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幸運ミキサー協会  作者: つっちーfrom千葉
3/6

*第三話*

 私は言われるままに店を出た。思わぬ突発的なイベントに、食事を取るのを忘れてしまったが、幸運を引き上げるという文句にまんまと引き寄せられる形になってしまった。その中年の女性は、5分も経たずに身支度をして外へ出てきた。彼女は手際よく店のシャッターを閉めてしまうと、私を先導するように歩き出した。外は冷たく寒く、北風が我々の顔を容赦なく吹き付けた。

「今日は寒いですね」

 彼女はコートの襟を立てて、両手で肩を抱え、出来るだけ身を小さくするようにして歩きながらそう呟いた。何か話題を作らねばと思って飛び出した台詞なのかもしれない。私は一応お客様なのだ。駅から逆方向にしばらく進み、パン屋の前の十字路を北東方面に曲がると、しばらくして薄汚れた小学校が、そこを左折してさらに進むと、真っ白な壁の大きな市民会館が見えた。市民が利用する場所なのに、隣に汚水処理施設があるという立地は決して良くなかった。周囲には生臭い臭いが立ち込めていた。かつて、醤油工場を見学に行ったときは、辺り一帯に醤油のしょっぱい臭いが立ち込めていて、空気までも黄色く濁って見えたものだったが、その時のことを思い出してしまった。


 駐輪場にはたくさんの自転車が停められていた。どこにでも乗り捨てられるような古びた自転車が多かった。狭いスペースに無理無理に突っ込んだものもあったが、入りきらない自転車は道路の片隅に乱暴に放置されていた。参加者の感情の高ぶりを表していた。今日ここで大きなイベントがあることを示していた。


「やはり、参加者は多いんですか?」

私は見知らぬ他人に紹介されるのが少し怖くなってそう尋ねた。

「うちの会の仕組みのことを考えれば、不幸な人は少ない方がいいんです。何しろ、人数が増えるほどに一人当たりに配れる運量は少なくなりますのでね。ただ、世の中がこうも不景気ですと、何の告知もしなくても自然と人が集まるんですよね。昨今は、ここでお偉い教育者の講演が行われても人は簡単には集まらないんですが、こういう利得が絡むイベントになりますと、貧乏な暇人がわんさかと押し寄せて来ますのでね」


「はあ、庶民が運というものにそれだけ期待しているということでしょうか……」

私はそう返答しつつ、これからの展開に不安がりながら女性の後について歩いた。駐輪場を抜けると大きな駐車場、それは車が100台も停まれるような大きさだったが、そこにはすでに数十人の市民が集まっていた。道路との際にあるネットには『幸運ミキサー協会様歓迎』と書かれた派手な横断幕がかけられていた。参加者の性別の比率はほぼ半々で、中年以上の大人が多かったが、付き添いなのかそれともただの冷やかしか、学生ふうの若者の姿も見られた。薄汚れたスーツを着たサラリーマンもいれば、暇にまかせてエプロンをつけたまま訪れた主婦の数も多かったし、髪の毛がすっかり薄くなった小さな商店の経営者もいた。ここにいる誰もが、自分の運量を嘆いて何とかしようと来ているわけだから、やはり、いかにもな人間というか、時代遅れの破れそうなジャンパーやコートを着た、貧しい外見の人が多かったが、そういう人種をあまり馬鹿にするわけにもいくまい。いまや自分もその一人である。


「さあさあ、着きましたよ。ここが会場です。あと30分ほどで開会ですので、しばらく待っていてくださいね。もうすぐ会長がミキサーを持って来られると思います」

 多くの人は駐車場の中央付近で一塊になって開会を待っていたが、私はみんなからは少し離れて、駐車場の端に設置されていた青いベンチに腰を下ろした。参加者のうち何人かがこちらを向いた。おどおどとした態度から、新参者とばれてしまったかと思い、私は素早く目を伏せた。しかし、くつろぎの時間を与えてはくれず、一人の女性が私の姿を目に留めると、勢いよくこちらに近寄ってきた。


「福原さん、この方は新規の方ですか?」

 その若い女性は力強い声でそう尋ねてきた。どうやら、先ほど私を店からここまで案内してくれた女性は福原という名前らしい。近づいてきた女性は短髪に眼鏡をかけていて決して美人ではないが真っ白な肌で整った顔をしていた。見たところ30代で、白の地に青のラインが入ったジャージを上下に着込み、その男性っぽい風貌からして、いかにも何かスポーツをやっていそうである。後で聞いた話では、彼女は近くの高校で保健体育の教師をしていて、自宅からここまで走って来たらしい。

