郷義弘さん、捕獲される。
『つみれはちゃんと家にいたんですけど。なんかハアハアと色っぽく悶えてはいましたけど』
「はあ」
今日も両手で頬杖をついて、ロボ子さんの報告を受ける虎徹さんである。
『どうも疑問があるのですが』
「なんでしょう」
『方向音痴なのに、どうやって宙尉補さんはつみれを返しにうちにたどり着けたのでしょう』
虎徹さんは黙り込んだ。
ロボ子さんは虎徹さんの発言を待っている。
神無さんは仕事をしているフリをしながら三国志Ⅲをプレイしている。
虎徹さんは、おっさんとして鍛え抜かれ磨きこまれた必殺のお茶濁しを披露した。
「そういうこともあるのでしょう」
『きたない、おとなってきたない』
「おれにわかるわけないでしょう」
『だいたい、寝るときにはホテルに帰っているのは確認されてます。仕事もいつ来ているのかわからないだけで、毎日チーム興正の部屋でこなしているらしいのです。食事だけは気分次第で村中に出没するらしいのですが』
「つまり、方向音痴と言うより……」
『ただの自由人』
神無さんが作った「オール武安国色違いグラフィックチーム」は、その知力の乏しさで敵から計略をかけられまくり全滅していた。
「そんな小娘、懲罰房に入れてしまえ」
「おじいさん、そんな時代じゃありませんよ」
「なにが時代だ。クビにしてしまえ」
「そんな権限はおれにありません。まあ、そろそろ捕まえて椅子に縛り付けませんとね」
「ほう?」
「不撓不屈から、次の定期便で上がるように命令が届いています。宙尉補には、次席の先任士官として私の代わりを務めてもらわねば困ります」
「また、例の類いの命令か」
「……」
「興正。それはおまえが頼られているという事なのだ。ゆめ腐るでない」
「わかっています、おじいさん」
はっと、お兄さんが立ち上がった。
鼻歌が聞こえてきたのだ。
(おれの部屋の隣は郷宙尉補の部屋だ。まさか、彼女が帰ってきているのか!?)
お兄さんは慌てて目の前のえっち星チェスの駒を手で払った。駒は音を立てて床に散らばった。それがまた、お兄さんを動揺させてしまう。
(なんてことだ、おれはなにをしている)
お兄さんはかがみこんで駒を拾った。
ひとつひとつ手で撫で、ハンカチで拭き、ケースに収めていく。
「申し訳ございません、おじいさん。申し訳ございません、おじいさん――」
一度消えていた鼻歌がまた聞こえてきて、そしてまた消えた。
お兄さんは唇を噛んだ。
「林田くん。一等兵曹。郷義弘宙尉補を捕獲する。手伝え」
朝。
お兄さんが宣言した。
「ほ、捕獲ですかっ!?」
「アイ・アイ・サー! それで、作戦計画は?」
「さ、作戦計画!?」
林田さんは目を白黒させている。
きのこの里。
巨大なかご。
つっかえ棒とヒモ。
「あの、宙尉……」
「なんだ、林田くん」
「これはいったいなんでしょう……」
「私が考えた郷宙尉補用の罠だ」
長曽禰興正宙尉。
おれ、あなたを尊敬しはじめていたのですけど。
「彼女の傾向を分析した。彼女はお菓子、特にきのこの里が好きなようだ」
「たけのこの山ではないのですね、サー」
一等兵曹さんの顔が輝いている。
さすがです宙尉!と眼が語っている。
「そうだ。だからといって、彼女を差別してはいけない。これは個人の好みであるのだから」
「イエス・サー!」
林田さんの頭を住宅ローンの残額がよぎっていく。
そのとき、けたたましい悲鳴が起きた。
「やだ、なにこれ!」
巨大なかごのなかで、女性が暴れている。
林田さんのアゴが、かくん!と落ちた。
「しとめた!」
「よし、作戦は第二段階に移行。ぬかるな、一等兵曹!」
「アイ・アイ・サー!」
「いやだ、触んないでよ、えっち!」
ああ、たしかに写真で見た郷義弘宙尉補だなあと林田さんは思った。
実物は写真よりもっと美人……かどうかはわからないなあ、この状況じゃ。はは。ははは。
やべえ!
えっち星人って、みんな馬鹿!?
