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同じようで違う生き方

MTが終わる頃には外はどっぷりと更けていて、これは流石に1人で帰りたくないなと改めて零の存在に感謝した。

彼に電話をしようと携帯を取り出した瞬間。


「玉置」

「ん?」

「あ、あのさ…えと」


まだ練習着姿で汗だくの一之瀬くんが話しかけてくる。

早く汗拭かないと冷えて風邪を引いてしまう。


「はい、タオル。取り敢えず汗拭かないと」

「っ…あ、ありがと」

「それで?何か用だった?」

「…あ、の…もう、暗いじゃん?怖ぇなら俺が送ってやろうかなぁとか思ったりしたり?」

「あははっありがと~!でも大丈夫だよ、帰れるから」

「いや、でも…お前一応女だから、危ない、し?」


まぁ口は悪いし引っかかる所はあるけど彼なりの優しさだろう。

余計な言葉を付け足してくるのは零の十八番だから、一之瀬くんなんて可愛いものだ。


「そうそう、危ねぇぞ?今は物騒なんだからさ」

「キャプテン、あははっキャプテンまで心配してくれるんですか~?」


一之瀬くんの肩を組んで現れたのが男バスのキャプテン、星風輝(ほしかぜひかる)である。相変わらず綺麗な顔面をしていらっしゃるな。


「まぁな、ヘタレ湊人が役に立たねぇなら俺が送ってやろうか?」

「いえいえ、ヘタレかどうかは置いておいて、迎えが来るんですよ車で」

「…迎え?お前一人暮らしじゃなかったか?」

「あ~…まぁ、そうなんですけど」

「彼氏か!?」

「うっせぇ耳元で叫ぶな湊人」

「あ、すんません」

「彼氏な訳無い無い、一寸年の離れた友人って感じかな」

「友人…ねぇ。まぁお前が大丈夫ならそれでいいわ」


くしゃり、キャプテンに頭を撫でられて自然と顔が赤くなる。

いや、だって…流石にイケメンにこんな事されたら、死ぬよ。


「ほんっと~に友人なんだろうな!?」

「う、うん、友人。一応」

「はいはい。負け犬の遠吠えは止めてさっさと着替えようなぁ?練習試合風邪引きましたとかで休んだら殺すぞ」

「っ……ハイ」


二人の明確な上下関係を見届けた後、私は荷物を持って第一体育館を出る。校舎は既に職員室のある場所以外真っ暗だ。さて、電話して何分で来てくれるのやら、出来るだけ早くして欲しい。思いながら零に電話をかけた。


『はい』

「あ、零迎えに来て欲しいんだけど」

『タイミング悪いなぁ…まぁいいよ。10分くらい待っていられる?』

「うん、大丈夫だけど。なんか…煩くない?」

『ん?あぁ…今はね。一寸お仕置き中なの』

「お、しおき…?」

『気にしないで。直ぐに終わらせるから』


一方的に切られた通話…唖然と携帯を見つめる。

通話口から聞こえてきたのは怒声と銃声、色んな人の声が混ざり合ってぐちゃぐちゃになった不協和音、私とは生きている世界が違うのだと改めて思わされた。

しかし、よくあの状態で電話に出ようと思ったなあの人も。神経どうかしてるんじゃないかな…。


「…とは言ったものの、暗いな…怖っ」


最近この辺にマフィアいるとか言ってたし……出来るだけ早く来て下さいお願いします。寧ろもう、零じゃなくて一之瀬くんかキャプテンに頼めば良かったのでは?…歩きたくない気持ちが先走ってしまった。

あぁ考えれば考えるだけ背筋が凍って自分のした行為に対して後悔の念に駆られる、何か気配を感じるような気がするし、心無しか誰かに見られているような気もする、多分というか絶対に全部気の所為なんだけれども。


