普通に見えて異常な世界
携帯のアラームを止めて起き上がる。
ぼぅっと空を見詰めていると鼻をつく味噌汁の香り。
ゆっくりとベッドから下りてテーブルの前に座る。
目の前には朝食が広がっていて私は揃えられた箸を持つ。
そして、台所にいる男に一言。
「不法侵入!」
「おはよう、食べる前に顔洗ってきな」
「…不法侵入!」
顔を隠しながら洗面所に駆ける。
合鍵持ってるにしても昨日の今日でよく顔出せたものだ。
私は未だ少し怒ってる、寝たらあれくらい仕方ないかと思ってしまう自分の単純さに飽きれるばかりだが…一言くらい謝ってくれてもいいと思う。
「ご飯、味噌汁、目玉焼き、サラダ…諸々」
「健康的でしょ?」
「…どうも」
「機嫌悪いのにお礼言っちゃう唯は素直だねぇ」
「嫌い」
ご飯に罪はないから食べるけど、不本意ながら美味しいし。
「あ、頬にソース付いて」
「ない!」
「いや、付いてるんだって」
「煩い近寄るな!」
ティッシュで赤くなる程ほっぺたを擦った後、零から更に距離を取る。
「…はいはい、ごめんごめん。俺が悪かったよ。服に吐いちゃってごめんなさい」
「……棒読みだけど、もう、いいよ」
「そう?良かった~」
肩を竦めて溜息を吐く。
彼の機嫌は結構普通に真面目に悪くなっていたので、それは出来れば回避したい。多分怒ると…手がつけられなくなりそうだから。
「はぁ…零は自由でいいねぇ」
「じゃあ学校なんか辞めて俺と遊ぼうよ。養ってあげるからさ?」
「詐欺師に養われる人生は怖いので遠慮します」
肩に置かれた手を振り払って食べ終えた食器を流し台に置き、水を流す。
やっておいてあげるよ、という零の言葉に甘えて食器洗いという小学生でも出来る作業までしてもらう。これじゃ私は自立出来そうにないな。
「唯」
「何?」
「今日は部活後にMTがあるから遅くなるんだっけ?」
「教えた覚えないけど、そうだね」
「迎えに行ってあげようか。暗いの苦手でしょ?」
「…迎えって、何?」
「車」
「よし、迎えに来て!あっでも、絶対他の人に見られないようにね。知り合いだと思われたくないから」
「…お前に都合がいい話だなぁ。まぁいいか、最近は少し物騒が過ぎてるからね…女1人じゃ危ないよ」
車の中に居てくれたら他の人には見られないし、楽に帰れるし、正直暗いのは嫌いだから…零の申し出は素直に嬉しかったりする。
ただ、何となく…感謝の気持ちを伝えるのは癪だ。
「唯、いってらっしゃい」
「…何で犯罪者を家に置いて出かけるんだろうね私」
「大丈夫。お前の家には盗むに値するもの殆ど無いから」
「…あぁそうですか」
「そういう事。迎え欲しかったら連絡して」
「…うん、ありがと。いってきます」
玄関の扉が閉まるまで零は何時もの貼り付けたような笑顔を浮かべて私に手を振っていた。相変わらず仮面が分厚い事で。
そもそも、連絡先交換した覚えもないのに気付いたら入っていたし、つまり勝手にロック解除したという事、別に見られて困る物はないけど常識的に考えて…って詐欺師に言っても意味無いか。
「唯おはよ~!」
「おはよう、朝から元気だねぇ」
松坂京菜は私の幼馴染、基本的に一緒に行動する相手だ。常々思うが気を使わなくて済む友人というのは大切な存在だ、相手には恥ずかしくて言える訳が無いけれど。
「昨日の練習試合快勝だったからね!」
「お~おめでと、凄いじゃん」
「冷たいなぁ…」
京菜が強いのは百も承知、女バスの次期キャプテンだからね。
けど、矢っ張り素直に褒めるのは恥ずかしいのだ。
「てかてか!男バスも凄いでしょ?」
