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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
三人組高校に行く。編
102/161

天体観測の夜。その8。

挿絵(By みてみん)

長い夜が明ける。

 今のダメ大人の姿を見ていると想像もつかないだろうけど。

 と前置きして、山本先生は話を始めた。

西織(にしおり)先生は、乙女回路搭載といわれるほど純情で潔癖症だったのよ」

 その純情乙女。

 鍋を食べて満足したのか仮眠コーナーでいびきをかいて寝ている。

「私なんか下ネタばっちこーい!なほうだったから、高校時代はほとんど接点なかったんだよね。ただとにかく美人で有名だったから、こっちからはよく知ってたけど。ちなみに、あの髪は色もウェーブも天然よ。教師からパーマを疑われたとき、自分でバケツの水ぶっかけてその場で天パ証明したのは見物だったわ」

「へえ……」

 チーム井原(いはら)の中沢さんがため息交じりに言った。

「かっこいい……」

 そのかっこいい西織先生、いびきどころか今度はジャージに手を突っ込んで腹をボリボリ掻いている。

「ホントはショートで、小顔だからそっちの方が似合っててかっこよかったのに、あれ以来伸ばすようになったのよね。まさか今も根に持ってるわけじゃないだろうけどさ」

『アンドロイドの板額(はんがく)さんも乙女回路搭載してますが、むっちゃ気が強いです』

 と、二号機さん。

「純情で潔癖症ってことは、曲がったこととうまく折り合えないってことなのよ」

『なるほど』

「それでいて乙女だからナイーブすぎて、交際申しこまれて断る時には、自分の方がへこんでるの。でもそれがまた女にはカチンとくるわけ。いいひと気取ってるように見えるわけよ。女の間でも、西織派とアンチ西織派がくっきり分かれてたなあ」

 ――美人だから男嫌いなのかもしれないぜ。

 広田(ひろた)が言ってたな。

 歌仙(かせん)くんはそんなことを思い出した。

 ちらりと見ると、井原優子(ゆうこ)先輩は三号機さんと言葉を交わしながら紅茶を楽しんでいる。

「西織先生が今みたいになったのは案外早くてね、大学デビューだったね。同じ学部だったし、あれ、西織って意外と気さくじゃんで、すぐに仲良くなってそれ以来の腐れ縁。まあ――」

 ここで山本先生が井原先輩を見たような気がした。

「きれいだって騒がれるのも、結構しんどかったんだと思うな」

 井原先輩の反応はない。

「おいしい」

 と、ただ紅茶の感想を漏らしただけだ。

「それがわかっていれば、私も高校時代から西織先生と仲良くしてたんだけどな。ま、あの頃の私にゃ、そこまで考える想像力もなかったし。もし友達になっても、私じゃなんの力にもなれなかったろうし」

『それで』

 と、神無(かむな)さんが手を上げて発言した。

『西織先生と長澤先生はどこまでいったんですか』

 さすが疾風怒濤神無さんである。

 とはいえ、恋バナは誰でも興味ある。みんなランランと目を輝かせた。

「そんなん、私にわかるわけないでしょ」

 山本先生は苦笑した。

「ま、うちの旦那がアプローチかけてきたのよね。のほほんとしてるわりに搦め手、搦め手で。その搦め手のひとつがグループデートで、こっちの友達の西織先生と、旦那の友達の長澤(ながさわ)先生が巻き込まれたというわけよ。あの年代の男のわりに、ふたりともがっついてこなくてさ、居心地よくて、そのままだらだら付き合ってたらいつのまにか結婚てことになっちゃいました。西織先生と長澤先生もそうなるかなーとは期待してたんだけど、ダメだったみたいですねー」

 がはは、と山本先生が笑った。

瑞希(みずき)~~」

 地獄の底から声が聞こえてきた。

「瑞希~~、気持ち悪い~~」

「わあっ!」

 山本先生が飛び上がった。

「まて、高子(たかこ)、ここではダメだ。我慢しろ、今、手洗い場に連れてってやるから!」

「うう……」

 山本先生に抱えられ、西織先生は教室を出た。


「おろろろろろろろ!」

 幸い途中で事故を起こすこともなく、西織先生は手洗い場で吐いた。

 それにしても大変な教師である。

「もう、全部吐いちゃいな。待ってて、ロビーでポカリ買ってくるから」

 離れかけた山本先生のジャージの裾を、西織先生が掴んだ。

「ん、なに?」

「べらべら喋ってんじゃないわよ……」

「やっぱり聞いてたか、高子」

 山本先生が鼻を鳴らした。

「私と長澤は、なんでもなかったよ」

「知ってるよ。あんた、酔うと自分は純潔だって言ってるじゃん。はじめは信じてなかったけどさ」

「……裏切り者」

「えっ、なにが」

「一生面倒見てやるって言ったくせに」

「はあ?」

 山本先生は腰に手を置いた。

「なに言ってんの。私、百合じゃないから。そんなこと言った覚えないよ」

「言ったじゃん!」

「言ったかも知んないけど、ただの冗談だから」

「私が浮き世離れしすぎてて心配だから、一生面倒見てやるよって。それなのに、さっさと結婚して。ひどいよ」

「あーあー、やだねえ。乙女回路搭載したのがそのまま大人になると」

「浜田省吾の歌にそんなのがあって、よっぽど私、結婚式で歌ってやろうかと思ったわよ」

「そのかわり『ウエディング・ベル』歌ったじゃない。山本くんは苦笑いで済ませてくれたけど、親戚連中は真っ青になってたわよ。だいたいあんただって、長澤くんと結婚するつもりだったんでしょ」

