典太さん、愚痴る。
「ああっ!」
炊きたてごはんに納豆、自家製お漬物、お味噌汁。
いつもの長曽禰家の朝食の席で突然立ち上がったのはロボ子さんのマスター、長曽禰虎徹さんだ。
「宗近! おれたちは大変な間違いをしていた!」
「なんだい、虎徹さん。やっぱりロボ子ちゃんの味噌汁は美味しいねえ。日本人で良かった」
宇宙人なのですが。
「聞け、宗近! ロボ子さんが、前の姿のうちにエプロンを用意してあげていれば……!」
虎徹さんの言葉に、宗近さんも弾かれたように立ち上がった。
「裸エプロン!!」
「おう、最低でも、レオタードエプロン!!」
「ああ、なんてぼくらは馬鹿だったんだ。なぜそんなことにすら気づかなかったんだ……!」
宗近さんは泣いた。
「ちくしょう、時間は巻き戻せない……!」
虎徹さんも目頭を押さえた。
『二人とも隕石にあたって死んじゃえばいいのに』
目を半眼にしてロボ子さんがつぶやいた。
「へえ、おじさん、おれの話を信じてくれるのかい」
ガードの上を電車が通り過ぎていった。
おじさんはくしゃっと笑ってコップ酒を口に運んだ。
「うんうん、信じてるよ。お兄さんは宇宙人で、三三光年離れた星から宇宙駆逐艦でやってきたんだよ。わかるともさ、夢は忘れちゃいけない。おじさんもアポロ宇宙船に感動して宇宙飛行士になるのが夢だったんだよね。でも、アメリカじゃないこの日本じゃ無理だよなと思ったら、ぱあっと冷めちゃった。でもどうだい。今じゃ日本人宇宙飛行士、何人もいるじゃないか。諦めちゃダメなんだよな。もっとも、おじさん頭良くなかったから、結局宇宙飛行士にはなれなかっただろうけどさ」
「おれ、秀才の集まる宙軍士官学校でも、けっこう優秀だったんだぜ。教科別だったら主席だってとれたんだ」
「そりゃすごいなあ、お兄さん」
「大プロジェクトの航海長にも抜擢されてさ。もっとも艦長は同期、副長相当は一期下だったけどな。まあ、そういうこともあるよな」
「あるある。較べられるってつらいよね。地球にはいつ来たの、お兄さん。名前は? ほら、グッと飲みなよ。嬉しいなあ」
「三池典太」
「あれ、なんか聞いたことがある名前だなあ。おじさんね、今は歴史が好きなの。いろんなこと好きになって、結局なにひとつものにならなかったんだ」
「でもさ、おじさん。あんたはいいひとだよ。おれの話を信じてくれたのはあんただけだよ。酔っ払いでも、信じてくれたのはあんたひとりだよ。おれ、嬉しいよ。あれ、なんだよ、なんでおじさんのほうが泣くんだよ。しょうがないなあ」
「まだがんばれるのかなあ、おじさん、これからまだなにかできるのかなあ」
「おじさんは家族のために、都内に家建てたんだろ。それってすごいことじゃないか」
「うん、でもおかげで通勤に片道二時間。やんなっちゃうよねえ」
「おれこそ、なにかできるのかな。これからまだ、なにかやれるのかな……」
「若いんだからさ」
「そうでもないけどね……さて、互いにそろそろ腰を上げようか。大将、お勘定」
また、ガードの上を電車が通っていった。
都会の夏の夜は、むせるように暑い。
『三池典太光世さん』
艦長席の椅子をくるくるとまわしながらロボ子さんが言った。
『航海長ですね』
補陀落渡海さんが言った。
『その「んたみつよ」さんが補陀落渡海さんを売り飛ばそうとしたのですか』
『変なところで区切らないでください。「典太さん」と呼ばれることが多いようです。売り飛ばすというのもあれですが、まあ、地球に着いたときに揉めたんですよ。片方は命令書の通り船を隠して自分たちの存在を消す。こちらは艦長で、もう片方が航海長。航海長は、地球人の力を借りて私の、補陀落渡海の亜光速エンジンを再建しようと主張しました。地球の科学レベルならその可能性はあると。でも艦長は反対しました。命令書は絶対だと』
『杓子定規で嫌な野郎ですね、その艦長さん』
『ロボ子さんは天然なのか悪意あるのか、ときどき酷いですよね。長曽禰虎徹さん、あなたのマスターがその艦長ですよ。艦長は、命令書はなんども検討を重ねた上で決定されたものだと主張しました。補陀落渡海、私の超先進技術は地球に災厄をもたらしかねないと。自分たちのために、地球にそんなリスクを背負わせることはできないと』
『ほんっとえらそうですね、その艦長さん』
『ですから、虎徹さんです。まあ、艦長は「鉄の虎徹」と呼ばれたほどの頑固者でしたからね。どんな状況でも軍人としての筋を通したかったのでしょう』