「うん、まぁね」
男バスのマネージャーを務める私としては贔屓目で見てしまう所もあるが、男バスの皆は強いと思う。今年は何処まで行けるのか楽しみだ、何だか親バカみたい。
「それで?彼氏の出来る気配はありますか~?」
「…は、今はそんな余裕ないですね」
大会前で皆練習必死にしてるのに、そんな時に恋愛ムードなんて出してたらキャプテンに漏れなく殺されるよ。
それに、ただでさえ…家に何か変なのいるんだから。
「…あぁ、もう…消えろ」
「私の存在!?」
「誰も京菜とは言ってない」
机に突っ伏して違う事を考えようとしても、零の顔が頭をちらつく。あの人は、もう、本当に、傍迷惑だ。
「玉置、松坂、おはよ」
「あっ一之瀬くんおはよ~っす!」
「おはよ~」
現れたのは男バスの次期エース様、一之瀬湊人くんである。
ちなみに隣の席だったりする。
「なぁ聞いてくれよ二人共」
「はいはい?」
「最近銃声が煩くて寝れねぇ」
「…銃声って」
「この辺に住み着いてるマフィアの奴等がドンパチやってんの」
「へぇ…大変だねぇ。流れ弾で死なないようにね」
「薄情者だな、おい。まぁこんなの日常茶飯事だけど」
日常茶飯事に銃刀法違反を無視する組織がこの辺には跳梁跋扈している。人が死ぬのは毎日の事で警察組織も見て見ぬ振り、警察なんて正直名ばかりの税金泥棒だ。だから、家に詐欺師がいるのも普通…ではないな、うん。
「ていうか一之瀬くんの家って確か」
「学校から徒歩5分」
「ちっか!危なっ!」
「あぁ…成程」
だから零が態々迎えに行くとか何とか言ったのか。
初めて言われたなとは思ったけどそんなに気にしていなかった事案の答えが分かり何となくスッキリした。
「玉置、俺が死んだら男バスは終わりだな…」
「キャプテンに言っとこ、俺がいなきゃ男バスは弱いって言ってたって」
「嘘嘘嘘!冗談だから!キャプテンに言うのは止めろ!」
「私も冗談だよ。死んだら悲しいから気を付けてね」
「っ…お、おう」
「あー…ふーん…?」
「な、なんだよ松坂」
「いや。別に~?唯、彼氏なら良いのがいるじゃん」
「え?一之瀬くんの事?ははっ無い無い。一之瀬くんは彼女いるもんね~?」
「…別れたけどな」
「フラれたの!?」
「なんで嬉しそうなんだよ!?」
まぁ京菜はそういう恋愛のゴタゴタ大好きだからね。
付き合うのも別れるのも両方、惚気話は嫌いみたいだけど。あれ、これだけ聞いたら性格悪い奴みたいじゃない?いや、そんな事はなくて、寧ろ付き合うまでの手伝いも的確にしてくれるんだけど…うーん結局は野次馬かな。
「なんでフラれたの?何したの?」
「…バスケと私どっちが大事なのって」
「テンプレ~!で?バスケって答えたの?」
「いや、お前って言ったら嘘でしょって泣きながら叩かれてなんやかんやフラれた」
「…それは、ご愁傷様です」
「バスケと私どっちが大事って言われてもねぇ…そもそも比べる対象じゃないのにね」
「だろ!?バスケは部活だし彼女は人間だろ!比べらんねぇよ!そりゃ確かにデートとか…御無沙汰だったかもしんねぇけどさぁ!」
「彼女ならもう少し彼女の方から寄り添って欲しいよね~!」
「本っ当それな!」
やれやれ、付き合うっていうのも大変だな。
矢っ張り私はまだ、そういう域に達していないのだろう。
そういえば前に…付き合うのは面倒臭いって言ったら、面倒臭いのが恋愛ってもんでしょ?って零に言われた事あった気がする。だから俺はしないけどね、なんて…返してきたっけ。負け惜しみ、とか言われると思ってたんだけどなぁ…。