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清隆学園の一学期  作者: 池田 和美
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五月の出来事・③

 空港に向かう二人と、博多駅に向かう四人とに別れた一行は、由美子の大叔父宅前にて別れた。

 書類ケースをシートの二人の間に置いたタクシーは、車内で会話のないまま福岡空港に到着した。

 書類ケースを持ち自分のディパックを背負った弘志は、周囲に視線を走らせながらタクシーを降りた。由美子はその間にタクシーチケットで精算し、しっかりと領収書をもらっていた。

 基本は周囲を見回すことだ。なにか悪いことを考えている人間は、危害を加えようとする人間に、顔を見られることを避ける傾向があった。

 見回してわざとらしく顔をそむけたりする人物がいれば、要注意だ。もちろん襲撃者が特殊な訓練を受けていたら無意味ではあるが。

 二人は空港カウンターに急いだ。こんな物騒な仕事、一分でも短い方が良いに決まってた。

 駐機スポットのビジネスジェットに着いても怪しい人物は見かけられなかった。

「離陸許可は一時間後になりそうです」

 タラップで出迎えた機長がいかにも事務的に言ってきた。

「なンでよ」

「まあまあ姐さん。日没直前直後はどこの空港も混むから仕方ないよ」

 不機嫌な声をあげた由美子に取りなすように弘志は言った。

「とりあえず、機内で待ってようよ。それにお腹減ってない?」

「ンなにいい物は無いわよ」

 由美子は機長の横をすり抜けて機内に入ると、備え付けの冷蔵庫に手を伸ばし、電子レンジの電源を入れた。そこには父の仕事が忙しすぎて移動中しか食事の時間が取れないときのために、冷凍食品がいくつか入れっぱなしになっているはずであった。



 一方の四人組は博多駅でタクシーを降りた。

 その高校生では払えない金額の料金は、由美子から預かったクレジットカードで決算した。もちろん領収書は貰っておくのを忘れなかった。あとでまとめて由美子が会社へ請求するそうだ。

