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翌朝、次のようなおふれが都の真ん中に何本もでました。
小学生のオトが新しい言語をつくり、それを二ヶ月以内に国民のみんなが話せるようになったらウポポ語はやめにして、その言語をずっとこの王国の共通語にする。もし失敗したらオトは死刑だ。
ウポポ
ぴっかぴかにみがかれた大理石のおふれはとても目立ちました。このおふれを見た人たちの間で少年オトのことが話題になりました。「すごいな、小学生なのに。」「新しい言語なんて小学生に作れるのか?」「無理だって。」「失敗したら死刑だって、かわいそうに。」「でも、なんでウポポ語をやめにするんだ?」「あれには変な力があるだろ、ほらボンボおばあさんとか。」「たしかに、もうウポポ語はやめて欲しいな。やっかいだからね。」「それにウポポ語って難しすぎるよね。」わいわいがやがや。オトはもう有名人です。
一方、朝になって目覚めたオトは学校を休んで新しい言語作りをがんばることにしました。けれど、どうしても新しい言語の作り方がわからなかったオトは学校の先生をおとずれました。その先生はずっとオトに日本語を教えてきた女の先生です。彼女はそのまま「ウポポ語」の先生になりましたけれど、ウポポ語の恐ろしい力に気づいて「ウポポ語」の授業をしないことに決めたりっぱな人です。オトは先生にたずねました。
「先生、ぼくに言語の作り方を教えてください。」
しかし先生は困ってしまって言いました。
「先生は言語の作り方は知らないの。教え方は知っているんだけどね。だからオト君がもし新しい言語をつくったらみんなに広めるのを手伝ってあげるわ。」
「はい、そのときはお願いします。では先生。言語の作り方は誰に聞いたらいいのでしょうか?」
「わからないわ。でも本つくりの男が都の外れに住んでいて、彼ならよく知っているかもしれないわ。わからないけれど。」
「ありがとうございます。」
オトはお礼を言ってから学校を出ると、都のはずれの本つくりの男の工場をたずねました。本つくりの男は千枚通しで何枚もの分厚い紙に穴をあけていました。彼は『変な顔大辞典』を作っているのです。オトは仕事中に悪いと思いながらも声をかけました。
「すみません。はじめまして。オトと言います。」
本つくりの男は顔をあげるとオトのことをじろじろと見て言いました。
「ふーん?君があのうわさのオト君かい、そうかい。なぜ、こんなところへ?新しい言語の本でも作って欲しいのかい?なら反対だね。オレはだんぜんウポポ語賛成派だからね。」
と言いました。
「なぜですか?あなたはあのウポポ語がいいというのですか?」
「そうだ。あれは実にいい言語だ。なぜかというと一つの単語がとにかく長い。だから単純に文章が長くなるんだ。そうすると本のページ数が増えるだろ?だから本つくりを職業にしている人はウポポ語ならもうかるんだ。しかも日本語は漢字とカタカナとヒラガナがあってめんどうだったけど、ウポポ語はカタカナしかないしね。デザインとかが簡単でいいんだよ。」
「しかし多くの人があの言語で苦しんでいるんですよ。小さい女の子だって誘拐されるんです。」
そうオトが言うと本つくりの男は鼻でフフンと笑いました。
「そんなことは本つくりが知ったことではない。オレたちはもうかればいいんだよ。もうかれば。まあ新しい言語の本をつくって欲しいのならばお金さえはらえば作ってあげるさ。そのときにまたここに来ればいい。って、君は何のようだったのかな?」
「もういいです。ありがとうございました。ところで言語の作り方を知っている人は知りませんか?」
男は紙に穴を開け終わり、つづりひもを通し始めました。
「あらよっと。ああ、それなら北の村に住んでいる言語学者が知っているだろう。」
「言語学者は何をしている人なんですか?」
「たぶん言語について勉強している人なのだろう。だから言語のつくり方くらい知っているかもしれないぞ。」
オトは頭をぺこりとさげて本つくり工場を去りました。
