その槍で力を示せ
メガネは魔法的な力で割れません
――翌日、カウフに連れられて屋敷の外にある練兵場に呼び出される。
練兵場にはオルジナ公をはじめ、リネアやトリスといった既知の面々以外にも、昨日居たオルジナ公の護衛達がずらりと勢揃いしていた。
練兵場では鍛錬に励む騎士達が練習用の剣や槍を打合せている。
気合の声と、その熱気がこちらまで押し寄せてくる。
「エッケ! 剣は脇を締めてもっと鋭く振れ!」
「はい!」
教官であろう、壮年の騎士が鍛錬をする若い騎士達に檄を飛ばす。
「ジーナ! 盾は防ぐだけのものではない! 受け流してその勢いで殴りつけろ!」
「わかりました!」
指導を受けた若い騎士達は、威勢よく返事をすると、打ち合わせる剣戟の音がさらにその大きさを増す。
「いい騎士達ですね」
「先だって犠牲になった騎士達の話を聞いて、皆奮起しておる」
オルジナ公に話し掛けると、目線はそのままに返答する。
「さて……」
オルジナ公が一歩進み出てる。
「閣下のお成りである! 総員、注目!」
教官役の騎士が鍛錬を中断する声を掛けると、若い騎士達はオルジナ公に向き直ると跪く。
「熱心に鍛錬しているな。お前達の精進が命を落とした者達への手向けにもなろう」
周囲を見渡すと、騎士達はみな沈痛な面持ちで俯く。
「知っているものが殆どであろうが、昨日別邸でリネアが賊により襲われるという事件があった。これは、守りを疎かにしていた私の責でもあるが、その規模は魔導鎧を数騎擁した、ただの賊にしては大きなものだった。」
魔導鎧が数騎という言葉に、声には出さぬが動揺する騎士達。
「賊の名は血の軍団。名の通った傭兵団が何故リネア達を襲ったのかはわからぬが、我が領と接したギリモアの奴らの差金やもしれぬ。ディルフィーネ王国の盾たる我らの混乱を誘い、戦端を開く切っ掛けとする目算だったのかはさておき……」
名の通った傭兵団が主人の娘を襲ったという事態に、流石にどよめきが漏れる。
自らが矢面に立つ覚悟は十二分に持ち合わせているが、敬愛する主の娘が危機にあったことにはさしもの屈強の騎士も動揺する。
「静まれ! 閣下の御前であるぞ!」
先頭に居た指導役の騎士が振り返りひと睨みすると、ようやく動揺の声が消える。
――ディルフィーネ王国とギリモア国か。軍事的緊張は国境の常といったところか。
『娘殺して動揺を誘うだなんて、三下のやることね。みっともない』
――そもそも、それが事実なのかどうかもわからぬだろうに。
「統率していた正騎士のエルモアを始め、トマス達の様な若い従騎士達も命を落としたが、彼らの果敢な忠義のおかげでリネア達は救われた。騎士の鑑である!」
「しかし、魔導鎧の装者のおらぬ護衛隊が数騎の魔導鎧にどう勝ったのか、疑問に思う者いるだろう」
昨日、馬車へと案内してくれた女騎士――シャルティエが俺の背中に手を添えると、前に出るように促す。
促されるままにオルジナ公の横に立たされる。
「ここに居る、流浪の騎士トウヤが魔導鎧を駆り、愚かな賊共を蹴散らしたのだ!」
バシンと背中を叩かれて、つんのめりそうになるが何とか耐える。
「リネアを救うという功にどう報いるべきか考えたが、私は騎士トウヤを騎士団に迎え入れようと思う」
いきなりだな……だが、ここで動くには立場がある方がいいのもまた事実。
空気を読んで、オルジナ公に向き直り膝をつく。
「だが、突然素性の知れぬものが騎士団に入るということに納得せぬものもおろう。シャルティエ、カルナストウの騎士のモットーを述べよ」
「騎士は声でなく剣で以ってその意地を通せ!」
シャルティエがよく通る透き通った声で述べる。
「そこで、騎士団の手練と、このトウヤで模擬戦を行いその実力を示してもらう。無論トウヤが負けるようなことがあれば、トウヤには褒美として金貨を与えるのみに留まることとする」
力を示すことに異論は無い。
「閣下、模擬戦については、魔導鎧無しにて勝負したいと思います」
「よかろう。では相手を指定するが、誰もが納得する強者を相手にしてもらおう」
オルジナ公がニヤリと笑うと、暫く周囲を見渡した後、対戦相手を指名する。
「シャルティエ、お前が適任だろう」
シャルティエを指名した瞬間、周囲の騎士達の困惑の声が聞こえる。
「まさか、シャルティエ殿と……」
「いくら強くてもあの方に敵うとは……」
「多数の魔導鎧を相手に完勝するのだ。わからんぞ……」
シャルティエは騎士団の中でも実力者なのであろう。
オルジナ公の護衛筆頭のような立ち位置に居たことからも、納得できる。
それに、馬車の屋根の気配……あれも彼女だろう。
「御意に」
女騎士シャルティエが、模擬戦の為に開けた場所に進む。
腰に指した二本の片手剣を抜くとだらりと脱力する。
「魔法については、身体強化のみ可とする。存分に競うが良い!」
大音声で模擬戦の開始を宣言するオルジナ公。
『黒依が無くても、トウヤが負けるだなんてありえない話ね。ちょろいじゃない。』
クロエに言われる迄もない。
武器棚に立てかけられた短槍を二本手に取ると、女騎士に対峙する。
――鳥の声も風の音すらも止み、ここに居る全てが二人を見ていた。
摺り足のまま、円を描くようにじりじり距離を詰める。
双剣と二振りの短槍という似たような武器だと、自ずと互いの動きの予想が付くが故に、隙の探り合いとなる。
