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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
118/161

お兄さん、目を覚ます。

挿絵(By みてみん)

「自律神経を乱すもとになるような身体疾患は見当たらんな」

 宇宙駆逐艦補陀落渡海(ふだらくとかい)の軍医さんが言った。

 パーク社屋の医務室。

 補陀落渡海の医務室の先進設備をそのまま移動させてきたものだ。レベルの高い手術もできる。

「つまり?」

 虎徹(こてつ)さんが聞いた。

「頑丈な男だということだ。あとは心身のストレスを取り除くことだ。規則正しい生活、充分な睡眠」

 お兄さんはベッドで眠っている。

 虎徹さんはお兄さんの寝顔を覗き込んだ。


 かッ!


 お兄さんが突然両眼を見開き、虎徹さんは悲鳴をあげて飛び退いた。

 むくりと体を起こしたお兄さんが言った。

「加療は必要ないということですな」

「ないな」

 軍医さんが言った。

「では私は仕事に戻る」

「君は馬鹿かね、宙尉」

「規則正しい生活とあなたはおっしゃった。それこそが私の日常だ」


「ばかもーーん!」


 軍医さんが雷鳴のような怒鳴り声を上げた。

 さすがのお兄さんも動きを止めてしまう。虎徹さんは腰を抜かしたままだ。

「君はゲロを吐いたのだ! そしてぶっ倒れたのだ! 掃除をしたのは誰だ。君の部下だ! 君をここに運んだのは誰だ。君の部下だ! 君は部下に迷惑をかけたのだ! 君の部下は君のために貴重な労力と時間を使ったのだ! その現実を直視するのだ、宙尉!」

 反論しようがない。

「軍医どの。それでは私はどうすれば」

 お兄さんが言った。

「今夜はこのベッドで過ごすのだ。それで問題ないのであれば帰ってもいい。ただし、一週間の自宅静養を命ずる。艦長、書類はすぐにまわす」

「はい」

 床にへたりこんだままの虎徹さんである。

「優秀な看護師がいるから彼女たちに今夜は任せる」

「……」

「……」

 さすが実の兄弟だ。

 いやな予感を共有したようだ。


『はあい、魅惑の白衣の天使、ロボ子さんですようっ!』

『いけない子にはおしりに注射しちゃう神無(かむな)さんですようっ!』


 やっぱり。

「今夜必要となるのは睡眠薬くらいだろう。分量をまもるのだぞ。本人が必要ないというのなら飲ませなくてもよい」

『今晩ひと晩、後輩と子守歌を歌いますようっ!』

『お兄さんを眠らせませんようっ!』

 いいのかよ。

「はっはっは! それは宙尉がうらやましいことだ! はっはっは!」

 いいのかよ。

 お兄さんは頭を抱え、虎徹さんは今夜の長曽禰(ながそね)家の夕ご飯はまたどん兵衛なのだなと思った。


 おれは吐いた。

 部下たちの前で。

 しかもぶっ倒れてしまった。部下たちの前で!


 なんたる醜態!

 なんたる屈辱!


 それでいて、なんだかんだよく眠ったらしい。

 睡眠薬に頼ることもなく。

 脳みそがとろけて出てきそうなあのアホの子コンビの子守歌がきいたのか。

 次の日にお兄さんは無事にホテルの自室に移動し、そこで一週間の静養をとることになった。地球司令代理命令である。

 なんたる醜態。

 なんたる屈辱。

 チェスがしたい。

 お兄さんは思った。

 おじいさんに会いたい。おれのチェスはどこだ。――。


 はっけよい。

 はっけよい。


 この声はなんだ?

 歓声が聞こえる。人がずいぶん大勢いるようだ。


 上手出し投げ!

 大関、勝ちました。初優勝です!


