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清隆学園の一学期  作者: 池田 和美
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幕間②

 水曜日の放課後。清隆学園高等部格技棟の剣道場、柔道場の間に設けられた小道場は、日本拳法部の活動時間である。

 全国大会常連の部員が名を列ね、この部活に入部するために地方から受験する者もかつていた。

 壁に部員の名札がかかっていた。

 三年生三名、二年生二名、一年生一名。

 そう、前任の顧問が定年退職した今はかつての栄光は消え去り、見事に弱小クラブの仲間入りをしていた。

 そんな日本拳法部の今日の出席者は一年生の弓削龍ゆげりゅうだけである。

 ボサボサの髪にわざとボロボロにした道着。締める帯の色は白いままだ。

 三年生は全員受験のためもう部活に参加はしない。二年生たちは完全な幽霊部員で、さっきD棟で女生徒をナンパしていた。

 顧問にいたっては柔道部と掛け持ちで、そちらの方に指導の重点を置いているため、弓削にすら柔道部入部を勧める始末。

 しかし、弓削はめげなかった。

 毎週一人でもここに来て鍛練を怠らなかった。

 腕立て、腹筋、背筋、走りこみ。基本的な運動で身体をほぐすと、一人で日本拳法の形を順に空へ放ち、おのれの気を高めていった。

 調子はすこぶる良かった。気の練りも充分だ。

「今日はできそうだ」

 一人ごちた弓削は道場の端に置いた自分の荷物から一本の蝋燭と百円ライターを取り出した。

 いちおう学園内は特定の教室を除いて火気厳禁なのだが、小道場には他に誰もおらず注意する者はいなかった。

 壁越しに柔道部の気迫ある声が透けてくるのと、反対側からは剣道部のビシバシやる音が聞こえてくるだけだ。

 入念に誰も通らない廊下に首を出し、見とがめる者がいないことを確認する。そもそも通行人すらいなかった。

 目撃者がいないことに安心した弓削は、鼻歌を歌いそうな雰囲気で壁際まで行った。

 そこで手にした蝋燭に火を点し、数滴を板張りの床に垂らしていった。

 もう何度もやっているのであろうか、そこには同じような痕跡がいくつも残されていた。

 垂らした蝋が固まらないうちに、蝋燭の尻をねじ込むようにして立たせた。

 そして弓削は、蝋燭とは反対側にあたる道場の入り口側に戻ると、一通りの形をしてさらに自分の気を高めていった。

 それが終わると弓削は掌底の形を両手で構え、手首同士をあわせると右脇に置いた。

 離れた先で揺らめく蝋燭の炎が彼を一種のトランス状態へと導いていった。

「喝〜」

 ゆっくりと組んだ両手を蝋燭に向けて迫り出させながら気を高める声をあげた。

「滅〜」

 ゆっくりとした動作のまま脇に引き戻す。さらに彼の気が高まっていった。

「破〜」

 ふたたび組まれた両手が蝋燭に向けて迫り出させる。気合いがさらに高まったのか、目が血走ってきた。

「冥〜」

 高まった気合いのまま組まれた両手が脇に引き戻された。

 瞳孔が収縮し、常人では見られない光を宿した。

「波ああああああ!」

 ガラッ

「おーい弓削〜、貸しておいたリンゴさんを土星さんにするエミュレーター返しておくれ〜」

 気合いの声とともに突き出した両掌底の姿をしたまま、弓削は氷のように固まった。

 無遠慮に道場へ入って来たのは、一見美少女が男子制服を纏ったような人物であった。

 一週間ほど前に、科学部配下の地学部が新設した地震計の試験のために、人工地震を起こすという名目でやらかした事件のために校内で『科学部の火薬庫』という異名が鳴り響いた郷見弘志さとみひろしである。

 声まで女の子のような彼が、目の前で両手を向こうへ突き出したまま、真っ白な灰になったように固まった弓削を見てプーッと吹き出した。

「おまえ、また『かめは〇波』の練習してたのかよ」

 顔を赤くした弓削はそこから弘志へ回し蹴りを放った。弘志は身体を沈めて軽々と避けると、低い足払いを放ち弓削の体重が乗った軸足を掬った。

 たまらず弓削が道場に尻餅をついた。

「なにやってるんだ?」

 その短い格闘の間に、弘志とは対照的に男性的なシルエットをした男子生徒が入ってきた。こう見えて読書に居眠り、そして何よりアルコールが大好きという不破空楽ふわうつらである。彼に続いて銀縁眼鏡をかけて優等生然と制服を着こなしている権藤正美ごんどうまさよしも入ってきた。

 この三人、同じクラスで気があったのか『正義の三戦士サンバカトリオ』として、いつも一緒にいて騒動を起こす仲間であった。

「見ればわかるだろ」

 足払いの姿勢から立ち上がって、ボクシングのファイティングポーズのような形を構えた弘志が言った。

 弓削は尻餅をついたままだ。

 二人と壁ぎわの点いたままの蝋燭を見比べ正美は納得がいったようだ。

「また『波□拳』に挑戦してたんだ」

 弓削は憮然とした表情のまま立ち上がった。

「武闘家ならば技を極めたいと思う心は自然だと思うが」

「武闘家ったって、格ゲーの話しじゃん。実際にはヘタレのくせに」

 弘志が弓削の言われたくない点を指摘した。

「ぐっ」

 弓削の言葉が詰まった。そうなのだボサボサの髪も、わざとボロボロにした道着も、すべてアーケードの格闘ゲームに登場するキャラクターに感化されてのものだった。

 そのゲームの腕前といっても下手の横好き程度でしかなく、じっさいの格闘術だってそう高い物ではなかった。

「あんな蝋燭はさ」

 シュッと正美の腕が振り下ろされた。

 壁に三本のペンティングナイフが突き立ち、うち一本が蝋燭の芯を断ち切り火を消した。

「どお」

 得意そうに振り返った。

「あんなモノに三本も使って」

 空楽の腕が正美と同じように動き、一本のクナイが火の消えた蝋燭の上半分を切りとばして壁に突きたった。

「武器を使うのではなく気が放つことができれば弾数無限だろ」

 それぞれの得物を拾いに行く二人の背中に弓削が声をかけた。

「ふん。現実と非現実の区別もできん未熟者め」

 自分自身だってそこのところが怪しいくせに、弘志が弓削に言い放った。

「郷見だってあれだけ離れたモノをどうもできないだろ」

 弓削は下半分だけ残った壁ぎわの蝋燭を指差した。

「あ…」

「バカ…」

 二人が止めようとしたが遅かった。弘志はどこからか乾電池を取り出すと、その重さを確かめるように二、三回手の中で転がしてから、綺麗なオーバースローでそこに投げ付けた。


 チュド〜ン!


 猛烈な爆風が過ぎ去った後で目を開くと、小道場の壁一面が無くなっており校庭が眺められるようになっていた。



 その後、日本拳法部は廃部に追い込まれたと学園史『烈風伝』に記録された。


幕間・2 おしまい


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