おれたちの高校生活はこれからだ!
月曜日。
新しい一週間の始まりだ。
「白露も夢もこの世もまぼろしも、男に較べれば永遠なり!」
西織先生も、板額先生としての日常に戻っている。
そして歌仙くんは拉致された。
昼休みに広田くんを美術室に誘いに六組に行ったら、そこでまず広田くんに詰問された歌仙くんである。
「天体観測会に、井原先輩が来たってほんとかっ!」
「ああ。なんで知ってるんだ、広田」
その一言で、歌仙くんは一年六組男子有志ご一同さまによって教室に引きずり込まれてしまったのである。
「おおい、なんなんだよ、いったい!」
さすがの歌仙くんも、これだけの人数が相手ではどうにもならない。
「歌仙、おれたちは友達だろう」
広田くんが言った。
「どうなんだ。人としてどうなんだ。呼んでくれよ、おれたちも呼んでくれよ。みんなで井原先輩と一緒の夜を楽しもうって暖かな気持ちを、なぜ君はもてなかったんだ」
このやろう……。
「広田、おまえが断ったんだろ。おれは誘ったぞ!」
ていうか、「おれたち」とか「みんな」ってなんだよ。
どんだけ参加するつもりなんだよ。
「井原先輩が参加するなんて聞いてなかったぞ!」
「おれだって知らなかったよ! 当日突然やって来たんだよ! だいたい、なんでそれをおまえが知ってるんだよ!」
「他にも三組の長澤ロボ子に、一組の高梨春美に」
「あいつらは天文部だ!」
「あと、板額先生に山本先生に」
「だからなんで知ってるんだよ!」
「どういうわけか美少女アンドロイドまで!」
「アニメかよ!」
「エロゲかよ!」
「こんちくしょう、どんだけうらやましい夜を過ごしたんですかーー!」
どうやら歌仙くん、しばらく解放して貰えそうにない。
一方、この世の終わりを感じているのは千両くんだ。
座敷わらし高梨さんから距離とられるのは慣れているが、今日のお昼はそれどころじゃない。露穂子さんや長澤先生まで千両くんに冷たい。同じクラスで席もすぐ前の露穂子さんは、朝からずっと千両くんを無視している。
「いや、あたりまえだろ」
お弁当をかっくらいながら鳴神くんが言った。
今日も一号機さんの手作りお弁当だ。
「おまえ、あの二人をオカズにしたって言っちまったんだぞ。女子からすれば、生理的嫌悪感しかないだろ。長澤先生は、まあ、ロホ子絡みで」
「だって、近くにかわいい子いればふつうだろ」
「同意を求めるな。溺れて人にしがみつくな。そのままひとりで沈め」
「鳴神くんだって、姐さんをオカズにしたことあるくせに」
鳴神くんはごくりとごはんを飲み込み、顔を向けずに窓の外をうかがった。
「だからおまえの問題におれを巻き込むな。いるのかな、今日も……」
電話だ。
『はい。わたくし、本日も人間無骨さんと隣のビルの屋上に待機しております』
暇か!
そんなに暇か、同田貫組の代貸に姐さん!
『さらに今日は、ご本人のリクエストにお応えして、先ほどよりマスターに実況させていただいております』
暇か、組長まで暇か!
『千両くん。しばらく視線は顔だけに向けるようにしなさい。間違っても下にさげないように。胸を見ているとか足を見みているとか誤解されるだけです』
一号機さんが言った。
「誤解じゃなくて、見てるんだもん!」
だめだ、こいつ……。
だめだ、こいつ……。
だめだ、こいつ……。
露穂子さんや高梨さんに一号機さんの声は届いていないはずだが、それでも何を言っているのか微妙に理解できてしまったようだ。高梨さんは涙目で小柄な体をさらに縮こませ、露穂子さんは汚物を見る目で千両くんを見るのだった。
「で、さ」
広田くんが声をひそめた。
「写真とか撮った?」
歌仙くんは、一年六組男子有志ご一同さまに拉致されたままだ。
「いや別に。そういえば撮ればよかったな、集合写真とか」
「ちげーよ」
「ちげーよ」
「ちげーよ」
有志ご一同さまはご不満のようだ。
舌打ちまで混じっている。
「天文観測会は、制服で登校して学校でジャージに着替えると聞いた!」
「生着替えだ!」
「撮ったか!」
「撮れよ!」
「撮れるわけねえだろ! 考えもしなかったよ!」
そう反応しながら、もしかしたら人間無骨さんが録画してるかもしれない。あとで聞いてみようと思った歌仙くんでもある。
「風呂は!」
「もっとねえよ!」
「女の子とのお泊まりや合宿につきものだろうよ!」
「天文部観望会だよ! いったいなんの合宿だと思ってるんだよ!」
「のぞけよ!」
「のぞけよ!」
「だから、そんなものはない!」
「嘘だッ!」
「嘘だッ!」
「あるに決まっている! 別のものを取ろうと手を伸ばしたら女の子の胸に触ってしまったとか! 急に風が吹いてスカートがめくり上がるとか! 階段から二人で転げ落ちてキスしてしまうとか! ないはずがない! なければおかしい!」
「熱弁するなよ」
「女子の視線が痛えよ」
冷静に戻ったご一同さまもいるようだ。
そしてご一同さまは気づいた。
歌仙くんが顔をそらし、その長身の体を縮こませているのだ。
「おい……」
「おい……」
「まさか、こいつ……」
「歌仙っ!」
広田くんが泣きながら歌仙くんに迫った。
「やったのか! 井原先輩の胸を掴んじゃったのか! お風呂覗いたのか! 板額先生とキスしちゃったのか!」
どうして無駄にピンポイントで当ててしまうのです。
歌仙くんはもう真っ赤だ。
「おい、手を押さえろ。おれたちは足を押さえる……」
「なにがあったか、吐くまでこちょがすぞ……」
どうやら、この町ではこの拷問がスタンダードであるらしい。
「うわああ、やめろ、おい、やめてくれえっ!」
歌仙くん、こちょがされながらもなんとか考えて「肘が後ろにいた板額先生の胸に触ってしまった。柔らかかった」という話をでっち上げた。
ご一同さまは昇天しそうな顔で、ほどよいこの作り話を喜んで信じた。
あとで西織先生と打ち合わせしないといけないな。
だって、口裏合わせしないといけないもんな。
