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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
三人組高校に行く。編
103/161

天体観測の夜。その9。

挿絵(By みてみん)

「違うのおぉぉ」

 一升瓶を抱きかかえ、西織(にしおり)先生は訴えた。

「みんな寝ちゃって、なんだかさみしくて、そしたらまだお酒が残ってて。隠してたわけじゃないの、あとで二号機さんに返すつもりだったのおぉぉ」

 隠してたんですね……。

 あれだけ長澤(ながさわ)先生に叱られたのに、もう忘れたんですね……。

 あなたに恋したと思い込んだ、この数時間を返してくださいませんか……。

 朝の風に髪を弄ばれながら、歌仙(かせん)くんは虚しかった。


 隣のビルの屋上では、一号機さんが声をミュートさせ、隣で伏せている人間無骨(にんげんむこつ)さんの背中をばんばん叩いて大笑いしている。


 望遠鏡制御用のノートパソコンはとうにスリープ状態だ。

 ドームの机に突っ伏して長澤先生が眠っている。

 二〇代の頃はこんなことはなかった。三〇センチ望遠鏡を覗けるなら、ひと晩くらいなんでもなかった。

 もう、二〇代じゃない。

 こんちくしょう。

 そんな長澤先生に毛布をかける人がいる。

「あんた、気が利く人なんだな。美人のくせに」

 振り返ると、ドームの入り口に鳴神(なるかみ)くんが立っている。

「眠らないのかい。みんな寝てるぜ」

「あなたに関係ない」

「怒った?」

「生意気だと思ってる」

 ドームのスリットから朝の淡い光が差しこんでいる。

 浮かび上がるのは、頬をかすかに上気させた井原(いはら)先輩の姿だ。

「山本先生の話を気にしてるんでしょ、先輩」

「ほんと。歌仙くんなんかよりずっと、女の子の気持ちがわかってるみたい」

「歌仙もあんたのこと気にして見てたよ、あの話の時」

「……」

 井原先輩は唇を噛んでためらっていたが、結局それを口にした。

「山本先生なんか、嫌い」

 鳴神くんは黙って聞いている。

「あんなこと言われて、私の友達が気にしないわけないじゃない。気を使うに決まってるじゃない。私――」

 井原先輩は息を継いだ。

「――かわいそうなんかじゃない」

 悪口を言い慣れている口じゃない。

 愚痴を言い慣れている口でもない。

「歌仙はばかな奴だ」

 鳴神くんが言った。

「今のあんたを見たら、ぜったいにあんたを選ぶのに。あいつ、あんたのような気の強い女の子が好きなのに。なのにあいつは――」

 井原先輩の眼から涙があふれた。

 きれいな涙が頬を落ちていった。


 鳴神くんは思う。

 山本先生も罪作りだな。

 自分の友人に似た生徒を気遣ったつもりが、その生徒を眠れなくして自分が失恋したところまで目撃させてしまうのだから。


「くやしい」

 井原先輩が言った。

「歌仙くんが私を選ばなかったのがくやしい。三〇歳のおばさんに負けたのがくやしい。私、歌仙くんのことなんて殆ど知らない。歌仙くんのことがほんとに好きだったのかなんてわかんない。なのに泣いちゃう自分がいちばんくやしい……」

「おれはガキの頃から歌仙と暮らしてきたんだ」

 鳴神くんが言った。

「だからおれは、あいつのダメなところとかいやなところもぜんぶ知ってるんだ。だから言えるんだ。あいつはおれの兄弟で、あいつはいい奴だ。あいつの悪口を並べることはおれにはできない。忘れろとも、もっといい男はいるとも、おれには言えないんだ。ごめんな」

 涙を拭きながら井原先輩が言った。

「うん」

 これは歌仙くんも虚を衝かれてしまった井原先輩の意外な素直さだ。鳴神くんもどきっとしてしまったみたいだ。

「なに?」

「いや、あのさ……」

「うん」

「あいつはただの年上好みなんだ。甘えたいんだろうさ。きっとそれだけさ」

「私だって年上……」

「そうでもないのさ。おれたちは宇宙船と地球で数年過ごしてて、一五歳で入学してきたわけじゃない。あの千両(せんりょう)も含めて、たぶんあんたと同い年くらいだ」

「でもあなた、私を先輩って……」

「先輩だから。年は関係ないだろ?」

 軍では、年齢より先任が優先される。

 鳴神くんたちはそれに慣れている。

「まあ、宇宙人ってのと同じさ。別に秘密じゃないけどさ、面倒くさくなるからあまり吹聴しないで欲しいんだ。これからもおれたちのこと後輩として扱ってくれないかな」

 井原先輩はうなずいた。

 でも。

「だったら、言わなきゃいいのに」

「ロボ子が――露穂子(ろほこ)がさ、さっき別のことで言ってたんだ。隠しておくのはフェアじゃないって。おれ、あんたのこと嫌いじゃないから。おれもフェアにやりたいんだ」