「三方さん、本名で呼ぶのはやめてくださいね」

 福原さんは声のトーンを落として、周囲の人には聞こえないように不満を表した。それでも、三方と呼ばれた体育教師はまったくひるむ気配を見せず、ズンズンと我々の眼前まで迫ってきた。


「だって、我慢ならないんですもの。この人は新規の人なんでしょ? 私、この間も言いましたよね? 今、この会の人数はすでに限界なんです。目一杯で運営されてるんです。これ以上参加者が増えると、全員に配布される運量がどんどん少なくなって、みんなが困るんです」

 三方さんは私の方を指差して憎々しいようにそう言った。やはり、ベテランの人にとっては、私のような新規の参加者は幸運の横取りのように感じられ、気に喰わないらしい。

「三方さん、お願いだからそんな冷たいことを言わないで……。この方は見たところ本当に不幸な方だし、すべての貧しい国民を救いたいというのが、うちの会長の意向ですからね。私たちには力が無いのよ。貧乏人は助け合わなきゃ。来るもの拒まずの精神でやっていきましょうよ」

 福原さんは少し睨みつけるようにしてそう言った。こういう人種が多数集まる以上、精神に多少の異常を抱えている人は多いであろうし、幸運のやり取りの中で、そういう人が騒ぎ出すのも当たり前である。彼女はおそらく幹部の地位にあって、運営への非難は受け慣れているだろうし、こういう不満分子の扱い方に慣れているようだった。

「そんなこと言ったって……、会長はみんなから集めた会費で潤っているかもしれないけど、私のような一般の参加者にとっては、人が増えていくほどに、自分の払った参加費の価値がどんどん薄くなっていっているわけですからね」


 二人はしばらくの間睨み合っていた。私のために開始前から険悪なムードになってしまい、申し訳ない思いだった。私は冷たい雰囲気の中で何も言うことができず、下を向いたままで立ちすくんでいた。

「いいから向こうで待ってなさい。集まったお金はほとんどがミキサーの改良と修理費に使われていて、私への給料だって遅配になっているぐらいなのよ。今のところ、誰も潤ってないの。会長が着いたらあなたのことをもっと評価するように言っておくから……」


 福原さんはそう言って三方さんを追い返した。三方さんは渋々と私から離れていったが、何度かこちらを振り返り、私の顔を睨みながら、何かぶつぶつと独り言を呟いていて、新参者が来たことへの不満を隠しきれないようだった。

「ごめんなさいね。あの人のことは気にしないでね。幸せへの執着が強すぎるせいで、精神が少し乱れてしまったのよ。以前から少し病的なところがあって、被害妄想が強いのよね。新規の人が来ると、自分の幸運が削られるような思いがするらしくて、毎回ああいう態度を取るんですよ」

福原さんは私を慰めるように声をかけてくれた。


「いえいえ、私のことなら大丈夫です。当然、少し問題のある人たちの集まりだと思っていましたし、実際、もっと多くの人から反感を買うと思っていましたよ。もし、順番があるようでしたら、私は今日は見学だけでもいいですから」

 私は大人しくそう返事をした。ゲストの身分とは言え、あまりでかい態度を取ると以前からいるメンバーと折り合いをつけるのが難しくなるからだ。しかし、内心の深いところでは会費を払う以上、何が何でもミキサーの中に入って、その効果を実感してやるつもりでいた。

 その後も駐車場には続々と人が集まってきて、そのみすぼらしい風貌から、そのすべてが参加者と思われる。恵まれない格好をしている幼い子供を引き連れて、家族ぐるみで参加している人もいた。何人かの友達を連れてきた貧乏学生もいた。


「ああ、あなたもまた来たの? どうしても来ちゃうよねえ」

「前回のミキサーで1%上げたんだけど、まだまだ実感できねーよ。やっぱり、何回も通って幹部クラスにならないと駄目だな……」

「そらそーよ。俺らは元々が低いから、一度や二度のミキサーで幸せにはなれねえ……。でも繰り返せば目に見えて効果出るらしい。黙ってたら落ちていくだけなんだから、やらずにはいられねえよな」