みんな馬鹿かどうかは置いといて。
両腕は自由だが体をグルグル巻きに縛られ、紐の先を握るのはお兄さん。郷宙尉補さんはその姿のまま園長室に連行された。
「申告したまえ、郷義弘宙尉補」
お兄さんがうながした。
しかし郷宙尉補さん、この状況できのこの里をボリボリ貪っている。
「サー! このきのこの里は私のものです! 私が拾ったんです!」
「そうじゃなくて」
と、お兄さん。
「エロ本もです!」
「聞いてない」
「いい乳ですよ! たまんないですよ! 巨乳好きでなくても大丈夫って保証できますよ!」
「だから、聞いてないッ!」
お兄さん、郷宙尉補さんからきのこの里を取り上げた。
「誇りある宙軍軍人が堂々と拾い食いするな、ばかもんッ! 地球司令代理長曽禰虎徹宙佐の前だ。申告するのだ、郷義弘宙尉補ッ!」
悪びれもせず、郷宙尉補さんは目をそらして舌を鳴らした。
お兄さんに怒鳴られて平然としている人間をはじめて見たと虎徹さんは思った。
それどころではなかった。ぶつくさ文句をいいながらも、郷宙尉補さんはポケットに突っ込んであった帽子を取り出して被った。そして顔を上げたとき、その顔は輝く笑顔になっていたのである。
「不撓不屈所属、郷義弘宙尉補、ただいま着任しましたっ!」
変わり身の早さにだれもが絶句しているところに、郷義弘宙尉補さんはさらに驚愕の言葉を継いだのだ。
「地球司令代理は独身ですか!」
「はあ、独身ですが、それがなにか」
「ラッキーです! 私、かわいいですから、お嫁さんにどうですか!」
虎徹さん、立ちくらみを起こし膝を崩すお兄さんもはじめて見たと思った。
そして。
『待った、待って、先輩、ストップ! ストーーップ!』
神無さんがロボ子さんにしがみついた。
ロボ子さんが机を頭の上に持ち上げて、ふらふらと郷宙尉補さんに向かって歩き始めていたのだ。
『あ、あれ。私はなにをしていたのでしょう……』
『もう少しで殺人アンドロイドになるところでしたよう、先輩!』
ロボ子さんより常識的な神無さんもはじめて見たと、虎徹さんは思った。
とりあえず虎徹さん、崩れかけているお兄さんに声をかけた。
「兄貴も苦労多そうだな」
「言うな……!」
「え、ダメなんですか。私、こんなにかわいいのに。若いし」
この部屋に混乱を巻き起こしている本人は平然としている。
ふたたびロボ子さんが机持ち上げて歩き始め、神無さんが泣きながらロボ子さんにしがみついた。
「郷宙尉補」
息を整えて、お兄さんが言った。
「君は知らないのかも知れないが、地球司令代理は私の二親等だ。戸籍上も実年齢も、私のほうが上だ。そして私の地球名は長曽禰興正に決まった。覚えておいてほしい」
郷宙尉補さんは口を押さえた。
「え、地球司令代理と結婚したら宙尉が私の小姑? それはめんどくさそうだな……」
ああ。
整髪料をものともせず、お兄さんの乱れ髪がひとつふたつ。
「あっ、でも!」
と、いいこと思いついたと人差し指を立てる郷宙尉補さんだ。
「宙尉も独身じゃないですか、しかもさすが兄弟、同じくらいハンサムだし。私、宙尉のお嫁さんにどうですか!」
「どうしてそうなる!」
「だって、私、かわいいし」
「そうではなく!」
「どうせ小姑にするなら地球司令代理のほうが性格よさそうだし!」
お兄さんの背後で虎徹さんが噴き出している。
その気配を感じるだけに、ここで崩れるわけにはいかない。おれは宙軍一の嫌われ者、唐変木の長曽禰興正だ。
「気をーーつけいッ!」
お兄さんの大音声に、さすがの郷宙尉補さんも直立不動になった。
「たわごとはそこまでだ! 地球司令代理に無礼を謝罪したまえ、郷義弘宙尉補!」
「申し訳ありませんでした、地球司令代理っ! でもちょっとだけ考えておいてくださいっ!」
「まだ言うかーーッ!」
ふたりが園長室を出ていくとき、虎徹さんがお兄さんに声をかけた。
「うろたえてる兄貴てのは、なかなか新鮮だったぜ」
お兄さん、不愉快そうに顔を歪めてドアを閉めたのだった。
■登場人物紹介・主人公編。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その朴念仁ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡洋戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。
現在は地球衛星軌道を回っている。




