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非日常な日常

平穏な日常に訪れた脅威、とでも言えばいいのだろうか。

私の背後で人のベッドに寝転びトランプを弄って遊んでいる男に視線を向ける。


「なぁに?」

「いや、別に、何でもないけど」


目敏いな、視線を向けたのは一瞬なのに。

そんな事を考えながら目の前の宿題を再開すると、後ろから腕が伸びてきて背中に温もりを感じる、所謂背中からの抱擁だ。


「ね~え、構ってよ。俺暇だよ」

「知らない、勉強の邪魔しないで」


普通の人ならクラっとくるミルクと砂糖を一緒にひっくり返したかの様な甘い声は私にとって不快でしかなくて、耳がゾワゾワして気持ち悪い。それと、この人に背後取られてるのが物凄く怖い。このまま絞め殺されそうだ。


「警戒し過ぎ」

「ひぇっ!?」


ふぅと左耳に息を吹きかけられ反射的に仰け反る。

耳を押さえて立ち上がり彼を睨み付けると、当の本人は満足そうに喉を鳴らして笑っていた。私は良い暇潰しか、と怒鳴ってやりたくなるが、言ったところでそうだけど?の一言で終わってしまいそうだ。その後の反撃は考えていないので言わないでおく。


「もう!邪魔するなら出て行ってよ!」

「邪魔なんてしてないじゃん」

此奴(こいつ)…っ」


もういい、無視だ無視、此の人は只の置物。

なんて思って得意な数学と向き合っていると、突然の横やり。一人の時間さえ与えてくれない。


「其処計算違う」

「え、嘘」


答えを見ると確かに違う、何処で間違えたのだろうと文字列を眺めてみる…トントンと指でノートを叩かれ其処に目を向けると最後に公式を使い間違えてミス。応用問題の間違いに気付かれるのは何だか癪。


「流石詐欺師、頭がいいんだね」

「嫌味?まぁお前よりは」

「貴方…何歳?大学は卒業したの?」

「18歳、高校は卒業したよ」

「…嘘でしょ」

「さぁ?どうかな」


彼が私に真実を言う事は滅多にない。9割嘘だ。

私と1歳しか違わないなんて可笑しい、絶対に成人してる。ていうか他人(わたし)の家でお酒飲んでる姿何回か見たし。


「聞くだけ無駄か…どうせ、本当の事言わないもんね」

「お前に名前だけは教えたでしょ?あれは嘘じゃないよ、NEWSで使われるペティという名でもない。仕事上で仕込む嘘の名前でもない」

「…それを信じるほど馬鹿じゃないんだけど」

「いいよ、信じなくても。でも、折角教えたんだから貴方とか此奴とかじゃなくて、名前で呼んでよ」

「…黒宮零(くろみやれい)って事?」

「フルネームは一寸(ちょっと)…」

「零」

「うん、零、零だよ。黒宮零。俺が自分の名前を忘れない様にちゃんと君が覚えていてね。玉置唯(たまきゆい)

「零もフルネームで呼ばないで」

「じゃあ唯」


なんだ、笑おうと思えば悪意のない笑顔をちゃんと浮かべられるのではないか。言えば何時もの顔に戻りそうだから止めておいた。ほんの少しだけ零を可愛く思ったり。

俺が自分の名前を忘れない様に、か。流したけど、多分きっと…これは彼の本音。追求しても意味はない事だが、私はちゃんと覚えておいてあげるから。


「あぁ、零のせいで勉強が捗らない」

「教えてあげようか?」

「…何かムカつく」

「俺の方が頭いいよ」

「知ってるけどムカつく」

「英語とか苦手でしょ?」

「そうだけどムカつく」


なんて軽口を叩きながらも結局この詐欺師に教えを請うのだ。

情けない話だが彼は教えるのが上手い、彼のお陰で成績が伸びていると認めざるを得ないくらいには。

教員免許を取っているのかと問いた事があるが、どうだろうねとはぐらかされた。そう、はぐらかしたのだ。あるよともないよとも嘘を吐かなかった所に疑問は抱くが、そうやって考え始めると彼の思う壷だろう。もう止めておく。


「はい、お終い」

「…零」

「ん?」

「夕食作って」

「はーいはい、何がいいの?」

「ハンバーグ」

「また手の込んだものを御所望だねぇ」

「零が作るものは嫌いな食べ物じゃなかったら何でも美味しいよ」

「そりゃあ光栄だ」


犯罪者に食事を作って貰うってどういう状況って感じだ。

他人を騙して金品を奪い、時には生命も奪う。連日NEWSを騒がせる詐欺師、ペティというのはSNSで付けられた彼の名前だ。詐欺師=ペテン師=ペテン=ペティから来ている。最近ではNEWSでもペティの名で報道されているくらいの有名な名前。


