笑顔〜smile〜
「あのね、春輝、私、春樹に伝えなきゃいけないことがあるんだ。」
突然届いた幼馴染からのLINEには、そう書いてあった。
楓とは幼稚園に入る前から、親同士が仲が良かったこともあり、常に一緒で、家族のような存在だった。思えば当時から僕は彼女の事が好きだったのかもしれない。
彼女はいつも見ているこっちまで幸せになれそうな笑顔の持ち主で、明るく、正義感が強くて、でも少し人見知りな彼女は、いつもクラスの人気者だった。
しかし、中学に入る直前、彼女は当時好きだった男に振られてしまった。当時、彼女の恋を応援していた(だって好きな子の幸せを願わない訳にはいかないだろう?)僕は、その事実を知って驚いた。あんなに可愛い彼女を振るなんて信じられない。僕はそう思った。しかし、声には出せなかった。
「春樹……。振られちゃった。彼女さんが、いるんだっ……て。」
その二言だけ言って堪えきれず涙を流す彼女に、その時の僕は何も言う事が出来なかった。ただ、泣いている彼女の頭を撫でる事しか出来なかった。
それからの彼女は常に作った笑顔で本音を隠して生きているように見えた。あれだけ傷ついたんだ。防衛本能が働いたのかもしれない。
とにかく、彼女は笑っていた。いつも、いつも。
そして時は流れ、僕たちは高校生になった。中学の間はお互いの連絡先こそ交換したものの、メールやLINEが来る時はクラスや学校での連絡事項だけだったから、今回のLINEを見て僕はとても驚いた。
「珍しいね。千夏が個人的な事送ってくるなんて」
何を返せばいいのか分からなかった僕は、取り敢えず思った事をそのまま返信した。
「そうだね。今回が初めてなんじゃないかな。」
「うん。たぶんそうだ。幼馴染なのに珍しいと思うよww僕はw」
その文に既読がついてから、15分くらい経った後だろうか。彼女からまたLINEが来た。僕はてっきりさっきの自分の返信で彼女が腹を立てて(子供の時から怒りやすかったからねw)、無視をしているものだとばかり思っていたから、少し、いや、かなり驚いた。まったく、彼女には驚かされてばかりだなぁ。そういえば、昔もよく廊下の曲がり角に隠れている彼女がいきなり僕の前に出てきて、いつも驚かされてばかりいたなぁ。などと懐かしい思い出を思い出し、苦笑しながら僕はトークを開いた。
そこには、こう書いてあった。
「小学生の頃さ、振られたショックで春輝の前で泣いたことあったんだけど、まだ覚えてるかな?」
忘れるはずが無かった。あの時彼女を慰めるすべが思いつかなくて、ただ泣きじゃくる彼女の頭を撫で続ける事しか出来なかった自分の不甲斐なさはあの日からずっと変わらない。
「あの時、私が泣いてる間、ずっと春輝はそばにいてくれたよね。あれ、すごく嬉しかった。変だよね、好きな人に振られて悲しいはずなのに、春輝の手がすごく温かくて、何だか嬉しかった。それで、笑顔を作り続けることが出来たの。辛いことがある度に、あの日の事を思い出して、私には味方がいるんだって言い聞かせてた。勝手にヒーローにしてごめんね」
文はそこで一度途切れていて、その下には長い空白が続いていた。僕は画面をスクロールする時間がとても長く感じた。
永遠とも思える長い空白の後に、文字が現れた。僕は夢中で文字を追った。
「えーと、何が言いたいのかというと……
私は春輝が好きみたいです。最初はボヤーってしてたんだけど、日を重ねていくごとにだんだん強く、はっきりとしてきたんだ。“あぁ、私はこの人が好きなんだなぁ”って。」
僕は天にも昇る気持ちになった。思わずスマホを高く持ち上げ、叫びそうになった。告白されるのは人生初だったし、それが僕にはもったいないほど良い人だったら、叫びたくもなるだろう?
『僕も好きだ』と返信した。少ししてから、スマホが震えた。どうやら千夏が新しいメッセージを送ってきたらしい。
なぜか嫌な予感がした。
いや、きっとそれは心配しすぎだ。だって僕らは両思いなんだから。と思う反面、その予感が本物であると訴えて来る自分もいた。
そこにはこう書いてあった。
「ありがとう。春輝。
……でももう無理なんだ。私は春輝とは付き合えない。せっかく両思いだって分かったのに、そばにいられなくてごめんなさい。」
「なんで」
気づいた時には指が勝手に動いて返信していた。返ってきた文には、たった一言
「もう私は死んでしまったから。」
と書いてあった。
……死んだ?千夏が?嘘だろう?そうだ、嘘に決まってる。
だって今彼女は、僕と会話しているんだから……!
身体中が震えるのを我慢しながら、僕は返信しようとした。
“冗談が好きなのは変わらないね”と。
その時、家の電話が鳴り響いた。千夏の母親からだった。背中を冷たい汗が一筋、流れていった。
「あのね、春輝君。落ち着いて聞いてちょうだい。とても言いにくいことなのだけど、あの子が、千夏が今朝亡くなったの。朝起きてから急に、春輝君に会いに行くって言って、家を出たあと、事故に遭って……」
僕は自分の手から受話器が落ちていくのを感じた。受話器の向こうから微かに聞こえてくる『葬儀』や『遺品』という言葉が、この信じがたい出来事が“現実”であることを僕に突きつけた。電話が切れた後も、僕は受話器を元に戻す事すら忘れて、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
どれくらい経った後だろうか。僕はパーカーを羽織ってショルダーバッグを肩にかけると、自転車にまたがり、街を駆け抜けた。涙が止まらなかったけれども、それも気にせずただペダルを漕ぎ続けた。
気がつくと、昔よく千夏と遊んでいた公園の前にいた。昔と何も変わらない砂場や滑り台をみると、まるで昔に戻ったかのように思え、いつものように彼女が隣で笑っているかのように思えた。しかし、もうそれは叶わない夢だと思うと、また涙が出てきた。
パーカーのポケットの中でスマホが震えた。画面に表示された文字は、
「千夏:泣かないで」
誰かが頭を撫でた気がした。右を見ると、半ば透き通った彼女が、昔着ていた白いワンピースを着て立っていた。
「ごめんね。さよならも言わずに死んじゃって。これからはもう春輝に私は見えなくなっちゃうけど、私はいつも春輝のそばで見守っているよ。私のこと、一生忘れないでね。」
それだけ言うと、彼女は僕に背を向けて暗闇の中へ歩き出そうとした。何か言わなくちゃ。そう思っているのに、言葉が出てこない。涙が止まらない。僕がかろうじて口に出せたのは、
「絶対……、絶対に忘れない‼︎‼︎年を取って、お爺ちゃんになっても、絶対に!!!」
という涙まじりの叫びだけだった。
彼女は足を止め、振り向くと、僕の大好きだった、あの笑顔で
「約束だよ。じゃあね、春輝!」
と言ったあと、闇に溶けて消えた。
あれから8年。大人になった僕は仕事の傍ら、小説を書いている。すると、時々右側から「頑張れ」と聞こえる気がするんだ。人は勝手な思い込みだと言うのかもしれないけど、僕は思うんだ。
きっと彼女は今でも、僕の右隣で笑っているんだろう。あの日の、笑顔のままで。
私の初めての恋愛小説、どうでしたでしょうか?
まだまだ分からない所が多く、拙いものですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
より良い物を作るために、批評など頂きたいです。
では、また次の作品でお会いしましょう。