言語学者の家は北の村の森の中にありました。言語学者は白髪で眼鏡をかけた、えらそうでかしこそうな老人でした。白くて長いあごひげがぼうぼうに生えています。きっと五十年は手入れをしていないに違いありません。老人は「わたし」「あなた」「なぐる」「が」「を」と書かれた五枚の丸い石盤を並べながら、うーんとなにやら考えごとをしています。オトは念のために聞きました。
「すみません。オトです。あなたは言語学者なのですか。」
「うーん。」
「もしもし。あなたは」
そうオトが言いかけたときに突然その老人は
「ぴっかーん。」
と両手をあげながら叫び、おろした手でいそいで石盤を並びかえました。できあがった文は
「わたし」「を」「あなた」「が」「なぐる」
となっていました。何が楽しいのでしょう?そしてまたその老人はそれをまぜこぜにするとまた
「ぴっかーん。」
と両手をあげて叫んで、五枚の石盤を並びかえるのでした。そして今度できた文は
「あなた」「を」「わたし」「が」「なぐる」
でした。ころあいを見はからってオトは声をかけました。
「すみません。」
「おお、なんじゃい。」
とその老人は、はじめて振り返りました。やっとオトのことに気付いたようでした。そして石盤から手を離してオトをじっとみつめました。オトは聞きました。
「あなたは言語学者さんですか?」
それに老人は胸をはって、ぼさぼさのあごひげをなでながら答えました。
「いかにもそうじゃ。しかし、それだけじゃあない。言語を研究して実に五十年。王様から勲章をいただき、いろんな大学からたくさん賞状と博士の称号をもらった偉い言語学者じゃ。」
老人は本当に得意そうでした。
「それなら、博士。新しい言語の作り方を教えてくれませんか?」
老人はそれを聞くと口をあんぐりとあけてオトのことを見ました。
「あん、なんじゃと?」
「ですから、新しい言語の作り方を教えてください。」
それを聞くと老人はぷいとオトに背を向けて石盤いじりを再開しまいました。
「どうしたんですか?なぜ、何も答えてくれないのです?」
老人は石盤いじりをしたまま答えました。
「ふん、いかさまじゃ。いかさまじゃ。言語というのはな、自然にできるもんなんじゃ。自然にできて、自然に変わって自然に美しくなっていくもんなんじゃ。だからこそ、わしら言語学者が言語を調べるのじゃ。それを、それを。新しい言語を作るなど、ばかにしとる。ばかにしとる。わしは偉い言語学者なんじゃ。」
ぶつくさと老人はなにやらののしっています。オトは言い返しました。
「しかし自然といっても、言語は人間が使うものなんじゃないでしょうか?それでも自然なんですか?もし自然だとしたら言語はキャベツやレタスみたいな野菜なんですか?」
「ふんが。言語は野菜ではないわい。でも自然なんじゃ。人間がある言葉を使おうか使わまいか、判断する。ではこの言葉は?じゃあ、あの言葉は?そういった判断が自然に積み重なって言語というものができるんじゃ。だから自然なんじゃ。その判断はとっても尊い。だから言語を新しく作るなんて人間をバカにしているというのじゃ。」
言っていることがよくわかりません。でもオトは言い返しました。
「それならば、今の王様が作ったウポポ語も新しく作られた言語です。しかも魔法の力がこめられた危険な言語です。ぼくはその言語をやめさせるために新しい言語を作らないといけないのです。どうかそのために力を貸してください。」
「ぴっかーん。」
と老人は両手をあげながらさけびました。今度できた文は
「なぐる」「あなた」「が」「わたし」「を」
でした。それを見て満足げにうなずくと老人はオトに言いました。
「魔法の力がこめられているなら、それでもいいのじゃ。その言語にこめられた魔法の力を研究するのも言語学じゃ。新しい言語を作るなんて、あーあ、ひどい。ひどいことを聞いたものじゃ。そんな言語は子どものおもちゃじゃないか。」
「そんな。でもその新しい言語で人が助けられかもしれないんですよ。」
「そんなの知ったことか。」
とその老人ははき捨てました。そしてまた石盤いじりを再開しました。