『誰が鉄の虎徹で、軍人の筋です?』
『あなたのマスターの長曽禰虎徹さんです』
『異議があります。うちのマスターは今朝も裸エプロンを熱く語ったえっち星人なのです』
『ロボ子さんの異議もわかりますが、本当はそういう人なんですよ。まあ、それで結局艦長の主張が通って――ほんとうは艦長なのですから自分ひとりで決める権限があったのですが、二〇〇人の運命ですし、これだけは合議制をとったのですね。そして航海長はこの船を離れました。脱走罪にするわけにはいかないと艦長はその場で解散式をして、航海長も解散式後に船を離れたことに航海日誌上ではなってます。艦長は頑固で生真面目で意地っ張りで、それでも優しい人なんです。今さら脱走罪でもないでしょうに』
『ロボ子さんは、その時のマスターの五分の一でも戻ってきてくれるのを希望します』
『その後は孤島で私と艦長と機関長の三人で暮らしていたのですが、航海長が防衛省に自分は宇宙人であると出頭したらしいのですね。証拠が私、宇宙駆逐艦補陀落渡海であると。それで大慌てで艦長と機関長で私を移動させたのです。艦長は優秀な宙軍軍人ですが、とにかく操舵が天才じみてヘタクソでしてね。その結果が、村の鎮守の地下に突っ込んで一部損壊した私なのです』
『よく一部で済みましたね』
『山腹にぶつかるところだったのに、その中が巨大な地空洞だったおかげです。そこにうまく滑り込めたのです。時間があれば、この空洞がいったいなんなのか調べてみたい気もしますね』
『宇宙船が突っ込んできて、誰も気づかなかったのですか』
『村の中では大騒ぎになりましたが、当時は本当に限界集落でしたから。山の神様がお怒りだーー!で済んだようです』
『それで、その典太さんがまた動き出したのですね』
『ウエスギ製作所の社長さんの情報だそうです』
『なぜそこに、弊社社長が出てくるのでしょう』
『私の修理のための部品探しで秋葉原に日参していた機関長と顔見知りになって、いろいろ教えてくれた恩人なのだそうですよ。機関長の話しぶりだと、私の存在や、艦長や機関長の正体もだいたいわかっているのでしょう。そういえば、艦長がロボ子さんを見たのも会社に遊びに行ったときなのだそうです』
『そうなのですか』
『一目惚れだったのだそうですよ。制作中のあなたの姿を見て』
『気持ち悪いです』
『またそんな……それで、社長さんによると、少し前に宇宙船を一緒に探さないかとやってきた男がいると。どうやらそれは私のことで、その男が航海長らしいと」
『見つかっちゃったのですか、補陀落渡海さん』
『日本のどこかに異星人の宇宙船があるというだけのようです。見つけてくれたらおれが飛ばしてやるぜ!という話だったようです』
『見つけられちゃったら、また引っ越すことになるのですね』
ロボ子さんが言った。
『この村や地元のスーパーにもそろそろ慣れてきたところなのに、私も大変です。でもしょうがないですね。私にマスターや宗近さんと補陀落渡海さんで今度はどこに行きましょう』
あれっとロボ子さんは思った。
今までよどみなく返事をしてきた補陀落渡海さんが言葉を止めたのだ。
『そうですね』
少し間を置いて、補陀落渡海さんが言った。
早く帰らないと水戸黄門が始まる。
水戸黄門を見ながらおっさんふたりのための夕食の用意だ。だけどロボ子さんの足は止まってしまう。何度も何度も鎮守さまを振り返ってしまう。
ロボ子さんの頭は小さくて、まだ生まれたばかりで、オーバーフローしやすい。それでもロボ子さんは考えてしまう。
かなかなと、少し早いひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。
まだ生まれたばかりなのに別れの予感がロボ子さんの胸をしめつける。
そしてもうひとつ、ロボ子さんの小さな頭を悩ませることがある。
ロボ子さんはこの頃よく眠っているようなのだ。
アンドロイドの自分がなぜ。
しかも目が覚めるごとに太っているような気がするのだ。太っているというか、重くなっている。体はむしろ軽くなったように感じてしまうのだけど、明らかに質量が増えている。家の体重計では一〇〇キロ以上を計れないので確認できないのも困る。
アンドロイドの自分がなぜ。
なんでもお見通しの黄門さまや将軍さまも教えてくれない。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




