板額さん、素数を数える。
真夏だというのに長いコートは目立つ。
それも深紅なのだから悪目立ちする。
板額型護衛アンドロイド一番機板額さんはコンビニで買い物を済ませるとすぐに店を出た。あとで「変な女が来た」と話題になってしまうのだろう。ただ、防犯カメラはしょうがないが、写真を撮られていないかだけはチェックする。ネットで拡散されてしまうようなことだけは困る。かわいそうだが、その気配を感じたらその機器ごと電磁波照射で破壊することになる。
『典太さま、朝食です。運転代わります』
運転手側の窓をノックすると、のそりと男が出てきた。宇宙人で、この車を盗んできて、そして無免許。
三池典太光世。
本名ではないのだろうけど。
「さまもいらない。典太でいい。そういったろ」
宇宙人が言った。
『護衛対象は、どんなだらしのない男でも死んだような目をした男でも「さま」付けで呼べ。これは弊社マニュアルで定められた対応なのです』
「その前段部分はいま付け足したでしょう、板額さん」
典太さんは袋を受け取ると助手席に乗り込んだ。リクエストは梅干しと鮭のおにぎり。飲み物はお茶のペットボトル。宇宙人なのだから、お菓子とかパンとか食べそうだと思っていた。とんでもないリクエストをされるよりはいいが、調子が狂う。
板額さんはコンビニの駐車場から車を出した。
ちなみに板額さんにはちゃんと免許証があるらしい。
『いくつかニュースサイトをチェックしました』
板額さんが言った。
『第四世代戦闘アンドロイドが街中に出現し破壊されたというのに、まったく報道されていません。おそらく周到に準備され、短時間で痕跡を消したのでしょう』
隣には、慣れた手つきでおにぎりのフィルムを外す宇宙人。
まったく調子が狂う。
「あんたが来てから、突然すべてが変わってしまった」
おにぎりを食べながら典太さんが言った。
「みんな、さんざんおれを小馬鹿にして狂人扱いまでしていたんだ。あんたの専務さんもだ。それがべっぴんな警護アンドロイドに殺人アンドロイドだ。いったい、おれが知らないところでなにがあったんだい」
『城家は――』
ぱきっ!
典太さんはお茶の蓋をひねった。
「あんたの専務さんは、鼻で笑っておれをオフィスから追い出したんだ。いいから質問に答えな」
『――現在、当局が動いたのか別組織が動いたのか分析中です。しかし警護相手のあなたが襲撃されたのですから、反撃したことに瑕疵はありません。公安も混乱していましたし――』
「質問に答えていないようだぜ、べっぴんさん」
『――それに関してはお詫びしなくてはならないかもしれません』
板額さんが言った。
『監視対象のもとにタイラ精密工業の護衛アンドロイドが押しかけた。それがトリガーだったのかもしれません』
ごくごくと典太さんはお茶を飲んでいる。
一気にペットボトルを飲み干し、ふうとシートにもたれた。
『三池典太光世さま』
板額さんが言った。
『あなたは小馬鹿にも狂人扱いもされていません。当局ははじめからあなたをフォリナーだと判断していたのです』
典太さまはかつて艦長一味に宇宙船をどこかに隠され、自分が宇宙人である証明をできませんでした。しかし当局は典太さまの話に興味を持ったのです。典太さまの供述内容は狂人ではありえない筋の通ったものでしたし、宇宙船が不時着したという日時には、確かに大火球が日本各地で目撃されていました。なにより地球人と変わらない外見でありながら、その体組織が微妙に異なるのが謎だった。
わかりませんでしたか。
典太さまは一時収容された病院は精神科でしたが、当局は典太さまの体も調べていたのです。その後も典太さまには、警視庁公安の監視が二四時間ついていたのです。昨夜、私が監視していた男たちのデータを消去したのはご覧になったでしょう。あれが警視庁公安です。
典太さまの供述通りにこの世界に二〇〇名のフォリナーがいるのなら、そのうち誰かと接触するだろう。当局はそれを待っていたのです。
『しかしそれより先に、タイラ精密工業がアクションを起こした』
板額さんが言った。
『当局はそれでも監視を続けるだけだったでしょう。しかし、別の筋が動き出してしまった。タイラ精密工業が典太さまと接触したということは、何かがあったに違いないと考えたのかもしれません。典太さまがおっしゃいましたように、昨日で状況が変わってしまったのです』
「……」
『申し訳ございません。弊社はもっと注意深く行動すべきでした』
「なるほど。あんたの専務さんも、本気でおれを信じる気になったのは昨日の襲撃からだってことだ」
『……』
「それで、板額さん」
『はい』
「あんたたちはどうするつもりだい? あんたたちの見込みが違って、国を相手にすることになるかもしれない。おれをお上に差し出すかい?」
『弊社に瑕疵はありません』
板額さんが言った。
『襲撃されたのは私たちのほうです。弊社の方針は定まっています。三池典太光世さま、あなたと宇宙船を探すのです。三三光年の彼方からやってきた宇宙船を誰よりも早く見つけるのです』
「公安のデジカメを破壊してたよな」
『……』