「うん」

「あいつはどうせ西織先生に振られる。相手が大人すぎて、生徒と教師じゃ相性が悪すぎて、どうしようもない。だから、もうちょっとだけ振らないでいてやってくれないか」

「ひどいね」

「ごめん」

「でもわかった。うん。そうする。もう少しだけ」

 井原先輩がちいさく笑った。

「ありがとう。って言うのもなんか変な感じだけど」

 鳴神くんが言うと、井原先輩がまた笑った。


 もったいないなあ。

 いい女じゃん。泣かすなよ、歌仙。


「あげないわよ」

 西織先生が言った。

「いりませんよ。おれは未成年です」

 歌仙くんが言った。

 空はすっかり明るくなっている。

 ふたりは、夜明け前の寒さで一枚の毛布にくるまっているのだけど、なんだかすこしもドキドキできない。なにせ片方は一升瓶を大切そうに抱えているのだから。

「また長澤先生に叱られますよ。たぶん、あのひと、怒ると相当怖いですよ?」

「知ってるわよ、あんたより」

 西織先生は小皿にお酒を注ぎ込んだ。

 ラッパ飲みされるよりはいい。

 それにちょっと粋にみえる。美人は得だ。

「瑞希に送ってもらうからいいんだもん。あともうちょっとだけ呑んで、あとは長澤が起きる前に寝たふりしてやりすごすんだもん」

「ねえ、西織先生って教師ですよね?」

「うるさい、うるさい、うるさーい。あーもー、うるさい!」

 ああ、だめだ、このオヤジババア。

「ねえ、前から聞きたかったんです」

 歌仙くんが言った。

「先生、おれに『候補』だとか『合格』とか言ったでしょ。あれってたぶん、おれをモデルにBL書くって話でしょ?」

「うん」

 やっぱりかよ……。

「相手は、貴景勝(たかけいしょう)

「はい?」

「知らない? 貴景勝。私、モデルがいないと書けないひとなのよね」

 いや、貴景勝関は知ってるけど。

 どういうことなんだよ。

「岩みたいに頑丈な男を堕としていく粘り強い長身痩躯の男」

 解説しなくていいから。

「知ってます? あれ、西織先生が生徒に粉かけたって話になってますよ」

「馬鹿じゃないの」

「これも知ってます? おれも先生から粉かけられたと思って、すごく嬉しかったって」

「おませ」

 西織先生、くいっと一口呑んだ。


 その横顔をじっと見ていた歌仙くん、すっと顔を寄せて西織先生の唇にキスをした。触れただけだ。でも歌仙くんのファーストキスだ。酒臭いとだけ思った。


「……」

 西織先生はフリーズしている。

「ご、ごめんなさい……」

「あ……あんた、とんでもないことを……」

「ごめん……」

「とんでもないことを……」

「やっぱり先生、きれいだったから。酒呑んでても、すごくきれいだって思ったから……ごめんなさい……」

 西織先生の見開かれた大きな目から、涙がボロボロと落ちた。

「ファ、ファーストキスだったんだぞ、このやろう……!」

「えええええーーっ!」

 これには歌仙くんも本気で驚いた。

 いや、処女だとは本人の口から何度も聞いているが、まさかキスまでしてなかったとは思わなかった。こんな美人でまさかそんなことが。

「う、うぷっ!」

 西織先生が両手で口を押さえた。

「えっ! いや、やめて! ここでしないで!」

「ぶはあっ!」


 うわああぁぁあ!


 おろろろろろろ!


 山の陰から朝日が差してきた。

 キラキラと吐瀉物を輝かせる。


 ドームのスリットから、一部始終を見ていた井原先輩と鳴神くんである。

「ねえ、私に、あんなのを待ってろっていうの?」

「そうだなあ……」

 鳴神くんもフォローできない。


 長い夜が明けた。


■主人公編。

鳴神 陸。(なるかみ りく)

えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。

三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。


歌仙 海。(かせん うみ)

えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。

美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。


千両 空。(せんりょう そら)

えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。

小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。


■学校編。

長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。

クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


高梨 春美。(たかなし はるみ)

地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。

小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。


広田 智。(ひろた さとる)

地球人。高校一年生。美術部。サトル。

歌仙くんの友達。普通っぽいアホ。


井原 優子。(いはら ゆうこ)

地球人。高校三年生。美術部部長。

板額先生と双璧の美女だが、歌仙くんらぶ。

 松田 詩織。

 中沢 弓子。

 井川さんの親友ふたり。


長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)

地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。三〇歳。

飄々とした人。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、変人。三〇歳。


山本 瑞希。(やまもと みずき)

地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。

長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。ひとりだけ既婚者。三〇歳。


山本 一博。(やまもと かずひろ)

山本先生の夫。長澤先生の友人。この人も別の高校の物理教師。


■同田貫組周辺編。

人間無骨。(にんげんむこつ)

えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。

いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。


同田貫 正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


■アンドロイド編。

長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)

雪月改二号機。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。番外編では、露穂子さんがいるため「二号機さん」で統一。


一号機さん。

雪月改一号機。マスターは同田貫正国。マスターからは弥生さんと呼ばれる。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。和服が似合う。通称因業ババア。


神無。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

二号機さんを「先輩」と呼び、二号機さんからは「後輩」と呼ばれる。雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


板額。(はんがく)

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。護衛としてえっち星に渡ったので世界的な有名人。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
― 新着の感想 ―
[一言] こちらのサイト様では、各ページに素敵なイラストが描かれてあって、とても豪華ですね! 今後は、こちらにお邪魔させていただきます。 ※ご返信やお返しなどは、一切不要ですよ~(*^▽^*)
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