六月の出来事・⑦
それから色々な話しをした。
一番子供たちが耳を傾けたのは天文の話題だった。
宇宙の灯台のように輝く太陽を中心に、八つの惑星が巡航する世界。
太陽の重力を受けて円軌道ではなくオムスビ形の軌道で周回する水星。
あのコペルニクスが生涯見ることがなかった星。地表を洗う太陽風の嵐。それとは逆に極寒の世界となる夜の部分。その極限の世界に存在する氷の不思議。
惑星の芯とも言えるコアが異様に大きいのは、大昔に別の惑星とぶつかって、表面をはぎ取られたからだとか。
遠い遠い将来、軌道を外れて地球に衝突するかもしれないとか学説があったっけ。
星の見えない真っ暗闇な夜の中で、私たちは確かに宇宙空間を旅行していた。
地球と同じ条件でありながら、生物が生き残ることができないだろう硫酸の嵐が巻き起こっている金星。
古くは月の代理を務める星とされていた。あの明るさは大気を覆う厚い雲のせいだという。着陸した調査船は巨大な大気圧と酸で三日も持たずに沈黙してしまう。ついこの間まで、厚い大気の下には地球で言うジュラ紀のような世界が広がっていると信じられていた。
このまま科学文明が暴走していると、地球も遠からずああいう星になってしまうんだとか。
雨に濡れて食事もしていないのに、喉に渇きを覚えた。でも、飲む物なんかなかった。
私たちが住んでいる地球。母なる大地。
液体の水が存在し、厚い大気で守られた存在。距離だけを言うなら東京から大阪まで行くよりも近いところにあるはずの宇宙空間へはなかなか辿り着くことが難しい。もし人類が国境や宗教なんか乗り越えて一致団結したら、もっと宇宙へ乗り出していけるのに。
でもこんなに人間たちに傷つけられているというのに、ガガーリンが見た時のままの、あおいあおい星
何も食べていないせいか吐き気までしてきた。もし助かったらアンパンを一人で三つは食べたいな。
今夜は雲のせいで拝むことができないけれど、夜に微笑むように光を差す月。
歴史は夜つくられると言うけど、それでは月はどれだけの歴史を見てきたというのだろう。一日ずつ満ちていき欠けてくる、本当に不思議な存在。でも少しずつ地球から離れて行く存在。最後は地球を捨ててどこへ行こうというのだろうか?
眩暈までしてきた。たった一日食べていないだけでこんなにグロッキーになるなんて。帰ったら三年はダイエットをやめようと思う。
赤い星、火星。
黒い模様は運河だと言われ、タコみたいな火星人が住んでいると思われていた。それが攻めてきたというラジオドラマで大騒ぎになった。いまでは地球から送り込まれたロボットたちが、その地表で分析活動をしている。人類がその足でそこに立つのはいつになるのだろう?
喉の渇きはどんどんと強くなり、それにつれて頭痛も酷くなってきた。もしかしたら風邪をひいてしまったのかも。こんな状況で風邪だなんて最低。
惑星たちのリーダー木星。その巨大な重力は、太陽系内の全ての天体運行へ影響を与えている。
重力だけではない、磁力も巨大で、もしそれが地球から見ることができるならば、満月ほどの大きさになるという。だが木星が盾になって飲み込んでくれることによって、地球へ災害をもたらすだろう小惑星や彗星がやってこない。
シューメーカー・レビー第九彗星の例。
ガリレオが四つの衛星を発見したから、我々は天動説ではなくて地動説を唱えることができるようになったのよ。
首がグラグラしてきた。もしかして熱が出てきたのかも。二人を両脇に抱え込むようにして抱きしめる。体温が高くなったなら逆に夜の冷気から子供たちを守ってくれるかもしれない。
まるで帽子を被ったように見える土星。
ガリレオは、自分でつくった望遠鏡で初めて土星を観測したときに、土星には耳があると思ったそう。木星の磁場が届くために極地方には、まるで冠のようなオーロラが輝いている。
体力の消耗が、自分で思っているよりも激しいようだ。段々と呂律が回ってこなくなった。それにつけて眠気がドウッと襲ってくる。
だめだ、寝ては。頑張らなければ。
自分も、子供たちも励ました。
横倒しのまま軌道を転がるように公転する星。天王星。
土星ほど輝いてはいないが大きな輪が存在する。生まれたときは木星よりも内側にいたのに、巨大重力に振り回された結果、極寒の外惑星軌道まで放り出された。もしかしたら傾いたのだって他の惑星の作用かもしれない。
「せんせ? せんせ?」
ああ、あの娘が呼んでいる。なんとか話しを続けなきゃ。
深紺の惑星、海王星。
最大の衛星トリトンは、海王星の自転に逆行しているため、何億年も経った後に海王星へ落ちることが判っている。おそらく冥王星などと同じ太陽系外縁天体が海王星の重力に捕まったためそうなった。
右目は相変わらず開かないが、なぜだか左目だけの視界に眩しく感じるほどの白い光が溢れてきた。近くにいるはずの二人の顔が見えない。でも確かに腕の中に二人の温もりを感じる。
私が小さいときは第九番目の惑星と習った冥王星。エリスやマケマケ、ハウメアなどの仲間が見つかったため準惑星になった。
知っていた? あのアニメに出てくる犬のキャラクターは、冥王星発見を記念して名付けられたのよ。
ふいに右側の温もりが無くなった。
声だけが光の溢れる世界から響いてきた。
「わたし、助けを呼んでくる」
「たすけ?」
「うん。あれから、あいつらの声しないし。レミ先生が持ってた棒きれもあるし」
「ど、どこに?」
「あの崖を登ってみようと思うの」
「で、でも…」
「大丈夫よ。アンタよりは体力が残っている自信あるわ」
「い、いっしょに行くよぅ」
「ダメよ。気を失った先生を置いていくの?」
「で、でも…」
「わたしが出ていったらしっかり戸締まりしておけば大丈夫」
「だったらレミ先生一人でもいいじゃない」
「ダメ。誰かが温めてないとレミ先生まで死んじゃう」
「…」
「レミ先生をよろしくね」
待って!
行かないで!
そう叫んだつもりでも、もう声が出なかった。頭と体が切り離されてしまったように、体全体の感触はあるのに、呻き声一つ上げることはできなかった。
まだ話したいことがあるの!
計算上存在が確認されていて、太陽系の縁に隠れて発見を待っているだけの新しい第九惑星テュケーとか、二六○○万年ごとに回遊する天災と、理論上存在が疑われている太陽の伴星ネメシスとか。まだまだ太陽系には不思議があるのよ。だからあなたも…