 同じようにクレジットカードを遣い、みどりの窓口でキップを買い求めた。

 なんと乗る予定をした列車の予約はなされていた。弘志が往路のタクシーでタブレット形端末を操作していたのはこれだったのだ。

 キップを確認すると、乗る予定の列車には小一時間ぐらい余裕があるようだ。四人は駅のコンコースで食事を取ることにして、適当なファストフード店に向かった。

 ボックス席の一つを占領して男同士女同士で並んで座った。

「うまくやってるかなあ、王子たち」

 お腹が膨れて落ち着いた花子が、天井を見上げて心配げに言葉を漏らした。

 由美子と弘志が寄ると触るとトラブルを起こしているのは周知の事実なのだ。

「うまくやってるんじゃないかな?」

 別の期待を込めて恵美子が微笑んだ。彼女の信念は揺らがないようだ。

「こんな時間があるんだったら、屋台街へ行けたなあ」

 博多と聞いたら普通の観光客が思いつくのは屋台のラーメンである。正美は残念そうに眼鏡をハンカチで拭っていた。

「いちおう確認しておくが、俺たちは囮なんだから、はめを外しすぎてもまずいぞ」

 どことなく修学旅行気分の三人を空楽が釘を刺した。

「でも、私たちが乗り換える頃には、向こうはもう東京に着いてるんでしょ。囮の役に立つの?」

 恵美子が目を大きく瞬かせた。

「囮は存在しているから囮なんだし…」

 そこで空楽はとっておきの渋い声に切り替えた。

「それに君たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「エスコート役、がんばってね」

 口元に自慢の八重歯を覗かせて、期待しているように手を胸の前で組み合わせて恵美子は言った。

 だが彼女は、一年生だてらに剣道部のエースである。ひょっとしたらこの中で一番強いかもしれなかった。

「まかせろ」

 自信たっぷりにうなずく空楽。だが数秒後にはそのままの姿勢で居眠りを始めるのだから、まったくあてには出来なかった。

 時間が来てテーブルの上を片付け、改札に向かった。

 一般の改札を通過してコンコースを進み、新幹線改札を抜けて、エスカレーターを登った。

 博多駅の新幹線ホームでは『さくら五七四号』新大阪行きが待っていた。

 前の方の自由席を占領し、座席を回転させて向かい合わせにする。こうすれば前後とも誰かが見ていることになるので警戒しやすいのだ。

 岡山まで約二時間。空楽にはああ言われたが気分はやはり修学旅行である。

 定刻通りに列車はホームを離れた。


 

 ビジネスジェットは偏西風もあり、順調に飛行を開始していた。

 由美子は行きの時に座ったのと同じソファ、弘志はその向かいで膝を突き合わせていた。

 天敵同士のようにいがみ合うこともある二人だが、基本的に嫌いあっている関係ではない。由美子はトラブルさえ起こさなければ弘志とうまく友人としてやっていけそうな気もしているし、一方の弘志も他の女子よりは親しげに彼女と気を置かずに会話を弾ませることだってあった。ただ恵美子が望むような、もう一歩踏み込んだ関係ではないだけだ。

「無事につきそうだね」

 離陸してからずっと黙っていた弘志が、名前も判らぬ街の灯りを見ながらやっと口を開いた。

「まあな」

 気疲れしたのか気怠そうに由美子は答えた。

「飛ンでる間は手が出せないだろうよ」

「わかんないよ」

 いたずらっぽく微笑んで由美子に向いた弘志は言った。

「戦闘機が飛んできて、空中戦の末にミサイルで撃墜されるかも」

「アンタ映画の見過ぎだよ。そンな派手なこと出来るわけないだろ」

 由美子が呆れた声を上げた時、彼女の座席のあたりから小さな電子音が響いた。往路で使った操縦席との通話機だ。

「どうしたの?」

「それが」

 相手は機長だった。とても言いにくそうに事実のみを伝えてきた。

「トラブルです」

「なンですって?」

 由美子の訝しげな声を聞くなり弘志はソファから弾かれるように立ち上がり、キャビン前方にあるドアに取り付いた。

 重々しいレバーを解放して操縦席に上半身を突っ込んだ。普通の旅客機ではハイジャック防止で施錠されているが、プライベートジェットでハイジャックの心配をしているはずがなかった。