オトはしょんぼりして北の村を離れました。ひどくつかれたような気がします。
「人を助けることができない研究なんて、いったいなんの意味があるのだろう。」
オトはもう誰に頼っていいのかわかりませんでした。頭がみしみしと痛みます。
それから三日間、王国中を探し回っても結局、誰もオトの言語つくりを助けてくれる人はいませんでした。偉そうな学者や先生に協力を頼んでもみんな「そんなの子どもの遊びだ。」「新しい言語には魂がこもらないから無駄だ。」などと言って相手にしてくれませんでした。
実は言語つくりのためにあちこちで協力者を探しまわっていたオトを、ずっと尾行している男がいました。彼は宮殿のお役人で、オトが誰からも協力してもらえないのを見て、しめしめと宮殿に帰っていきました。宮殿ではウポポ肥満王が右手の親指をちゅぱちゅぱとなめながら待っていました。
「あのオトはどうであったか?」
「はい、王様。オトは誰からも相手にされませんで、ひとりでしょんぼり家に帰りました。」
それを聞いて王様は玉座から飛び出んばかりに喜びました。でも太っちょなので飛び出ることはありませんでした。
「ざまを見ろ。たかだか小学生が、しかも魔法のなんたるかを知らない人間が新しい言語なんて作れるものか。」
お役人はあいづちをうちました。
「そうですとも。そしてウポポ語に賛成する人もいました。」
「ふん、私の国民を思う心をわかってくれるやつもちゃんといるんだ。あのオトめ、約束の日には死刑をやめてくださいって泣いてあやまってくることだろうて。へへへ。そしたら死刑をやめて私のトイレを一年間掃除することで許してやろう。」
王様の高笑いは止まりません。王様は自分のウポポ語の勝利を確信したのでした。
一方、誰からも相手にされず、しょんぼりして家に帰ったオトはがっかりしてしまいました。
「あああ。ぼくは死刑にされてしまうのかなあ。いやだあ。死にたくない。」
そんなオトを妹のミコがはげましてくれました。
「がんばって、お兄ちゃん。死なないで。それなら友だちや都のみんなを集めて、みんなで新しい言語をつくりましょうよ。みんなで力を合わせればなんでもつくれるわ。」
オトはそれもそうだと思いました。そして自分の妹はなんて利口な娘に育ったのだろうと感心しました。
そして次の朝、オトとミコは一緒に都に出て、言語を作ってくれる人を集めました。
「みなさん!新しい言語をつくりましょう。変なことばかり起こる魔法の言語なんてやめて、新しい言語をみんなでつくりましょう。」
ミコもありったけの大声で言いました。
「みんなでつくろー!」
道行く人は「あれがオトだ。死刑を前にしてとうとう気がおかしくなってしまった。」「新しい言語なんて無理だ。」「妹さんはかわいそうに。ひとりぼっちになっちゃうわ。」と無視して通りすぎるだけでした。しかし、そのうちの何人かは足をとめたり、ふり向いたり、耳をかたむけたりして、集合場所と時間とをちゃんと聞き出していたのでした。
その日の午後。呼びかけに応じて百人もの人が集合場所である都の公民館に集まりました。その公民館は壁も屋根も柱もみんな緑色のペンキで塗りたくられた、緑色の公民館でした。集まった人の中にはロゼットじいさんや二人のボンボおばあさんの姿も見えます。一人のボンボおばあさんは黄色い毛糸で編み物をして、もう一人のボンボおばあさんは赤色の毛糸で編み物をしていました。そして当然オトとミコの兄妹。オトの小学校の友達も数名、そして私、しがない語り部のノロロとその兄ポロロもはじっこの方で目立たないように座っていました。私の隣にはウポポ語によって殺されてしまった人の亡霊が数人座っていました。彼らは青白い顔をしていて、何もしゃべらないけれど、しきりに、うんうんとただうなずいてばかりいました。
時間になるとオトが壇上に立ちました。
「みなさん、集まっていただいてありがとうございます。まず新しい言語を作るに前に聞きたいことがあります。この中にまだウポポ語を使っていきたい、という人がいますか?」