「あと、この車は盗難車なんだけど。ついでに、おれんちに住居侵入してたよな。そして、どうやらあんたの会社は、穏当ではない手段で当局の情報にアクセスしている」
『……』
突然、典太さんが笑いはじめた。
げらげらと声をあげて笑っている。
「それで、この車はどこに向かっているんだ? 手掛かりはあるのかい? おれ、補陀落渡海がどこにあるのかなんて見当もつかないんだけど」
『昨日の警視庁公安とは別に、単独で動いている警視庁公安がいます。彼のチェックリストを利用できます。ここ数年で地縁者ではない若者の転入者があった村、宇宙船が隠せそうな地形、最近UFO騒ぎがあったところ、様々です。彼が自分の足で調べて、かなり絞り込んでいます。それを利用できます』
「ああ、その情報をのぞき見たあんたの専務が動き出し、あんたがうちに来たのか。そしてあの襲撃で後には引けなくなった」
なあ、板額さん。と典太さんが言った。
「この会話もあんたの専務さんがチェックしているんだろう?」
『送信を止めましょうか』
「いい。板額さんのようなべっぴんな相棒を寄こしてくれてありがとうと伝えてやれ。三池典太光世は感謝しているとな」
典太さんは目を閉じた。
「少し眠る」
いじけた中年男と世間知らずの護衛アンドロイドの旅が始まった。
板額さんが出してくる情報をチェックしながら。
Nシステムを避けながら。
板額さんの充電をしながら。
EVスタンドで充電するとき、板額さんはコートの中にプラグを入れる。典太さんとしては、板額さんの体のどこに刺しているのだろうと妄想できなくもない。ただお見通しらしく、充電している間中、板額さんは鬼のような形相で典太さんを睨みつけている。
「なあ、板額さん」
運転をしながら典太さんが言った。
『はい、典太さま』
「君、アンドロイドだよな。おっぱいも硬かったし。EVプラグをスカートの中に差し込んで充電してるし」
ぶーん…。
ぶーん…。
『典太さまに胸を触らせたことはありません。触ったら適切に対処します。マニュアルでセクハラ行為への反撃は認められています。弊社法務部が全面的に私をバックアップしてくれます』
「アパートで抱きしめたじゃないか」
ぶうううーん…。
ぶーん…。
『あと、これはスカートではありません。ロングコートです』
「へえ、そうなんだ。どうなってるのか、よかったら中を見せてよ。あと気になるから、もう一度胸の感触を確かめさせてくれない?」
二、三、五、七……
十一、十三、十七……
板額さんの顔を盗み見た典太さんが笑った。
「なに素数数えてるみたいな顔してるんだよ」
素数を数えているのです。
たしかに抱きしめられた。あの時、この中年男は私の胸の感触を気にしていただなんて。
ありがとう。
ありがとう。
寝言で繰り返しながら、そんなこと考えていただなんて。
中年男なんて嫌い。
はやく宇宙船が見つかるといいのに。
「へえ、ここはいいところだな。絶景だ」
車から出た典太さんが背を伸ばした。
単独で動いているという警視庁公安。彼のチェックがまだ届いていないところを先回りする。今はまだ北関東だ。
「故郷に似ているよ。ていうか、ほんと、地球はおれの星によく似ているんだ」
旅情はいいですから、探してくれませんか。
『近くに宇宙船があると知らせてくれる装置とかはないのですか?』
「補陀落渡海はリモコンじゃないんだからさ。超巨体なんだから。部屋の隅で服の下に紛れこんでるわけじゃないんだからさ。それでいえば、誰にも見つけられていないってのがむしろ不思議なんだよ。日本以外にあるとかの可能性は?」
『その超巨体で、日本や各国の防空識別圏を越えてですか』
「うーん」
典太さんは考え込み、そしてふふっと笑った。
「まあ、なんとなく思わないんでもないんだ」
補陀落渡海が隠されているところには、仲間たちが集まって来ているんだ。世界に散らばったはずの、仲間たちが。
この異星で、ただひとつ、おれたちの星の匂いがする場所なんだ。
還る星を失った二〇〇人の宇宙人が、無意識に、なんだかわからないけど集まって、いつの間にかだれも知らない村ができているんだ。
『メルヘンですね』
「だから、こうやって走っていれば、おれはいつか、補陀落渡海にたどり着けるんだ。ねえ、板額さん」
『はい、典太さま』
「気になるんだ、やっぱりおっぱいの感触を確認させて」
『嫌です』
七三、七九、八三、八九……
四六一、四六三、四六七、四七九……
ほんとうに、はやく宇宙船が見つかればいいのに。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。
城家長茂。(じょうけ ながしげ)
地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。
板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。
宇宙船氏。
地球人。警視庁公安の警察官。
ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




