四月の出来事・序
登場人物紹介
藤原由美子(ふじわら ゆみこ)清隆学園高等部一年女子。本作の主人公である。
郷見弘志 (さとみ ひろし)由美子とは同級生の男子。類を見ない女顔の美形だがそう見られることは、ほとんど無い。
不破空楽 (ふわ うつら)読書と居眠り、そして何よりもアルコールを愛する未成年。
権藤正美 (ごんどう まさよし)銀縁眼鏡の好青年。美術部に所属し頭脳明晰成績優秀だが…
佐々木恵美子(ささき えみこ)生徒会の非公然活動である裏投票で『学園のマドンナ』に選ばれた美少女。
岡花子 (おか はなこ)色白の日本人形のような女の子。出番に恵まれない。
「線路は続くよどこまでも」
歌うでなし、呟くでなし。車窓越しに離れていく駅のホームを見るとはなしに眺めながら、一人の少女が童謡の一節を口にしていた。
真新しい制服に身を包み、セミロング程度に髪をのばした少女である。身長は他の子と比べてずば抜けて高いわけでもないが、低いと指摘するほどでもない。容姿も年頃の女の子が持つ自尊心を満足させるぐらい、普通と言えば普通の女の子である。
彼女の名前は藤原由美子。その制服が新しいことに深い理由などない。彼女は今春、無事に清隆学園中等部から優待枠で、同じ学園の高等部に進学できたのだ。
新宿から東京都下の武蔵野に建っている清隆学園は、幼年部(幼稚園)から大学院まで揃っている教育一貫校である。
政財界において活躍する卒業生をたくさん輩出していることが物語っているように、相当高いレベルの教育カリキュラムを生徒に課している。しかし課外の部活動が疎かになっているのでもなかった。
主だった部活動の方だって、毎回優勝とはならないが、ちょっとした有名な大会などには常連として顔を出していた。
いわゆる文武両道をモットーとする共学校である。
家が裕福なため住んでいる場所は新都心新宿にある高級高層マンションと、そこのところだけはちょっと普通ではなかったが、最近下腹が出てきたことを気にしている父と、趣味の多い専業主婦である母、そして最近ニキビが目立つようになってきた生意気な弟という四人家族は、特に変わったことのない家庭を築いていた。
彼女自身も、純粋培養されたお嬢様というわけでもなかった。
清隆学園に初等部|(小学校)から通っている点は、公立校に通う大多数の一般人よりは違っていたが、その程度である。恋愛経験も、ごく普通の女の子と同じようにまだこれからという、読書好きの一女子高生であった。
少子高齢化において学生の減少をおそれた学園は、数年前から中等部、高等部の共学化をすすめていて、家族以外の男性にまったく免疫がないということもない。
成績が良いおかげで手に入れた優待枠だったが、それだって無理をして手に入れたわけでもなく、真面目に授業を受けていれば自然と身につく学力だと思っていた。もちろん普通よりはちょっとお堅く品行方正にして教師たちと要領よく付き合わなければならなかったが、彼女にとってそれは大変なことでもなかった。
彼女の目は、女性専用車両である最後尾の車両で、乗務員室越しに遠ざかって、とっくに見えなくなった新都心の方向を、なにげなく眺めているままだった。
たまに視界を業務上必要な動作で車掌がよぎるだけだ。
もうこの私鉄で通うのも、初等部から数えて十年目である。中等部で自分自身がこれといった大事件に遭遇するでなく、普通の平穏な退屈な、ごく一般的な日々を送った。
彼女は漠然と思った。
(ある意味、この電車と私の未来は、似ているのかもしれない)
このまま何事もなければ三年間で高等部を卒業し、その先の進路第一希望は、国公立大学の教育学部である。
そこで四年間過ごして学校司書になるのが今のところの自分の希望である。
途中まで親に引いてもらい、今は自分が引いた線路に乗り換える。
時々、あたりまえの高校生が体験する事件に遭遇するかもしれないが、そんな物は大人になるための通過駅でしかない。
電車の方も学園の最寄り駅に入るためにカーブに進入し、しばし金属音をあげた。
(このまま、普通に高校生活が始まるのね)
若さゆえのなにかがそれを嫌がっているが、それを打ち破る何かなど彼女が持っているわけもなかった。
普通と比べれば高い知能がそれを否定しているような気がするが、それだって大勢から見れば普通の中に入れられてしまうほどの「誤差」程度しか高くないことを自覚していた。
電車は駅に停車し、ドアが空気圧で開かれた。
今日から、彼女の新しい『日常』が始まる。