一人が手をあげました。オトはその人を指して問いました。
「あなた、それはなぜですか?」
その人は起立しました。よく見ると彼はオトを尾行していた宮殿のお役人でした。彼はオトの邪魔をするために公民館にやってきたのです。彼は言いました。
「魔法の言語を使えるなんて、すばらしいではないですか。何でも食べたいものが食べられて、欲しいものが手に入る。ぼくは良いと思います。それに、やさしい王様が国民のことを思ってせっかく作ってくださったのだからウポポ語を使うべきです。」
女の人が立ち上がって彼に言いました。
「それによって、人が困ったり、苦しんだり、死んでしまったりしても、それでも魔法の言語が良いのですか?私の夫はウポポ語によって殺されてしまいました。」
「えーと、そうですね。それは。なんでしょう、えへへ。」
何も言い返せずに、彼はだんまりして、緑色の公民館を出て行きました。青白い亡霊たちが、うんうん、と何度も何度もうなずいていました。もしかしたらその中に今の女の人の夫がいるのかもしれません。それから二人のボンボおばあさんが手をあげました。みんな驚いて、そしてだまっておばあさんが話しはじめるのを待ちました。二人のボンボおばあさんはゆっくり、どっこいしょ、と立ち上がると時間差で話しました。
「わたしも二人になって、」
「わたしも二人になって、」
「食費が二倍になって、」
「食費が二倍になって、」
「大変です。」
「大変です。」
「だから、ウポポ語は反対です。」
「だから、ウポポ語は反対です。」
「魔法の言語なんていりません。」
「魔法の言語なんていりません。」
それを聞いてその場にいたみんなが拍手しました。少なくともその中でウポポ語を使いたいという人はいなくなりました。
壇上のオトが言いました。
「では、新しい言語を作りましょう。でも、それはどうやって作ったらいいと思いますか。」
まず、土や泥まみれの野菜つくりの男が手をあげました。彼はウポポ語のせいで自分が作った野菜が売れなくなって困っていたのです。彼はこう言いました。
「おいらに名案がある。言葉野菜の種を畑にまいて育てれば言葉の葉っぱが生えてくるじゃろう。その言葉の葉っぱを集めて並べて言語にすりゃあいいんじゃなかろうか。種をまいて育てて収穫するのはおいらがやりますぜ。」
すると隣にいた人が
「まずは言葉野菜の種をどこで買うかが問題ですね。」
と言うと野菜つくりの男はしょんぼりしてしまいました。野菜つくりの男はどこでその種を買ったらいいか知らなかったからです。周りの人がなんとかとりなして野菜つくりの男は機嫌を直しました。
ある人が手をあげました。彼は、もとは王国の兵士でした。
「王国のみんなが話せる日本語をもとに新しい言語を作ろう。」
別の人が手をあげました。彼は外国の大学で勉強していたけれどゲリがひどくなって帰ってきてしまった人です。
「世界中で話されている英語をもとにして作ろう。」
それらの意見に対してロゼットじいさんが立ち上がって反論しました。
「私たちはエスペラント王国の国民じゃ。日本語をもとに共通語を作ったら、私たちは日本人になってしまう。それに英語でもだめじゃ。私たちはアメリカ人でもイギリス人でもない。」
ロゼットじいさんは、そこでゴホゴホとむせました。
「そもそも私たちは王様が代わるごとに言語を変えてきた。そのため前の王様の時代に、おじいさんやそのまたおじいさんが書いた本や文章は読めなくなってしまっておる。これはもったいない。大事な知恵がそこで止まってしまう。そこでエスペラント王国の知恵を伝えていくための言語を作らなくちゃならない。それは私たちの言語だ。だから私たちは新しい言語を作ろうとしている。なぜなら王様がずっと、ずううっと、それを共通語にすると約束してくれたからだ。」
ロゼットじいさんは、またゴホゴホとむせました。