歌仙くん、ちょっと嬉しくなったのだった。
それにしても次の天文部観望会、とんでもないことになりそうだ……。
そして。
友達一〇〇人どころか、最初のひとりまで失って溜息をつく千両くんだ。前の席で本を読んでいる露穂子さんの反応はもちろんない。
「はあ……」
だけど、その千両くんをちらちらと盗み見ている女子がけっこういることに、千両くんは気づいていない。
見た目はかわいい。
正直で素直なところも女子の母性本能をくすぐるかもしれない。
リビドーまで正直で素直なのが知れ渡るのも早いかもしれないが。
問題は、千両くんは特に彼女を欲しているわけじゃないということだ。欲しいのは友人なのだ。
「千両くん」
その千両くんに話しかけてきた生徒がいる。
「あ、岡本武史くん。なに?」
フルネームで呼ばれ、岡本くんは驚いている。
「ああ、ぼくはクラス全員の名前と顔を覚えたから。いつ友達になってもいいように」
「そ、そうなんだ」
戦車道に邁進する少女が言えばすこしはかわいいかも知れないが、男が言えば不気味なだけだろう。別の意図も勘ぐってしまう。
「それで、なにか用?」
「あ、うん、君さ、宇宙船の村から通ってきているんだろう?」
「うん。鳴神くんや歌仙くんもだよ」
「うん、知ってる。でもあの人たち、ちょっと怖いし……」
岡本くん、ちょっと苦笑いして。
「あのさ、あの村に大きな穴があったのに消えたの覚えてる?」
「穴?」
「神社がある山のところにさ。大きな穴があったのに、なぜか消えたんだ。しかもそれに関してみんなの記憶が曖昧なんだ。今の君のように」
穴?
そんなものあったっけ。
あれ、あったような気もする。あれれ?
「それでさ、おれたちそれを調査してみたいんだ。あ、おれ、超常現象研究会の岡本――あ、名前は知ってるんだっけ。とにかく、千両くん、手伝ってくれないかな」
「ふうん?」
「仲間になって欲しいんだ」
「仲間っ!?」
がばっと、千両くんは立ち上がった。
「う、うん」
「友達ってこと!?」
「う、うん。だめ?」
顔を輝かせ、千両くんは岡本くんの両手をとった。
「がんばろうねっ、岡本くん!」
一人減った友達がふたたび増えた。
「超常現象研究会って、何人いるの?」
「まだ結成したばかりで、三人しかいないんだ。ごめんよ」
友達一〇〇人計画。まずは三人ゲットだ。
「君を入れて」
二人ゲットだ。
さて、こうして、はじめは数日で終わるかに思えた同田貫組三人組の高校生活は、いつの間にかひと月になろうとしている(含む、停学期間)。
どうやら三人の高校生活はこれからも続きそうだ。
それはまた、そのうちに。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■学校編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。
クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
高梨 春美。(たかなし はるみ)
地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。
小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。
広田 智。(ひろた さとる)
地球人。高校一年生。美術部。サトル。
歌仙くんの友達。普通っぽいアホ。
井原 優子。(いはら ゆうこ)
地球人。高校三年生。美術部部長。
板額先生と双璧の美女だが、歌仙くんらぶ。
松田 詩織。
中沢 弓子。
井川さんの親友ふたり。
長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)
地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。三〇歳。
飄々とした人。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。板額先生。
あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、変人。三〇歳。
山本 瑞希。(やまもと みずき)
地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。
長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。ひとりだけ既婚者。三〇歳。
山本 一博。(やまもと かずひろ)
山本先生の夫。長澤先生の友人。この人も別の高校の物理教師。
■同田貫組周辺編。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫 正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。番外編では、露穂子さんがいるため「二号機さん」で統一。
一号機さん。
雪月改一号機。マスターは同田貫正国。マスターからは弥生さんと呼ばれる。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。和服が似合う。通称因業ババア。
神無。(かむな)
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
二号機さんを「先輩」と呼び、二号機さんからは「後輩」と呼ばれる。雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
板額。(はんがく)
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。護衛としてえっち星に渡ったので世界的な有名人。