「どうしたんですか」

「お嬢様にお伝え下さい」

 操縦席の色々なスイッチを操作するのに忙しい機長に代わり、副操縦士がチェックリストから目を上げないまま弘志を振り返った。

「おそらく燃料漏れです」

「やられた」

 くやしそうに弘志がうめき声をあげ、スイッチ類がならぶパネルがある操縦室の天井を見上げた。

「?」

 話しがわからない様子の彼に、弘志は質問を続けた。

「空港で待機中は、機体はどうしていました?」

「向こうの整備の連中にまかせていましたが」

「そこで工作されたんですよ」

「なンの話しよ」

 由美子も不安になったのか、弘志の横にやってきた。

「どこまで行けます?」

 半ば由美子のことは無視して弘志は操縦席の二人に訊いた。副操縦士は座席の横にあるセンターパネルに立てかけた航空地図を取って、計器を見比べて答えた。

「名古屋か、行っても浜松あたりに不時着かと」

「不時着? 墜ちるのコレ?」

「姐さん」

 さすがに弘志がつっこみをいれた。

「目的地に予定通りに到着できないことを不時着って言うの。墜落するわけじゃないから、安心して座ってなさいな」

「いま所沢に許可を申請しています。墜ちることはありませんから、お席にお戻り下さい」

 航空管制局のある所沢と英語で盛んに交信する機長をおもい、由美子の肩を掴んで弘志はキャビンに戻った。

「どうすンのよ」

「これから取れる行動は三パターンぐらいかな」

「みっつ?」

「そう三つ」

 弘志は三本の指を立てて由美子に向けた。

 一つずつ折って説明を始めた。

「提案・1。不時着した時点であきらめる」

「ンなことできないわよ」

 由美子の切れ長の眼が吊り上がる。だが彼女の怒り顔は図書室で見慣れているせいか、由美子の態度に平然と二本目の指を折った。

「提案・2。妨害者に白旗を振って降参する」

「1も2も同じじゃないの! アンタそれでも男?」

 由美子の白い肌が興奮で赤くなった。

「提案・3。一番大変だけど、別の手段を考えて東京に進む」

「アンタはどうしたいンだよ」

「オレ?」

 由美子は顎を軽く振って彼に訊いた。

 訊かれた弘志は、自分の胸に自分の親指を向けた。さもそれが当然とばかりに胸を張って答えた。

「もちろん1か2だね」

 由美子はこれ以上の問答は無用とばかりに殴りかかった。



 ホームに電子音で作られた「線路は続くよ」が流れて、録音の女声が列車進入の注意を促していた。

 駅手前で一旦停車していたクリーム色の特急電車がゆっくりと滑り込んできた。

 日本で、いや世界でも珍しい電車による寝台特急のサンライズエクスプレスの入場である。

 しかしすでにホームには同じ配色をした別の列車が停車していた。普段の運行ではありえない事態だ。

 すわ衝突事故かと心配する必要は実は無い。停車している編成の妻板貫通路はすでに開かれ、信号員が待ちかまえていた。

 ホームではハンディトーキーを二つも持って誘導係が距離をメートル単位で運転台へ報告していた。

 そのまま後ろの編成が微速前進して、前の編成へガシャンと連結した。

「ん〜」

 満足そうな声を漏らして、正美が動画撮影のため構えていたスマホを下ろした。

「いい画が撮れました」

 場所は岡山駅。時刻は二十二時三十分にもう少しといったところだ。

 出雲発『サンライズ出雲』と高松発『サンライズ瀬戸』の連結作業である。二つの電車特急がここ岡山駅で連結されて一本の特急となるのだ。このあと電気連結器による空気管の接続がちゃんと行われたか確認がされた後で客用ドアが開くので、どちらに乗ってきても連結シーンを見ることは出来ない。見るためにはこうして岡山駅に先回りして待っていなければならないのだ。

 弘志がそこまで考えたかどうか判らないが、鉄道マニアの正美好みの旅程には違いなかった。

「へえ、意外ときれいね」

 恵美子は自動ドアをくぐりしなに言った。外装とお揃いの落ち着いたクリーム色を主体とした内装は、わざわざハウスメーカーに外注したというものだ。

 慌てて正美が人差し指を自分の唇にあてた。

 乗車時間からして各寝台ではそれぞれ客が横になっているはずの時間だからだ。

 四人のキップは、連結面から数えて三両目にあたる五号車に設けられた、指定席扱いのノビノビ座席のものだった。

 五号車は通路を片方に寄せてあり、反対側はカーペット敷きの床が上下二段に作られていた。

「前はカーテンがあったんだけどなあ」

 正美がキップを確認した。上段の端から四人分の番号が書かれていた。

 カーペットには色気もまったくない毛布が一枚用意されているのみ、枕も敷き布団もなかった。

「わたし端でいい?」

 着替えもなしにゴロ寝感覚で一番端の階段を恵美子は登っていった。

「ハナちゃんはどこがいい?」

「わたしは空いたところで」

「俺の横はいつでも空いてるぜ」

 『さくら』に乗車中は居眠りとおした空楽が言った。

「やだあ、不破くんの、す・け・べ」

 毛布を頭から被ってチャドルのように顔だけ出した恵美子が上から言ってきた。

 ムッとした顔の正美は改めて人差し指を立てた。三人は慌てて自分の口を塞ぎ、花子は空楽に手で合図されて恵美子の横へ上った。

 特急はホーンを鳴らして走り始めた。


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