「だから日本語だけ、英語だけをもとにするのはいけない。それだと日本の知恵、アメリカやイギリスの知恵が私たちの知恵のかわりになってしまう。日本やアメリカやイギリスは強い国じゃからの。そこで、いろいろな言語のいいところをもとにして、なるべく簡単な言語を作ればいいんじゃなかろうか。そうすればどこの言語とも似ていないし、しかもみんなが覚えやすい言語ができる。」
と言うとロゼットじいさんはつかれて座りこみました。ロゼットじいさんの意見に反対する者もいました。それは私の兄のポロロでした。
「私たちの言語を作るというのには賛成だ。しかし言語は簡単だから良いってものではない。言語は人間の心の鏡だ。言語は難しければ難しいほど人間の心を映すことができる。なぜなら、人間の心は難しくて複雑だから。よって言語が簡単だと、それで人間の難しい心はあらわせなくなる。また、言語が簡単だと難しいはずの人間の心もだんだん簡単になってしまう。これはいけない。だから私は、言語は難しければ難しいほど良いと考える。」
こいつは空気が読めないのだろうか、と思って私は兄の言葉を聞いていました。兄の意見に対してはオトが反論しました。
「言語は使っていくことで心をこめていくものです。言語が簡単でも心をこめれば、その言語は人間の心を動かします。」
それを聞いて将軍の奥さんがつけくわえました。
「オト、あなたが書いてくれた手紙を読んで、うちの主人が喜んでいたわ。あのおもしろい手紙を読んでいれば苦しいことも忘れるって。もし簡単な言語を作ったら、それを心をこめて使っていけばいいのね。そうすれば、簡単な言語にだって人間の心がこもることでしょう。言語が簡単か難しいかは関係ないわ。大事なのは使う人間の心よ。それなら簡単な言語の方がいいわ。」
その意見にみんなが拍手しました。反論された兄のノロロはぽりぽりと頭をかいていました。たぶん頭の皮の内側を熱いものがかけめぐって、毛穴から汗がふきでているのでしょう。
そうしてみんなの意見が一つになってから、はじめて新しい言語作りがはじまりました。集まった人の中に言語学について学んでいる大学生がいたので彼を中心に言語を作っていきました。一つの言語ができるまでに実に三日三晩かかりました。
まずは靴、服、帽子、本、机、それに椅子などの身近な道具をなんと言うかをみんなであれやこれや言い合って決めました。次は耳や鼻や口など体の部分を何と言うかを決めました。その次に天気、数、職業や、乗り物、動物や昆虫をなんと言うかを決めました。野菜の名前についてはさっきの野菜つくりの男が大活躍しました。これらはみんな、ものの名前です。
ものの名前がだいたい決まると今度は「する」「食べる」「歩く」「生きる」「止まる」などの動きを表す言葉を決めていきました。また、その言葉を使って昔やったことと今やっていることとこれからやることのちがいを表せるようにしました。過去と未来とが現在から生まれたのです。
それから「美しい」「明るい」「かしこい」などの、ものの名前を説明したりする言葉を決めました。
こんどは「急に」「早く」「よく」「がんばって」などの、動きがどんなものを説明する言葉を決めました。
そして三日目の朝に言語がだいたいできあがりました。みんなへとへとになっていたけれど、もうひとがんばりです。
仕上げのためにその場にいあわせた一人の俳優と一人の女優とがその言葉を覚えていきました。二人が言語のすべてを四時間で覚えてしまうほど、それは簡単な言語でした。そして二人は壇上に立って、いろいろな場面での演技をしていきました。学校での場面、市場での場面、通りで出会ったときでの場面、食卓での場面。そうやって実際にこの言語を使った時にちゃんと使えるか、相手にちゃんと伝わるかを調べていきました。もしうまく伝わらない時や誤解されそうなところはみんなで話し合って直していきました。こうして三日三晩で練りに練り、やっと新しい言語ができあがったのです。
最後に、この誕生したばかりの言語に名前をつけなくてはなりません。すると一日目でもう疲れてしまって、すみっこで寝ていたミコが起き上がって、とぼとぼオトのところへ歩いていくと新しい言語の名前の案を言いました。オトがミコにかわってその案をみんなに言いました。みんな、拍手でそれに賛成しました。エスペラント王国の言語として、とってもふさわしい名前だったからです。
