プロローグ
アレンシア帝国は、古代から存在する巨大国家だ。大きな内乱を何度も起こされても皇帝は、時には武力を、時には言葉で治めてきた。
だがやはり、アレンシア帝国滅亡寸前まで発展した戦争もあった。それでもアレンシア帝国が再興したのは、民心を一つにまとめ上げる宗教の力が大きい。
『解放神レフォルナ』を主神とする解放教は古来より人々の支えとなった。解放教の教えは子供に叩き込まれ、人々は解放神レフォルナを崇拝した。
だが、解放教の他にも外してはならない再興の要がある。それはーーーー
「死ねッ!『遮断』!」
俺のような、『変界者』と呼ばれる人外共だ。
「クソッ!なんで剣が通らないんだ!」
空中で何かにぶつかったように甲高い金属音を立て静止した剣を見る。
「ハッ、力技じゃ俺の『遮断』は破れねぇことをいい加減学習しろよ。でないと、お前もこいつらみたいになるぜ司令官さんよ」
俺は辺りを見渡す。そこら中に死体が散乱し、夥しい量の血が床を深紅に染めていた。
「はぁっはぁっ、ここに『突破』がいてくれれば………」
『突破』と聞き、奴の顔が思い浮かぶ。思い出すのは、奴との戦いでの苦い記憶。
「『突破』は面倒クセェから相手したくねぇんだよなぁ、能力的に相性悪いし。ま、諦めろよ。あいつなら今メレーザ砦で『切断』と『守護』に相手してもらってるぜ」
「くっ………ハアァァァ!」
また甲高い金属音が室内に響く。
「………もういいや、殺すわ」
飽きた。
能力で奴の周りの光を遮断する。
「ッ⁉︎目が見え……な………」
奴の首が落ちる。
剣を振って血を振り落とそうとした時、後ろから気配を感じた。
「目にも留まらぬ剣技、お見事でございます将軍。各階の制圧、完了いたしました」
「俺の能力は直接攻撃系じゃねぇから剣術を磨くのは当然だろ。それと、各階制圧完了と言ったが、戦利品は?」
「大量の武器弾薬、馬や食料を見つけました。女も何人か捕えましたがどうしますか?」
「戦果報告と一緒に馬で帝国に送ってやれ。ジジイ共もそれで喜ぶだろ」
「了解しました」
「メレーザ砦から救援要請は?」
「来ていません。あちらも順調のようです」
「分かった、帝国に帰還するぞ。全部隊に通達しろ」
「了解」
走っていく伝達兵の後ろ姿を見ながら考えを巡らせる。二カ月前に突如として来た我らアレンシア帝国への六ヶ国からの宣戦布告。以前からこの六ヶ国を嫌っていた皇帝陛下はこれを機に六ヶ国への侵攻を開始した。今は六ヶ国の内の一国、ヴェルデラ王国への侵攻の序盤だ。
「………奴らは何が目的でアレンシア帝国に喧嘩を売った?」
俺が仕えるアレンシア帝国は領土も軍事力も技術力も六ヶ国より遥かに上だ。それに加えアレンシアは変界者を9人も保有している。確かに以前から折り合いは悪かったが、それだけではアレンシア帝国に喧嘩を売る理由にはならないはずだ。
「………まあ、いずれ分かることだ」
そう結論を出した俺は伝達兵の後を追うように歩を進める。
砦の外に出るともう帰還の準備ができていた。流石の精鋭達である。数押しが基本戦術のアレンシア帝国軍において、俺の部隊は異彩を放っていた。
「命令を」
「ああ、わかってる」
馬に跨り、息を大きく吸い込む。
「我々はツソワーツ砦の制圧に成功した!異教徒を滅し、解放神レフォルナに勝利を献上したのだ!さあ諸君、帰ろうではないか!民も今か今かと我々の勝利の凱旋を待っている!全軍、前進せよ!」
神なんぞ俺は信じていないが、こういう時に神の名は便利だ。
隊列を組んで帝都ランバルザに帰還する。兵士達の鎧に刻まれた解放教の紋章は、白い輝きを放っていた。