表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
長曽禰興正編。
111/161

彼女はやって来ない。

挿絵(By みてみん)

「君、えっち星人だろう?」

「そうだが?」

「なにやら、上からすごい人が来たんだってな。けっこうゆるゆるだった君らが急に真面目になったんで、ぼくら地球人の間で話題になってるんだ」

「ああ、新兵訓練施設に叩き込まれた気分だぜ……」

「はは、ご愁傷様。ぼくらは高みの見物だ」

「おい……」

「なんだよ、本気になるなよ。ほんの笑い話だろ」

 地球人の彼は苦笑いしながら自販機からコーヒー缶を取り出し、プルトップを開けた。

 コーヒーを一口飲んでえっち星人の同僚を見ると、真っ青な顔で敬礼をしている。

 地球人の彼は、この時になってはじめて自分の背後に誰かが立っているのに気づいたのだった。

「経理の林田(はやしだ)くんだね」

「は、はい。そうですけど……」

 長身で姿勢が良く、軍服をきっちりと着込んでいる。

 ハンサムではあるが眼光鋭い強面でもある。

 一般人であればまず対峙することがない、威圧感の塊といえる。

「君の仕事ぶりをチェックさせてもらった。君は有能だ。私のチームに来て欲しい」

「えっ」

 軍服の男が指を鳴らした。

 どこにいたものか、男たちがきびきびと飛び出してきて林田さんを担ぎ上げた。

「待ってくれ、どういうことだ。ぼくには嫁と子供と住宅ローンが」

 林田さん、そのまま連れ去られてしまった。

 残された同僚のえっち星人さんは、林田さんのためにドナドナを歌ってあげるのだった。


「兄貴」

 顔の前で両手を組み、虎徹(こてつ)さんはお兄さんを見上げた。

「やめろ、弟。ここではおまえは司令官であり、おれはおまえの部下だ。――なにかご用ですか、地上司令代理」

「あのな、会社で強制徴募するのはやめてくれないか。そこら中から苦情が上がっている。いったいいつの時代のつもりなんだ、あんたは」

「この会社の秩序を守るためであります、地上司令代理。失礼ですが、この会社には本国も出資していることを忘れないでいただきたい。私は正式な管理職として不撓不屈から出向しております」

「えっ、そうなの。領事館職員ってだけじゃなかったの」

 ぎろり。

 お兄さんが虎徹さんを睨んだ。それだけでもう虎徹さんはすくみあがってしまうのだ。

「書類くらいちゃんと読むのだ、弟」

「はい、ごめんなさい」

 ビシッと、お兄さんが敬礼した。

「話はそれだけでしょうか、地上司令代理。自分は仕事に戻らせて頂きます」

「あ、まて、兄貴」

 ぎろり。

「宙尉さま。あんた本名で通してるようですが、それにも苦情が出ております」

「心外です」

「あのね、あんたの名前は地球ではとってもセンシティブな言葉なの。連呼して欲しくないの。特に女性の前では。今のところうちには女性型アンドロイドしかいないけど。真っ赤なコートの人が帰ってきたら、兄貴、名乗った瞬間にぶん殴られちゃうよ? そのうち正式オープンになると女性職員も増えるし、女性客も増えるよ?」

 難しい顔でお兄さんはしばらく考え込んでいたが、

「おまえの趣味の問題じゃないのだな」

「うん」

 虎徹さん、にんまりと笑った。

「いやさ、兄貴に女性の前で自分の名前を連呼して、相手の恥ずかしがる姿が見たいという特殊性癖があるなら別だけどさー」

 ぎろり。

「ごめんなさい、ぼく調子に乗りました」

「そういうことなら仕方がありませんな」

 ため息をついて、お兄さんが言った。

「ソウルネームの候補はある。岩融(いわとおし)獅子王(ししおう)雷切(らいきり)……」

 虎徹さんの話を聞きながら、お兄さんは途中でにやりと笑った。

「勇ましい名前ばかりですな。地上司令代理が私をどう評価しているかがわかる」

 虎徹さん、その笑顔に底知れぬ恐怖を感じたという。

「私に選ばせていただけるのでしょうな」

「もちろんです、宙尉どの」

「結構。他に文句がないようでしたら、私は仕事に戻らせていただきます」

「戻ってよしでございます、宙尉どの」

 ふたたび敬礼して、お兄さんは園長室を出ていった。


「気をーつけいッ!」

 チームちくび(仮称。近く名前が変更される予定)のオフィス。

 その部屋にいた全員が立ち上がった。

 お兄さんが片手を上げと、着席して仕事に戻る。小気味よい。中には地球人の林田さんもいる。

(彼は有能だ。よい人材を手に入れることができた。しかももう順応している)

