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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
112/161

彼女はやって来ているのかもしれない。

挿絵(By みてみん)

不撓不屈(ふとうふくつ)に、郷義弘(ごうのよしひろ)宙尉補はいない」

 園長室のモニタ画面の向こうで、不撓不屈艦長さんが言った。

「不撓不屈メインコンピューターのチェックでも、宙兵隊による捜索でも見つからない。宙尉補は地上に降りた。こちらではそう判断する」

「ありがとうございました、艦長」

 モニタの通話ウィンドウを落とし、虎徹(こてつ)さんは椅子をまわしてお兄さんに顔を向けた。

「どうする?」

 お兄さんは渋い顔だ。

「本人が現れるまで、ほっとくしかありませんな。地球司令代理、日本警察に迷子の届けを出していただきたい」

「迷子って」

「保護されたときに何者かわからなければ、余計な憶測を生むかもしれません」

 お兄さんが直立不動の体勢をとり、敬礼した。

「仕事に戻ってよろしいでしょうか、地球司令代理」

「あ、まて、兄貴」

「なんだ、弟」

「ホントにいいの、ソウルネーム『長曽禰(ながそね)興正(おきまさ)』で。興正って二代目虎徹だよ。息子だよ。生物学上、オレの兄貴でしょ、あんた」

 ふん。と、お兄さんは鼻を鳴らした。

「兄弟で苗字が違う方が違和感があるだろう。私の地球名は、私に任せていただけたはずです。それでは」

 なにがそんなに忙しいのだろうという勢いで、しゃきしゃきとお兄さんは園長室をでていった。


「気をーつけィッ!」

 チーム興正に、お兄さんが入室した。

 全員が立ち上がって直立不動の体勢をとった。

「郷義弘宙尉補は地上に来ている。不撓不屈艦長の結論だ。彼女が今どこを彷徨っているのかわからんが、とりあえず彼女の机を用意しておいてやって欲しい」

「どこにいるのか、まだわからないのですか」

「わからん」

「彼女は有能だと聞きます」

「有能だ。我々の三人分の仕事をこなすと言っておく。はじめから彼女を戦力として考えていたなら痛手だが、これまで我々は我々だけで仕事をこなしてきたのだ。問題ない」

「携帯に連絡はつかないのですか」

「郷宙尉補は軍人だ。携帯電話の使用は制限されている。もともと不撓不屈では全面禁止されているので、彼女も持っていないと考える。持っていたとしても電話番号がわからない」

「彼女は素敵な美人だそうですね」

 ぎろり。

「容姿がなにか関係あるのかね」

 お兄さんに睨まれ、軽口を叩いた男は真っ青になった。

「あ、ありません……」

「他に質問は。なければ仕事に戻れ」

 部下たちが着席し、お兄さんも座った。書類に視線をやりながら、お兄さんは視界の端に違和感を覚えた。

「すまんが」

 ざっ!

 部下たちが一斉にお兄さんを見た。

「だれが、これを私の机に置いたのかね」

 机に、一輪挿しと桜の枝。

 部下たちは正面を見たまま誰ひとり反応しない。

「すまなかった。仕事に戻ってくれ」

 部下たちは着席し仕事に戻った。

 お兄さんは桜を見つめて眉をひそめた。


『桜の枝ですか?』

 ロボ子さんと神無(かむな)さんもきょとんとしている。

 社員食堂で二人の姿を見つけて例の一輪挿しのことを聞いてみたのだが、どうやら彼女たちでもないようだ。

「他に、板額(はんがく)型警護アンドロイド一番機さんという人もいるらしいが」

『板額さんは、ええと、メンテナンスで研究所に戻っていて今はいません』

 ロボ子さんが言葉を濁しているのは、板額さんのプログラムがえっち星で悪意をもって弄られていたためのメンテナンスであるというセンシティブな機密情報のためだ。

「そうか……」

 お兄さんは軽くうなった。

 あとは、むくつけき軍人かおっさんしかここにはいないわけで、一輪挿しを机に置きそうな人物の見当がつかなくなってしまう。

『だいたい「桜折る馬鹿」といいます。地球人や地球のアンドロイドでそんなことをする人はいないと思います』

「そうか、ありがとう」

 それにしても、地球のアンドロイドは変わっている。

 このふたりのアンドロイド、美味しそうに定食を食べているのだ。お兄さん、このふたりがお酒を呑んで吐くことまでやってのけることはまだ知らない。

 とりあえずお兄さんも日替わり定食を注文し、テーブルについた。

 その途端だ。


 がたがたっ!