「唯」

「ひっ!?」

「早く乗って」


車の中から声をかけられた、勿論それは零なのだが。反射的に驚いてしまうのは仕方がない。

助手席側の扉が開けられ、早くしろと呆れた目をされる。が、今はそんな顔でさえもホッとしてしまう。


「零遅い~…っ!」

「いや、これでも飛ばしてきた方、8分で着いたんだから許してよ」

「許す…けど……っ!?」


鼻がもげる様な悪臭、鉄臭い臭いを上回る…これは死臭。

無意識に零から離れようと助手席側の扉に背中を預ける。


「…だから言ったじゃん、タイミングが悪いって」

「っ…これ、なに」

「何って嗅いだ事くらいあるでしょ。死臭だよ。蛆虫の沸いた糞共が隠していた死体の処理をしてたの。死後2週間とか経ってるから物凄い臭いでしょ?俺も早く身体洗いたいんだ」

「……っは」

「…まぁ死体を見つける道中に何人か殺っちゃったけど、血の匂いは死臭で誤魔化されてるかな?」


何でそんな事をしているのか、なんて聞く勇気私にはない。

今、目の前には、見えない…けれど明確に白線が引いてあってそれを越えると先は全部真っ黒で…多分、越えちゃいけないラインなんだって嫌でも思い知らされた。


「もう少し早く、若しくは遅く連絡してくれればちゃんと綺麗な格好で行けたのに。まぁいいや、車出すからシートベルトちゃんと付けていなよ。俺はあんまり安全運転保証出来ないからね」

「……っ」

「そんな露骨に怖がらないでよ傷付くなぁ。今までだってこんな男と一緒にいたんだからさ?」


どくん、心臓が嫌な音を立てて段々と鼓動が早まる。

何時もの軽口なのに、それが酷く耳について気持ちが悪かった。臭いは直ぐに鼻が麻痺して慣れてしまった…けれど、気持ちの整理は付かなくて、なんだか…隣にいる人が本当に…。


「犯罪者だって自覚しちゃった?」

「え……」

「あはは、顔真っ青でしょ?見えないけど」

「…っ…あ、いや」

「安心しなよ。お前は殺さない。殺す必要もない、殺す価値もない」


崖から突き落とされたような感覚、行成首が飛んだような感覚、今の私を表現してみるとどれも殺されているようだ、そう…身体は無事なのに…何処か、他の所が殺された気分だった。

この男は私の事を、人間だと思っちゃいない、正真正銘…玩具(おもちゃ)だ。


「さて、マンション着いたけど。俺も風呂入っちゃ駄目かな?」

「……」

「…矢っ張り、いいや。他で入るよ。今日はゆっくり休みな。おやすみ」


部屋の前まで送ってくれた零は身を翻して元来た道を戻ろうとする、その後ろ姿を見ていると、2度と此処には来ないような気がして、私は咄嗟に彼の服を掴んでいた。


「おぉっ…と、何々どうかした?」

「…お風呂、入っていい、よ。今日の…お礼」


そうだ、理由や経緯はどうあれ、自分の身なりを整える事よりも先に私を迎えに行くという約束を優先してくれたのだ。仕事中だったのに、自分だって臭いが付くのは嫌だったのに、着替えさえすれば…私に、バレなかったのに。

恐怖するのは当たり前で、もう関わらない方がいいのは分かっている。だけど、その思考全部捨てたら、私は彼に感謝こそすれども酷い扱いなどしていいわけがない。


「…お人好し。そういう子は損するんだよ」


私の頭をまるで犬を撫でるかのようにぐしゃぐしゃに撫で回した後、勝手に鍵を開けて部屋に入って行く。


「入らないの?」

「私の家なんですけど」

「じゃあ早くおいで。俺先に風呂入らせてね」

「…どうぞ。そのままで居られる方が嫌だし。あ、着替えないからね」


リビングで制服を脱ぎながら会話、死臭がする…洗おう。


「心配御無用、こんな事もあろうかと唯の家のタンスには、ほら俺の着替えがあります!」

「っ勝手に服を入れるな!」

「…唯」

「っ…え?」

「他人を簡単に信用しない方がいい。そうやって気を許すと、後で絶望に叩き落とされる。詐欺師の言う事なんて信じられないだろうけど、俺からの忠告。俺は信じない方がいい」


この時に、私が何か返していれば未来は少し変わっていたのだろうか。

けれど、今の私には拳を握って彼の言葉を咀嚼して、結局口を(つぐ)む事しか、出来なかった。

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