 もちろん、他の職員も有能だ。

 お兄さんが自分の目で確かめて集めたチームなのだ。

 心強い。おれが、おれたちが、このだらしない会社に秩序を取り戻すのだ。

 しかし。

「……」

 お兄さんは回ってきた書類に目を通し、眉をひそめた。

「この書類だが、間違いないのだな」

「は。不撓不屈(ふとうふくつ)にも確認を取りました」

「諒解した」

 お兄さんが立ち上がった。

「もう一度、地上司令代理に会ってくる」

「気をーつけいッ!」

 全員が立ち上がってお兄さんを見送った。


「よう、長曽禰(ながそね)宙佐。機嫌はどうかな。彼はちゃんとやっておるかね、わはははは」

 モニタから不撓不屈艦長の陽気な声が流れてきた。

「その彼、いま隣にいますのでご注意ください」

 虎徹さんの言葉に、艦長さんの顔が一瞬で引き締まった。

「それでなんの用だ、宙佐」

 声まで違う。

「宙尉によりますと、納得のいかない書類があるのだそうです。本人に報告させましょうか」

「いや、君でいい。そのままでいい。そのままの君でいて」

 真面目な顔を維持しているが、どうやら艦長さんの頭の中はパニックを起こしているようだ。

「艦長は、ちく・び宙尉を地球に出向させるに於いて、彼に秘書官をつけましたか?」

「うん、つけた」

郷義弘(ごうのよしひろ)宙尉補ですか」

「そうだ」

「おりません」

 真顔のまま、モニタの中の艦長さんの表情は変わらない。

 お兄さんが虎徹さんの耳に囁いた。

「宙尉によると、そもそも彼女は連絡艇にも乗っていなかったそうです――えっ?」

 虎徹さんは目を丸めた。

「女性なのか? 郷義弘なのに!?」

「艦長の前で無礼ではないでしょうか、宙佐」と、お兄さん。

「郷義弘宙尉補」

 艦長さんが言った。

「彼女はたしかに女性だ。そして有能な事務要員である」

「そして、天才的な方向音痴でもある」と、お兄さんが小さな声で付け足した。

「宙佐。不撓不屈艦長との会話に参加してもよろしいでしょうか」

 お兄さんが言った。

「えっ、あの」

 艦長さんは激しく動揺している。

「艦長、宙尉が会話への参加を求めています」

 虎徹さんが言った。

「いや、その、それは」

「艦長の許可が出た。会話への参加を許可する、宙尉」

「長曽禰宙佐、このやろう! 覚えていろよ、おまえ!」

 艦長さんの艦長らしからぬ発言。

「艦長。ちく・び宙尉であります」

「あ、はい。こんにちは」

「失礼ですが、郷義弘宙尉補はまだ不撓不屈にいるのではありませんか」

「いや、たった今、メインコンピューターから報告が来た。郷義弘宙尉補は艦内に存在しない。そして君が乗った連絡艇に、たしかに彼女も乗ったと記録が残っている。もちろん――」

 艦長さんがあごをなでた。

「――われわれはすでに、密航者加洲(かしゅう)清光(きよみつ)を見つけることができなかった失態をおかしている。更に相手は郷義弘宙尉補なのだ。よろしい、さらに探させよう」

 回線が切れた。

 お兄さんは腕を組んで考え込んでいる。

「どういうことなんだ?」

 虎徹さんが聞いた。

「いっただろう。郷義弘宙尉補は類いまれな事務要員であるが、同時に類いまれな方向音痴なんだ」

「方向音痴たって、まさか宇宙空間を迷えないだろ」

「彼女ならやりかねない」

「それもだ。彼女――女性なのになんで男の名前をつけているんだ」

「おまえの馬鹿友が、あ、失礼。おまえの同期の三池(みいけ)典太(でんた)宙佐が、不撓不屈でソウルネームとやらを流行らせたのだ(ここでお兄さん、いまいましげに舌打ちをした)。それで、本人に自覚のない神出鬼没の彼女に、『(ごう)とお化けは見たことがない』という意味で、郷義弘と名づけた。彼女も気に入っていたようだ。男の名前かどうか、おれたちには関係ない」

「しかしな、兄貴が来てから、もう二日目だぞ。その間中、いい大人が迷子のままでいるというのか? しかも艦長の言い草を聞けば、姿を消すことにかけては加洲清光なみに有能と?」

「そうだ」

 お兄さんが言った。

「しかもおそろしいのは、本人にはなんの意図もないのだ。彼女はただ迷うことができる。どんな衆人環視の中であっても」


 ふわふわとした歩き方をする。


 鼻歌を陽気に口ずさみ、脱いだ軍服の上着を肩に掛け、もう片方の手には桜の枝。ときどき立ち止まってはキョロキョロするが、意味がない。

 なぜなら彼女が迷子の天才、郷義弘宙尉補さんなのだから。

「ここはどこなんですかねー。困りましたねー」

 ちっとも困っている風には聞こえない調子でつぶやいて、(ごう)宙尉補さんはふわふわとまた歩き始めるのだった。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