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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
115/161

郷義弘さん、やっと仕事する。

挿絵(By みてみん)

 護衛アンドロイド板額(はんがく)さんが帰ってきた。

 研究所でのチェックを終え、頬を染めて専務さんに訴えた『私、一人旅してみたいです』の望み通り、新幹線自由席と駅前からの路線バスを乗り継いで彼女が村に戻ってきた。

『新幹線の切符も自分で買えました。バスにもひとりで乗れました』

 トレードマークにもなっている真っ赤なロングコートをなびかせて、少し大人になった板額さんが歩いてくる。ちなみにこの有名人の出現に、新幹線でもバスでもそもそも駅でも、ちょっとした騒ぎになってしまったらしい。

 しかし。

『きゃんっ』

 颯爽と歩いていた板額さん、つまずいてばったり倒れてしまった。

 それでも板額さんは美しい。

 気が強く、しかも今はちょっとだけ大人。

 無表情で立ち上がり、さらっと髪をかき上げると何事もなかったようにまた歩き始めた。

「一部始終を見てたと知られたら、おれ、数日許されないのだろうな……」

 パーク社屋の、えっち国仮設領事館。

 朝のコーヒーを手につぶやいたのは、虎徹(こてつ)さんから領事代理代行を結局押しつけられた典太(でんた)さんだ。


「なあ、鳴神(なるかみ)

「おれに話を振るな、歌仙(かせん)

「だけどさ、鳴神くん。ぜったい間違っている人が乗ってるよね、このバス」

「そっちを見るな、千両(せんりょう)

 同田貫(どうだぬき)三人組が通学に使っているバスに、今朝は明らかにイレギュラーな乗客がいる。えっち星宙軍士官の軍服を着た、妙にご機嫌な美人さん。

 郷義弘(ごうのよしひろ)宙尉補さんだ。

 軽やかに鼻歌を口ずさみながら、さかんに窓の外やバスの中をキョロキョロと見渡している。

 その視線が三人組をとらえた。

 やばい!

 三人組はすぐに目をそらしたが、(ごう)宙尉補さんは妖精とも妖怪とも言われる人物だ。するすると三人組に絡みつくように迫ってきた。

「宙兵隊の匂いがする~」

「おかしいな、宙兵隊の匂いがする~」

(ひいいい!)

(ひいいい!)

(ひいいい!)

 その郷宙尉補さんの携帯が鳴った。どうやら三人組は解放されたようだ。

「はい、郷です。ごう!ゴウ!」

「はい、今、バスに乗って社屋に向かってます」

「なんでバスって、バスだからバスなんですよ。少なくとも強襲揚陸艦じゃないんです」

 郷宙尉補さんがスマホを耳から外した。

 バスの天井を見上げ、しばらくそうしておいてから耳に戻す。

「すぐ怒る」

 そしてまたスマホを耳から外した。

「あれ、切れてる。らっきー」

 次に耳につけたときには、どうやら相手は通話を切っていたようだ。

 ぐるっと首を回し、郷宙尉補さんは三人組を見た。

 忘れていなかった。

 三人組はびくっと震えた。

「これ、私専用のスマホ。私が方向音痴だからって、園長室と領事館とチーム興正室にしか電話をかけられないのを持たされたの」

 三人組は無視している。

「持たされたの」

 三人組は必死に無視している。

「もーーおーーたーーさーーれーーたーーああーーのおおおーー」

「ああ、はい! そうですか!」

「聞こえてますよ!」

「他のお客さんに迷惑でしょ、宙尉補どの!」

神無(かむな)ちゃんってのが無駄に有能でね、ぱぱっとそのためのアプリ作って入れられちゃったんだよね。せっかくのスマホなのにエロ動画も覗けないなんてさー」

「はあ」

「はあ」

「はあ」

「でもさあ、でもさあ、困るよねえ」

 ぶぶぶと郷宙尉補さんが笑った。

「園長室には長曽禰(ながそね)虎徹(こてつ)宙佐、領事館には三池(みいけ)典太(でんた)宙佐、チーム興正室には長曽禰興正(おきまさ)宙尉。うふふ。みんなハンサムで独身で、どの電話選んでいいのか迷うよねっ!」