 お昼時で社内食堂は混んでいるのに、お兄さんのまわりにぽっかりと空間ができてしまった。

「……」

 よろしい。

 地上でのおれの評価も定まったようだ。

 これでうるさいことに煩わされることもない。おれはおれの仕事ができる。お兄さんは箸をとった。


 パークの敷地内にある真新しいリゾートホテルは、不撓不屈から降りてきたえっち星人の宿舎にもなっている。今、ルームキーパーさんが入った部屋も、本来は女性士官が宿にするはずだった部屋らしい。

 しかし、彼女はまだ来ていない。

 はずだ。

「……?」

 それなのに、手順通りに部屋を片付けながら、ルームキーパーさんは妙な気配を感じている。

 このホテル、開業してまだわずかなのに自殺者を出してしまい、以来幽霊が出るとか出ないとかのうわさがある。

 頭に巻かれたバンダナ。

 ノースリーブのジージャンからのぞく、たくましい腕。

 夜だというのにサングラス。豊かな唇。

 ストラトキャスターをかき鳴らし、虚しく拳を突き上げ叫ぶ答のない歌が聞こえてくるのだという。

 もちろんホテル側は否定している。

 それでもこの間も、ふもとの高校生グループが調査と称して忍び込んできた。さんざん油を絞って帰したが、あることないことをネットにあげられたらたまらない。

 このルームキーパーさんも幽霊の話は知っている。

 普段は気にしていない。そもそも見たことがない。


 だが、今、たしかに歌が聞こえてきている。


 鼻歌だ。


 拳を突き上げて叫ぶ答のない歌とはいえない。

 妙に陽気な鼻歌だ。

 若い女性の声だ。

 一緒に聞こえてくるのはストラトキャスターをかき鳴らす音ではない。シャワーの音だ。

「……」

 このとき彼を駆り立てたのは、幽霊への興味か、未知への探究心か、シャワーを浴びている女性がいるかもしれないというスケベ心か。

 そろそろと近寄り、ハウスキーパーさんはユニットバスのドアを開けた。

 誰もいなかった。

 ただ、シャワーの温水が流れていた。

 立ち尽くすハウスキーパーさんの耳に、あの鼻歌が遠く聞こえてきた。


「郷義弘宙尉補とやらは、まだ見つからないのかね」

 老人の声が言った。

「はい。彼女が一度消えるとなかなか見つからないというのは、あの閉ざされた不撓不屈でも体験しました。地上ではさらに難しくなるのでしょう」

 お兄さんが言った。

「地球名が長曽禰興正と」

「そうです。慣れてみると悪くない」

「宙軍に女を入れるべきではなかった」

「彼女は有能です」

「有能だろうがなんだろうが、どこにいるのかわからんのじゃ意味がない」

「それに、彼女の迷子グセは、彼女が女性だからというわけではないでしょう」

「ずいぶんかばうな。ふん」

「……」

「それより、言いたいことがあるのじゃないのか」

「……いいえ」

「オレを呼びだしておいて、愚痴のひとつもこぼさんのか。やれやれだな。おまえは頑固者だ」

「チェスの続きを頼もうと呼んだだけですよ。それに、オレの頑固はおじいさん似なのでしょう?」

「さて、どこまでいったかな」


「気をーつけいッ!」

 朝、部屋に入ったお兄さんを、チーム興正全員が起立して迎えた。

「おはよう、諸君」

 そう返しながら、今朝もまた違和感を覚えるお兄さんだ。

 ああ、机が一つ多い。

「郷義弘宙尉補の机を用意してくれたんだな。ご苦労」

 それにしても、その机、書類が山と積まれている。

「もう物置場にしているのか?」

「昨日搬入したばかりですよ。まさか」

「うむ?」

 お兄さんは宙尉補さんの机まで足を運び、机の上の書類をめくってみた。

「どうしました、宙尉」

 お兄さんの様子がおかしい。

 それに気づいた部下が声をかけてきた。

「できあがっている。あとは決裁印を押すだけだ」

「えっ」

 みながその机に集まってきた。

「あっ、これ、オレが抱えていた書類じゃないか!」

「これはオレのだ。嘘だろ、昨日までは半分もできあがっていなかったのに!」

 お兄さんは部屋を飛び出した。

 廊下を走る強面のお兄さんに職員はみなびっくりしている。そのひとりをお兄さんは捕まえた。

「女性を見なかったか!」

「二号機さんと神無さんなら……」

 その職員を突き飛ばすようにして、お兄さんはさらに走った。


 玄関を飛び出したとき、陽気な鼻歌が聞こえてきたような気がした。

 陽気な声は風に飛ばされ、遠ざかっていった。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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