 眼を開けると、ホテルのお兄さんの部屋のテレビを観ている二人の女性の後ろ姿が見えた。

「大関の優勝の瞬間を見るために、ご両親が見に来てたのね」

 宙軍士官の制服を着たほうが言った。

『そのようです』

 真っ赤なコートを着たほうが言った。

「お父さん、立ち上がって手を振って。嬉しそうだね。誇らしいだろうな、こんな大勢の前で息子が優勝して。生んでよかったって感じだろうな」

『そうですね』

「どうせなら私もそんな子になってみたかったな。どうだい、あれが私の娘だよ!って親が自慢してくれるような。そんな娘になりたかったな」

『宙軍士官なら誇りに思ってくれたんじゃないですか。士官学校もトップで出たのでしょう、(ごう)宙尉補』

 『あ』と、振り返った板額(はんがく)さんが声をあげた。

興正(おきまさ)宙尉が目を覚ましたようです、郷宙尉補』

 郷宙尉補も振り返った。

 ずいぶん久しぶりな気がするな。お兄さんは思った。

「すまないが」

 お兄さんが言った。

「なぜ君たちがここにいるのかな」

『実は、一週間の静養の間、二号機さんと神無さんが交代で興正宙尉につくはずだったのですが』

「うん?」

『あのふたり、ふたり一緒じゃなきゃ面白くないとだだこねまして……』

「うむ?」

『興正宙尉にふたりで練習した漫才を見せたいし、いたずらするのにもひとりだとつまんないと』

「地球のアンドロイドは自由ですな」

『ふたりに一週間ここにいられますと、長曽禰家やパークの業務に支障をきたします。それでいろいろとシフトを』

「それで今日は板額さんと郷宙尉補ということなのですか」

『いえ、実は私だけだったのですが、私と郷宙尉補は離れられませんので』

 そういえば、今も律儀に板額さんはリードを手にしている。

 リードが繋がれているのは郷宙尉補につけられた首輪だ。

「別に付き添いはいらんよ」

 お兄さんが言った。

 その言葉に、今日は妙に口数が少ない郷宙尉補がやっと反応した。

「寝ゲロされても困りますし」

 ひいっ!と飛び上がったのは板額さんだ。

「天下のトーヘンボク、泣く子も黙る死神興正が寝ゲロつまらせて死んだなんてみっともないでしょう」

『郷宙尉補! オブラート!オブラート!』

 みっともないもなにも、一生いわれるのだろうな。

 衆目でゲロ吐いてぶっ倒れた男だと。

 そうお兄さんがあきらめたところに、郷宙尉補が手になにかをぶら下げているのが見えた。

「どこで手に入れたんです、これ」

 お兄さんの音楽プレーヤーだ。

 あっとお兄さんは思った。

 郷宙尉補がいっているのは中身だ。そして、あのすちゃらか娘が不機嫌なのはこのせいだったのだ。郷宙尉補はプレーヤーをお兄さんへと放り投げた。

「ごめんなさい」

 郷宙尉補が言った。

「どうして君が謝るのだ?」

「あの船務長には私も嫌な目にあってます。ほら、私、かわいいから。だから今回の事も感謝してます。でも、あれって興正宙尉にとってもきついことだったんですね。結構ノリノリでやっているのだと思っていました。ごめんなさい」

「そう思ってもらったほうが良かったんだがな」

「なんです?」

「喜んで再教育を引き受けるサドか冷血漢だと思われていたほうがマシだ。あとで吐き散らかすほど繊細な男であるよりだ」

『失礼ですが』

 と、板額さんが言った。

『無理していたんじゃないですか?』

「無理じゃない」

 強く、お兄さんが言った。

「おれは自分をそう作り上げようとしているのだ。それは無理をしているのとは違う」

「無理しているんですよ」

 郷宙尉補が言った。

「しつこいな」

「興正宙尉、実年齢三五歳でしょう。自分をそう作り上げたいと言いながら、その歳になってもまだ作っている最中じゃないですか。毎日のようにチェス盤をだれかと囲んで。ブツブツと独り言で会話して」

 ああ、やはり。

 お兄さんは思った。

「君、見たんだな」

「私の部屋は隣です。私の体質で、ときどき通り抜けちゃうんですよ、壁を。トンネル効果ってヤツです」

 量子ですか。

 お兄さんは苦笑いを浮かべ、クローゼットからチェス盤を取り出した。

『それがえっち星のチェスですか。地球のものに似てますね』

 板額さんは、興味深げに駒が並べられるのを見つめている。

「ルールもよく似ている。これはじいさんの形見でね。おれと盤を囲んでいるのも死んだじいさんのつもりだった。彼は強かった。チェスも、男としても。おれは彼になりたかった」

 お兄さんが言った。


 犬を飼っていたんだ。

 地球の犬と同じだ。頭が良くて、すぐに馴れて、従順でかわいい。だけど死んでしまった。おれが泣いていると、じいさんはおれを殴ったんだ。この程度の事で男が泣くなと。

 今でもそれは理不尽だと思う。

 それでも今のおれを作り上げたのは、その記憶なんだ。


 じいさんは宇宙船乗りで、勅任艦長だった。

 じいさんのようになりたいと、おれはいつも思っていた。じいさんもおれをかわいがってくれた。

 厳しく接するのは、おれを立派な軍人に育てる為なのだ。

 おれは彼の期待に応えたかった。


 じいさんが死んだときも、おれは泣かなかった。

 じいさんの言いつけをおれは守った。

 だけど形見にもらったこのチェスの駒を並べていたとき、おれは泣いてしまった。その時にはじめて、じいさんのビジョンが盤の向こうに現れたんだ。


 この程度の事で、男が泣くな!


 今では、おれの前に現れるじいさんは、むしろおれに優しい。

 それがおれには悲しい。

 じいさんはおれの心の反映だ。おれが若い頃はあれだけ厳しかったじいさんが、今では愚痴くらいこぼせと言ってくる。

 それがくやしくてならない。

 少しもじいさんに近づけないまま、おれは弱くなっていく。


「そもそも、おれは宙尉より上にいけそうにない。君にもあっさり抜かれてしまうだろうさ」

「私も宙尉どまりですよ」

 郷宙尉補さんが言った。

「私のデータベースを見たのなら、自分のも見ればよかったのに。なぜか私の名前が出てきますよ。みそっかすコンビです」

「ああ、あれを君も読んだのか」

「それで、私の母のことを知ったんでしょう」

「ああ」

「好きな曲はありました?」

「うん?」

「宙尉の音楽プレーヤーに入ってたの、母の三枚目のベストアルバムのものです。いい曲ばかりだったでしょ?」

 おや、母親と仲が悪いってのはそうでもないのかな。

「そうだな。『眠りましょう』ってリフレインするのがあるだろう、あれは好きかもしれないな」

「ああ、あれ」

 郷宙尉補さんは鼻を鳴らし、にやりと笑ったのだった。

「私は嫌いです。だってあれ、彼女の歌の中でも特に甘ったるいでしょ?」


■登場人物紹介・主人公編。

長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その朴念仁ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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