「うん、毎回疑ってかかるけど、終わってみると、煙草の吸い終わりのような適度な爽快感はあるよ」


 そんなことを話している声が聞こえてきた。この会に入ってから知り合ったのか、それとも元々グループでこの会に入ったのか定かでないが、参加者はみんなそれぞれ話す相手を持っているようだった。私は当然一人ぼっちだったので居心地が悪かった。北風が余計に冷たく感じた。先ほど、私にいちゃもんをつけてきた、ジャージ姿の三方さんという女性は、辺りをキョロキョロして落ち着きがなく、今日の参加者の数を確認しているようだったが、時々空を眺めながら雲行きを眺め、駐車場の中をうろうろとするかと思えば、突然道路に飛び出て、会長が来るのが待ち遠しいのか遥か遠くに目を凝らしていて、近づいて来る車がないかを確認しているようだった。そのうち、彼女はついに黙っていることが出来なくなったらしく、広場の中央まで走り寄ってくると、パンパンと大きく二回手を叩いてみんなの注目を引き付けた。


「ちょっと、皆さん、聞いて下さい!」

彼女は大声を張り上げてそう言った。駐車場に集まっていた全員の注目が彼女に集まっていた。

「今日は何て人が多いんでしょう! みんな、本当に幸せを掴みに来たの? それとも、どうせお金でしょ? 金運が欲しくて来たんでしょ? ちなみに、お金目当てで来た人ってどのくらいいます?」

 その質問にすぐに答えられる人はいなかった。彼女が人数の多さに苛立っていることは、ここにいるみんながわかっていたので、全員が幸運を求めてここに来ている以上、何割かは単純な金運目当てであったろうが、その図々しさを簡単に白状するわけにはいかなかった。2分ほど沈黙が続いたが、そのうち一人の若い女性が立ち上がって叫んだ。


「幸せかお金かどちらが欲しいかって聞いているんですか? 私は幸せイコールお金だと思ってますけど……。それじゃあ駄目なんです?」

 彼女は3人の友人と一緒に来たらしく、その友人たちも道路に座り込みながら三方さんに冷たい視線を向け、ふてぶてしく笑いながら、彼女の突出した行動をあざ笑っているようだった。

「何て浅ましいんでしょう! あなたたち、お金が欲しくてここへ来たんですか? この会は金策のための集まりじゃないんです。あくまで心の平穏が目的なんです。幸せがお金と同義だなんてよく堂々と言えますね。この世で一番恥ずかしい発言ですよ。自分の安っぽい知性をこんな衆目のあるところでおおっぴらにしていいんですか? あなたたち、ずっとそんな態度でいるつもりなんですか?」


 三方さんは三人組に大声で質問を浴びせた。三人組も苛立ちを募らせており、それぞれ立ち上がり反感の視線を向けた。元々、三方さんのことを良く思ってなかったのかもしれない。

「私たちだって心の平和が欲しくてここへ来てますよ。最初に目指すはじんわりとした仄かな幸せです。決して一直線にお金に向かっているわけじゃないです。最初に運を手に入れて、家族や友人と笑いあって、それでもって次の段階で大金を狙っていくわけです。心の平穏の次に欲望が来るんです。それは自然な流れなんです。家族と平和な日常を送っているだけでは、いずれ満足出来なくなるんです。イライラが募って来るんです。そこでね、どうやって心を平穏に保つかは人それぞれでしょう? 私たちはお金が無いと駄目なんです。貧乏だけは我慢ならないんです。テレビでお金持ちの特集なんてよくやってますけど、今の社会では何をやるにもお金の力が必要なんです。この競争社会を生き抜くためには、嫌いな人間の鼻っ柱をぺしゃってへし折ってやるには、たくさんのお金が必要なんです。貧乏のままでいて何が出来ます? 道徳だけ守っていて何がもらえます? お互いの意見がぶつかり合ったときに最後にものを言うのは、結局お金の力でしょう? 『結局、あなたには財産が無いじゃない』って言われたらおしまいでしょ? だから幸運を求めに来たんです。もし、あなたが私たちと違って、お金が無くても平気でいられる人種だと言うのであれば、自分でお金を放棄して、別の幸せ、人間愛に沿った幸せですか? そういうものを目指せばいいじゃないですか」

続きは明日更新します。よろしくお願いします!

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