「……」

「……」

「……」

「迷うよね」

「……」

「……」

「……」

「まーーあよおおーーうーーよおおーー」

「はい、はい! 迷いますよね!」

「そうですよね!」

「もう降りてくれませんか、宙尉補どの!」

「なんで」

 タイミングよく、バス停でバスが停まった。

「なんでって。郷義弘宙尉補どのでしょう。パーク社屋に行かなくていいんですか。遅刻しちゃいますよ!」

「だから今、向かってるんじゃん」

 バスに乗り込んでくる人たちの最後に、長身の男がいる。

 強面で、お客さんたちはみな目を合わせないようにしてビクビクしている。運転手さんに声をかけ丁寧に謝罪しているのだが、運転手さんも涙目だ。

「このバス、社屋には行きませんよ、宙尉補どの」

 三人組と郷宙尉補の会話は続いている。

「むしろ、どんどん離れていきますよ、宙尉補どの」

「だいたい、ホテルに住んでおられるのでしょう。それがどうしてホテル出てすぐの社屋に行かないで、パークの外のバス停からバスに乗ってるわけなんです、宙尉補どの」

「どうしてって。んー。やっぱり、私ってドジッ子? だから?」

 でた、半疑問形。

「やだもー。私って、こんなにかわいい上にドジッ子って、もう、萌え要素だけ? だけ? うふふ!」

「……」

「……」

「……」

 すでに三人組は郷宙尉補さんの背後に迫る強面の男の存在に気づいている。

 三人組は直立不動になって敬礼をした。

 郷宙尉補さんだけが平和に笑っている。

「やっぱ、虎徹宙佐目指すかなあ! 典太宙佐にはおしかけ恋人がいるというし、興正宙尉はガミガミじじいだしぃー」


 ごん!


 郷宙尉補さんの脳天に鉄拳が振り下ろされた。

 それはしばらくバスの中に残響が残るほどであった。

 それはお兄さんの鉄拳のすさまじさと、ロボ子さんや神無さんの頭に匹敵する優れた音響効果をもたらす郷宙尉補さんの頭のおかげであったろう。

「ばかものっ!」

 大音声(だいおんじょう)で怒鳴ったのは長曽禰興正宙尉、お兄さんだ。

「公共の場で、宙軍軍人が民間人に迷惑をかけるとはなにごとだ、郷宙尉補!」

 立ったまま気を失っていた郷宙尉補さん、はっと正気を取り戻した。

「うわ、ガミガミじじい! ちがう、長曽禰宙尉っ! さっきまで電話してたのに、なんでここにいるの!」

「はじめからGPSで追っていたのだ。なんのためにそのスマホを持たせたと思っている!」

 「降りるぞ、郷宙尉補!」お兄さんが言った。

「非常識にもバスの中で大声で会話し、迷惑をかけた乗客の皆さんと運転手どのに謝罪するのだ!」

(あんたの声のほうがでかい)

(あんたの声のほうがでかい、そしてむちゃくちゃ怖い)

 三人組を含めた乗客、運転手さん、全員が思っている中、お兄さんは郷宙尉補さんをバスから引きずり下ろし、パークの社用車である軽で走り去っていった。

(あ、軽なんだ)

(高機じゃないんだ)

(興正宙尉には高機や戦車に乗っていて欲しかったなー。宙軍だけど)

 三人組は思った。


『私にですか』

「あなたのような高性能アンドロイドに、このようなお願いをして申し訳ないと思います、板額さん」

『いいえ、長曽禰興正宙尉。私のクライアントさまはえっち国領事館です。与えられた任務は誠実に遂行します。メンテナンスでは、ご迷惑をおかけしました』

 板額さんが手にしているのはリードだ。

 その先にあるのは郷宙尉補さんの首に止められた首輪だ。

「人権侵害です! 辱めです!」

 郷宙尉補さんが言った。

「こうでもしなければ、君はまたどこかにいってしまうだろう」

 お兄さんが言った。

 郷宙尉補さんがにやりと笑った。「やだ、愛の告白ですか?」

「君は何を言っているのかね」

「こうでもしなければ、君はまたどこかにいってしまうだろう。私の手の届かないところへ……」

 お兄さんの顔から表情が消えた。

 怖い。

 なんなら地響きの効果音が聞こえてきそうである。

 関係がない他のチーム興正のスタッフまで真っ青になって顔を伏せている。郷宙尉補さんも長身の板額さんの陰に隠れた。

「わかりましたよ、仕事しますよ! おとなしく座って仕事しますよっ!」

「そうしてくれると有り難いね」

 お兄さんが言った。

「すぐ怒るんだから……うがっ!」

 ぶつくさいいながら自分の席に着こうとした郷宙尉補さん、リードで首を引っぱられてしまった。

『あ、ごめんなさい。忘れてました』

 郷宙尉補さんは席に着き、板額さんがリードを手にその後ろに立った。

 ふうっとひとつ溜息をついて郷宙尉補さんが取り出したのはメガネだ。

 赤いセルフレームのメガネ。

 視力矯正技術が地球のものよりはるかに発達しているえっち星人のメガネは、おしゃれのためだけの伊達メガネであることが多い。

「それも伊達メガネかね」

 お兄さんが声をかけると、宙尉補さんは書類に視線を落としたまま答えた。

「そうです、伊達。スイッチを入れるんです」

「スイッチ」

「そう、スイッチ」


 そして彼女は仕事に入った。


 チーム興正のスタッフのだれもが彼女の鮮やかな仕事ぶりに目を見張っている。お兄さんが咳払いをして、仕事への切り替えを促した。


 キーボードを叩く郷宙尉補さんの手は止まらない。


■登場人物紹介・主人公編。

長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その朴念仁ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。


■登場人物紹介。今回のゲスト編。

鳴神 陸。(なるかみ りく)

えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。この春より高校に通うようになった。

三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。


歌仙 海。(かせん うみ)

えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。この春より高校に通うようになった。

美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。


千両 空。(せんりょう そら)

えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。この春より高校に通うようになった。

小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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