「振られたんだよ」

「そなの?」

「私からプロポーズしたんだよ。しょうがないから、私たちも結婚しようかって。そしたらあいつ激怒よ。おれはしょうがないで選ばれる男なのかって」

「……」

 山本先生、口を開けたが言葉にならず、今度は腕を組んで苦笑いを浮かべた。

「……ほんと、どうしようもないね。あんたも、長澤くんも」

「いいんだよ、私はこのまま純潔守ってババアになって死ぬんだから」

「あっという間だよ。年は取るよ。どうすんの」

露穂子(ろほこ)ちゃんとBL本作りながら、いっしょに老後を暮らせたらいいなあって、少し期待してる……」

「あんたの人生設計って、どうなってんのよ……」

 山本先生、ため息ひとつついて、

「じゃ、ポカリ買ってくるからね」

 そこから離れていった。

 西織先生も、ため息ひとつついて。

「私、もうダメなのかな」

 手洗い場の鏡に、蛍光灯の青白い光に照らされた三〇歳の自分が映っている。

「やり直せないのかな、高校の頃から。もうちょっとうまくやれなかったのかなあ……」

 そしてまた。

「おろろろろろろろ!」


 誰かが背中を撫でてくれている。

 大きくて暖かくて。優しい。

「ありがとう、瑞希。早かったね」

 西織先生は顔を上げた。でも、そこには誰もいなかった。


 なぜおれは逃げ出したんだろう。

 あの人には慰めが必要だったのに。

 でもどう慰めればいい?

 あの人の半分しかまだ生きていないおれが。


 歌仙くんは暗い校舎の中で両手を広げてみた。


 今のおれ、腕をせいいっぱい伸ばしても作れる世界なんてこれっぽっち。

 だけど、焦っても大人になんかなれない。

 せめて目の前の三年間、おれは少しでも大きくなるんだ。


 みんなが寝静まった真夜中の校舎を、歌仙くんは歩き回った。

 じっとしていられなかった。

 ぐんぐんと、駆け足に近い勢いで、何周したかわからないほど歩き回った。

 いつの間にか、窓の外が明るくなっている。

 長い夜が終わる。

 歌仙くんはスマホを取り出した。

『一号機です』

(あね)さん、お願いがあります」

『西織先生の現在位置でしょうか』

 因業ババア!

 心の中で罵って、歌仙くんは続けた。

「そこまでお見通しなら、もう一つお願いがあります。これからぼくの行動を聞かないでください。録音しないでください」

『あなたの保護者代理として、監視はします。夜は誰でも惑わします。相手のお嬢さまにご迷惑をおかけするかもしれないものを座視できません』

「……」

『だけど、問題がない限りマスターや人間無骨(にんげんむこつ)中尉には伝えないようにしましょう。夜よりほかに聞くものもなし』

「恩にきます、姐さん!」

『西織先生は理科棟屋上にいます。では、幸運を』


 歌仙くんは階段を駆け上った。

 絶対実らない恋だけど。

 今日のこの時間だけは、あの人が好きだ。

 屋上に出ると朝の冴えた風が冷たい。明るくなった屋上には小型望遠鏡が並んでいるだけで、さすがにもう人影はない。

 毛布をショールのように巻いた西織先生が、驚いたように振り返った。


 手に一升瓶を握り締めて。


 ああ、別に実らなくてもいいや、この恋。

 歌仙くんはそう思った。




※西織先生が歌おうとしたのは、浜田省吾『I DON'T LIKE“FRIDAY"(戦士の週末)』


■主人公編。

鳴神 陸。(なるかみ りく)

えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。

三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。


歌仙 海。(かせん うみ)

えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。

美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。


千両 空。(せんりょう そら)

えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。

小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。


■学校編。

長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。

クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


高梨 春美。(たかなし はるみ)

地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。

小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。


広田 智。(ひろた さとる)

地球人。高校一年生。美術部。サトル。

歌仙くんの友達。普通っぽいアホ。


井原 優子。(いはら ゆうこ)

地球人。高校三年生。美術部部長。

板額先生と双璧の美女だが、歌仙くんらぶ。

 松田 詩織。

 中沢 弓子。

 井川さんの親友ふたり。


長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)

地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。三〇歳。

飄々とした人。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、変人。三〇歳。


山本 瑞希。(やまもと みずき)

地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。

長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。ひとりだけ既婚者。三〇歳。


山本 一博。(やまもと かずひろ)

山本先生の夫。長澤先生の友人。この人も別の高校の物理教師。


■同田貫組周辺編。

人間無骨。(にんげんむこつ)

えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。

いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。


同田貫 正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


■アンドロイド編。

長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)

雪月改二号機。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。番外編では、露穂子さんがいるため「二号機さん」で統一。


一号機さん。

雪月改一号機。マスターは同田貫正国。マスターからは弥生さんと呼ばれる。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。和服が似合う。通称因業ババア。


神無。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

二号機さんを「先輩」と呼び、二号機さんからは「後輩」と呼ばれる。雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


板額。(はんがく)

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。護衛としてえっち星に渡ったので世界的な有名人。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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