それからみんなで本つくりの男の工場に押しかけていって新しい言語の本を作り、みんなで手分けして王国中の人々に配布しました。そして分からない人やまだ幼い子、文字が読めない人にはつきっきりで新しい言語を教えていきました。
二ヵ月後の約束の日。ウポポ王は死刑台の準備を整えて、オトの首をちょんぎる包丁をぴっかぴかに研いでおきました。そして、きらびやかに着かざった王女たちと大臣たち、そして兵士たちを護衛に従えて都へとくりだしました。ウポポ王は緑色の公民館から逃げ帰ってきたお役人の話を聞いても、小学生や普通の人々なんかに新しい言語なんて作れまい、作れたとしても子どものおもちゃくらいのものだ。実際の生活にはとても使えない、と信じこんでいたので、得意満面の笑顔で楽しそうにしていました。また、ウポポ王は都ではみんな自分が作ったウポポ語を話していて、不思議でゆかいなことがたくさん起こっているだろうと確信していました。
しかし、意外や意外。都の市場では人々が聞きなれない言語を話していたのです。ウポポ語なんて一人も話していません。ウポポ王はおかしいなあ、そんなはずはないぞ、と思いました。けれど自分が作った言語を聞きまちがえるはずはありません。国民が話しているのはウポポ王の知らない言語です。
「あれは何の言語じゃ。」
と大臣たちに聞いても大臣たちは知らぬ存ぜぬでした。ある大臣が
「おそらく、あの少年オトの作った言語なのでしょう。」
とおそるおそる言いました。まだ幼い王女たちはキャッキャとはしゃいでその聞きなれない言語のまねをしていました。鈴を転がしたような王女たちの声にその言語は良くあっていて、都中に美しく響きわたり、小鳥たちが寄ってきました。ウポポ王も思わずその声の美しさにうっとりとしてしまいました。小学生に負けたのはくやしいけれど、仕方がありません。なぜ、魔法の言語が魔法の力なんてこれっぽっちもない言語に負けたのかもさっぱり分かりません。けれど、文句なしに王女がおしゃべりするその言語は美しかったのです。
王女が話すのを聞きたくて都中の人たちも集まってきました。ウポポ王は集まってきた人々の中にオトがいるのを見つけました。ウポポ王は言いました。
「オト、この言語はおまえが作ったのか?」
都の人々はオトに道をあけました。前に進み出たオトは答えました。
「半分はいで半分いいえです。ぼくとその仲間で作りました。」
ウポポ王は、自分ひとりで作ったと言わないオトに感心しました。
「そうか。いい言語だな。なんという名前の言語なんだ?これからこの王国の共通語になるんだ。私も名前くらい知っておきたい。」
オトは得意そうに答えました。
「エスペラント語です。ぼくたちの言語です。」
さてさて、これがエスペラント王国のウポポ王と少年オトのお話です。いかがでしたかな?と、まあこういうお話があったせいでわれらがエスペラント王国では日本語でもウポポ語でもないエスペラント語が話されるようになりました。簡単でとってもいい言語ですよ。そしてもう不要になった『ウポポ語の手引き』は危険だということで集められて、一冊を残して全部焼かれてしまいました。そうするとあら不思議。二人だったボンボおばあさんが一人に戻って、郵便配達のおじさんも戻ってきて警察につかまり、ウポポ語でおかしくなったものが全部もとにもどったのです。ミコちゃんが大切に持っていた涙の宝石もただの水になりました。前の王様のお墓も元通りになりました。死んでしまった人も生き返ったのです。めでたし、めでたし、ということですね。
え、なんで『ウポポ語の手引き』を一冊残したかって?本当は、ウポポ王は全部燃やしてしまうはずだったんですけどね。焼かれる前にその本を一冊だけ盗んでいった奴がいるんです。この素晴らしい魔法の言語を使って世界中でひともうけしようとたくらんでいる男がね。おっと今日は話しすぎちゃいましたかな。ではごきげんよう。また、会う日まで。