ただ、彼はSNS上ではまるでヒーローのように謳われている。何故なら彼がターゲットにするのは裏で汚い事をしている金持ち達だから。世間では義賊だなんて言われているようで、暗に大義名分を得ているようだ。大衆の人気が高ければ動きやすい事もあるだろうし。

リズムよく刻まれる野菜の音を聞きながら彼の背中を見つめる。


「熱い視線なんか向けて、俺の手元が狂っちゃうかも」

「そのまま指を切断してしまえ」

「え~?俺の血がついた野菜を食べたいの?へんた~い」

「殴り飛ばすよ」

「冗談だよ、俺痛いの嫌いだもん」

「人殺しがよく言うよ」

「ふふっその人殺しにご飯作ってもらうなんて凄い度胸だねぇ」

「だって私より上手いし」


何だかんだこの詐欺師、滅茶苦茶スペックが高いのだ。

料理は出来るし手先器用だし頭は良いし顔も良い、いや顔は本当の顔か知らないけど。運動出来るのかと聞いたら汗かくの嫌いだ、とは言っていたが…実際の所どうなのだろう。そして何より、外面が良すぎる。簡単に言うとコミュ力お化けだ。ウチの大家さんを騙くらかして私の家の合鍵まで作ってしまう始末。


「…HSKだね」

「え、何?」

「ハイスペック彼氏だねって言ったの」

「唯の彼氏?」

「そんな訳ないじゃん、嫌だよ零の彼女なんて」

「あらら、フラれちゃった~」


微塵も悲しんでいない素振りでハンバーグを捏ねる零。

え、作るの早過ぎない?という疑問は飲み込んだ。


「零、モテるでしょ?」

「勿論」

「…即答ですか」

「お前はモテる?モテないよね知ってる~」

「その口縫うぞ」

「物騒~」


特段モテたい訳じゃないけど、人並みには恋もする人間であるからして、モテないよね知ってると言う言葉は少し胸に刺さる。

しかも事実を淡々と述べました風の顔が更に心を抉ってくる。


「でも俺は唯の事好きだよ」

「…は?」

「感情豊かで分かりやすい、揶揄い(からかい)がいがあるよね」

「それはどうも」

「すっごい棒読みじゃん」


それから他愛ない話を続けた後、夕食に入る。

運ばれてきたハンバーグはとても美味しそうな匂いを醸し出していて、それだけで食欲を唆ってくる。


「いただきます」

「どうぞ」


一口食べるとじゅわりと口の中に…なんて食レポは出来ないのでしないがとても美味しいです、流石零の腕前。


「満足そうだね」

「うん、すっごく美味しい」

「…そう。それは良かった」

「零は食べないの?」

「お腹減ってないしね」

「あーん」


零が何かを食べている所を見た事がない、何時も飲み物を飲んでいてそれで栄養は大丈夫なのだろうか。栄養失調とかになられたら困る、いや心配とかではなくて、単純に、ほら、料理作ってくれる人がいなくなったらって意味で。誰に言い訳しているのだろうと思いながらも零にハンバーグの欠片を差し出す。


「あ、いや…俺、肉は一寸」

「あーん」

「……あ、んっ」


意を決したような表情(かお)でお肉を口に含む彼を見て、真逆(まさか)お肉が食べられないのかと目を見開く。


「…はぁ…不味っ。意外と強引だよね唯も」

「お肉食べれないの?」

「…食べれないっていうか、嫌いなの」

「それで良くあんなに美味しい料理作れるね、ある意味凄い」

「まぁ…ね」

「ごめん。顔色悪いよ、吐いてもいい、よ?」

「……」


口を押さえた零が私に寄りかかってくる。

背中を摩ってあげようとした瞬間、綺麗な顔が目の前まで迫って来てそのまま……吐いた。


「ねぇ機嫌直してよ」

「……」

「あっ無視は傷付くなぁ。唯が吐いていいって言ったんでしょ?」


誰も私の服に吐けなんて言ってない。こうなったら徹底的に無視してやる。とは言ったものの耳元でずっと話しかけてくるからうざったいったらありゃしない。しかも謝る気は0のようだ。


「…うーん、じゃあ今日は帰ろうかな。多分明日は機嫌直ってるよね」

「2度と来るな!」

「行くよ、俺が飽きるまでずっと、ね」


唐突に来て唐突に家から去って行く男。

静まり返った部屋で溜め息を一つ零す、結局…無視し切る事も出来なかったし何時も零のペースに飲まれてしまう。

飽きるまで、なんていつ来るか分からない話…若しかしたら明日にはもう飽きているかもしれない癖に、そんな不確定でしかない言い方する。本当に狡い男だ。

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