやしだ)さんが新聞を読みながらイヤホンで音楽を聴いているようだった。

「おはよう」

 声をかけると、林田さんは慌てて立ち上がった。

「構わん、そのまま。就業時間前だ」

「もう出社してもいいのですか、宙尉」

「迷惑をかけた。ところで」

「はい」

 林田さんが立ち上がる時に外したイヤホンからも、あの曲が聞こえている。

「ああ、この曲ですか」

 林田さんは頭をかいた。

「なかなかいい曲ですね。地球でもヒットするかもしれません」

 どうやらデータがパーク内で広がっているようだ。

 地球人にとって新鮮なだけでなく、ここのえっち星人も五〇年前の本星しか知らないわけで、新鮮に聴けるのだろう。

「しかし、君、この歌の歌詞がわかるのか?」

「なに言ってるのかわからない英語の歌だってヒットしますよ。同じ事です」

 なるほど。

 お兄さんが席に座ると、勢いよくドアが開いて郷義弘(ごうのよしひろ)宙尉補と板額(はんがく)さんが入ってきた。

「板額さん、お昼休みはGOよ!」

『はあ』

「卵一〇個九八円! すばらしいわ! あと、なんといってもジャガイモ・ニンジン・タマネギ組み合わせ自由で三個九八円! パック酒八五〇円!」

『慌てなくても、退社後でも買えますよ』

「甘いわねええ、これだから乙女回路積んでる世間知らずアンドロイドさんはねええ!」

『といいますか、ホテル住まいなのに未調理食料品が必要なのですか、(ごう)宙尉補』

「板額さん、きっと給料高いんでしょうねええ! うちの軍、あなたのレンタル料いくら払っているんでしょうねええ! あら、おはようございます、宙尉」

「おれに気づくのに、ずいぶん時間がかかるんだな」

「もうゲロ吐かないんですか?」

 ひいっと林田さんと板額さんがすくみ上がるようなことを、しれっと言う。

「そうありたいね」

 お兄さんは苦笑いを返した。


「気をーつけいッ!」

 始業時間前に、一等兵曹さんの号令が響き渡った。

 全員起立し、敬礼を交わした。

「一週間、大変迷惑を掛けた。遺憾に思う。さて、仕事にかかろう」

 いつも通りのお兄さんの短いスピーチで一日の仕事が始まった。

 やはり悪くないと、お兄さんは思う。

 引き締まる。

「さて、一等兵曹、林田くん。報告を――」

「宙尉」

 林田さんが立ち上がった。

「なんだね」

「今夜、呑みましょう」

 お兄さんは片眉を上げ、林田さんを見上げた。

「体調がまだ戻ってないなら、週末にでも。呑みましょう」

「君は何を言っているのだ。もう就業時間だぞ、林田くん」

「おれは納得がいかないんです」

 林田さんが言った。

「宙尉は――失礼ですが――煙たがられて地上に降ろされたんですよね。有能なのに、ガミガミとうるさいから。今は宇宙船も地球衛星軌道上を回っているだけだから、宙尉がいなくても大丈夫だから。それが、いやな仕事が出てくると、それを押しつけるために戻って来いという。それが終われば、休みも与えずにまた地上に帰れという。ひどいじゃないですか」

「いや、あのな、林田くん」

 興奮する林田さんを止めようとして、お兄さんは言葉を失った。


 林田さんが泣いている。


「そんなの、ひどいじゃないですか……!」

 涙をボロボロと落とし、林田さんが泣いている。

「林田くん……」

 チーム興正のメンバーはみな林田さんの激情に驚き、そしてうつむいている。

「おれも」

 と、口にしたのは一等兵曹さんだ。

「いえ、私も、上はやり方が汚いと思いました」

「一等兵曹!」

 と、お兄さんはきつめの声を出した。

 それはいつも通りの、倒れる前のいつも通りの声と口調だったので、お兄さんは心の中でほっと胸をなで下ろした。

「民間人の林田くんはともかく、君がそれを人前で言うな! 私は命令に従って任務をこなし、戻ってきた。それに対する批判は許さん!」

 ざっ!

 一等兵曹さんは立ち上がり直立不動で敬礼した。

「申し訳ありません、宙尉! 規律を乱す発言でありました!」

「宙尉、宙尉……おれは……」

 林田さんは、まだ泣いている。

「林田くん、君の気遣いは受け取っておく。ありがとう。洗面所に行って、顔を洗ってこい」

「帰化しましょう、宙尉!」

「うん?」

「そんな酷い上司なんか捨てちまいましょうよ! 宙尉ほどの人なら、日本に帰化したってやっていけますよ。帰化して、転職しちゃいましょう!」

 ぶっ。

 見なくてもわかった。

 いま噴き出したのは、端に座る郷宙尉補さんだ。

「所帯を持てば帰化しやすくなると聞いたことがあります」

 林田さんが言った。

「意外と古臭い表現を使うのだな、君は」

「おれの姪がまだ独身です。けっこう美人ですよ。相手にいかがです!」

 ぶ、ぶはっ。

 そろそろ郷宙尉補さんの我慢が限界に来ているようだ。

 林田さんはスマホの画像をお兄さんに見せた。

「まだ小学生ですが、婚約というかたちで!」

「私に犯罪者になれというのかね、林田くん!」

 郷宙尉補さんが決壊した。


「悲鳴のような笑い声が、園長室まで聞こえてきたんだが」

 虎徹(こてつ)さんが言った。

「知りませんな」

 虎徹さんに呼び出されたお兄さん、不機嫌さをわざと隠していないのだが、虎徹さんは気にしていないようだ。

 お兄さんは思った。

 おれが倒れたことで、いちばん態度に変化があったのがこの弟だろうな。

「兄貴、婚約したんだってな」

「しておりません」

 ぎろり。

 お兄さんが睨んでも前のようには怯まなくなったのだ

「林田くんが、兄貴との宴席を設けたいといってるそうだが、どうだ、それ、うちでやらないか、兄貴」

「地球司令代理の?」

「うちは田舎の古い農家で、二〇人でも三〇人でもへっちゃらだ。まあ、逆に言うと、それだけの人数の宴会を開ける飲み屋はこの村にはまだないんだ。ホテルの宴会場はあるが、そんな大げさなのは兄貴もいやだろう。ロボ子さんの料理はうまいぞ。神無(かむな)さんもそこそこやってくれるだろう。チーム興正呼んで、他も呼んで、楽しくやろうや」

「考えておきましょう」

「考えておきたまえ。地球司令代理として命ずる。まあ、兄貴の体調次第だ」

「それはもう、問題ない」

「それとな、兄貴」

「なんです、地球司令代理」

「チェスもってこいよ。久々にやろうぜ」

 にやりと虎徹さんが笑った。


■登場人物紹介・主人公編。

長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その朴念仁ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。


林田さん。

一等兵曹さん。

長曽禰興正宙尉(お兄さん)の部下。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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