「防具はいいのか?」
今は、こちらに召喚されたままの服装をしている。
黒いジーンズに、白のボタンダウンのシャツを着ている。
対するシャルティエはブレストプレートと、篭手と脚甲のみの速さを阻害せぬ軽戦士の出で立ち。
右手の篭手に光る宝石は、彼女も魔導鎧装者である証。
「必要無い」
汚れるくらいは想定しているが、攻撃が当たって破れるなどとは微塵にも思わない。
この程度で
「そうかッ!」
言い終わるや否や、シャルティエが一足飛びに踏み込んでくる。
右足で踏み込む突きに対して、更にこちらから踏み込むことで、腕が伸びきる前に懐に入る。
「ちいッ!」
距離をとって回避すると思っていたのか、内側に入られることを嫌って突きを横斬りへとスイッチする。
「甘い!」
後の先を取り、左の槍で剣を打ち払う。
そのまま肩から鎧に守られた胴に体当りし、体制を崩す。
シャルティエは倒れまいと重心を後ろに置こうとするが、そのまま体制を低くしてブレストプレートに肘打ち――八極拳で言う裡門頂肘、で追い打ちをかける。
俺は槍だけで戦うとは一言も言っていない。
「やるなッ!」
シャルティエは、肘のインパクトの瞬間、受けて踏ん張ることを放棄し、衝撃を殺すために後ろに跳ぶことを選択する。
こちらも後ろに跳び、距離をとって仕切り直すと見せかける。
大きく体を反らして、全身のバネを使い左の槍を投擲する。
「こいつはどうだ?」
目的はシャルティエの前方。地面に打ち込み、土煙と礫で視界を封じる。
「貰うぞ」
地面スレスレまで姿勢を低くし、シャルティエに向かって駆け出す。
土煙をくぐり抜け突きの間合いに入るが、シャルティエが冷静に待ち構えていた。
その身体は、先程とは変わって身体強化の魔法の効果か、オーラのようなもので覆われている。
「さあ、これを捌いてみろ!」
如何に訓練用といえど、この突きを喰らえば只では済むまいが……
「来るとわかっていれば!」
突きを放つが、双剣を下に向けて交差させ、槍の軌道を強制的に地面へと向ける。
「とったッ!」
手首を返し、槍の柄に剣を沿わせ、まるでレールのように剣を滑らせながら斬りつけてくる。
そうこなくては面白くない。
『楽しそうね』
――当然ッ!
「ふんッ!」
右手の力で無理やり剣を跳ね上げると、追撃はせずバックステップで距離を取る。
「中々やるじゃないか」
それこそ、前の世界の低級怪人達を凌ぐ実力だろう。
「貴方のその余裕、気に入りませんね……」
シャルティエは、左手の剣を地面に突き立てると、トントンとリズミカルに跳躍し、いつでも飛び出せる体制である。
まるで、「こちらの準備はできているぞ」とでも言う様に。
「だったら本気を出させてみせろよ」
俺の挑発に、シャルティエの表情が険しくなる。
激発するわけではなく、その怒りを静かにその力を剣に込めている。
『トウヤ、アナタ今相当悪い顔してるわよ』
――元悪人だ。当然だろう
全身を沈み込ませるように矯め、今の最速の突きを繰り出すためのカタチをとる。
シャルティエも、右手を引き、左手を照準器のように突き出して突きの態勢を取る。
重心を低くし、今にも飛びかからんといった構えは、彼女の髪の色も相まって、さながら銀狼といったところだ。
「お互い様子見は終わりか? では……次の一合で終わりにせよ!」
眺めるオルジナ公がニヤニヤと笑いながら言う。
その横では、リネアが心配そうな顔で動向を見守っていた。
「行くぞ!」
「応ッ!」
お互いが矢となり、疾風の突きが放たれる。
シャルティエの突きは速い。
――速いがアイツ程ではない。
剣の先端を寸分違わず突く。
インパクトの瞬間にシャルティエの突きと拮抗するように力を入れ、完全に勢いを殺すことで、まるで二人の時間が静止したかの様に戦場から一切の動作が消える。
「お互い有効打は入れることが出来なかった……引き分けかな?」
『意地悪ね』
念話で言うクロエ。
自分でもそう思うところも多少あるから何も言い返せない。
槍を下ろして背を向ける。
地面に突き立てられたもう一本の槍を拾うと、武器棚の近くに居た騎士に手渡す。
「これ、頼むよ」
ポカンとした様子で受け取る騎士だったが、すぐに我に返るとテキパキと槍を片付け始める。
「引き分けだと……よく言う」
俺と並んでオルジナ公の元に向かうシャルティエが、不機嫌な顔で言う。
「それで、シャルティエよ。引き分けという事だが、トウヤが騎士団に入る事に対する存念を述べよ」
オルジナ公がニヤニヤと笑いながらシャルティエに問う。
「その技量に些かの見劣りもなく、閣下の騎士団においても十分に戦働きができるものかと」
あの方も存外人が悪い。
少し離れたところで、騎士達とともに観戦していたリネアも騒いでいる。
「当たり前です! なんて言ったって私の使い魔の騎士ですから!」
と、むふー、と鼻息を荒らげて周囲の騎士に自慢している。
周囲の騎士達も、温かい眼差しで見守っている。
本当に愛されているな……リネアは。
「魔導鎧を複数騎相手取り勝利する男だ。手元においておかねば、故事にある『宝を川に流す愚か者』を体現するのかと先祖に笑われようぞ」
オルジナ公がこちらに向き直る。
再び跪くとオルジナ公は鷹揚に頷く。
腰の剣を抜くと、剣の平で俺の肩を軽く叩く。
この瞬間、俺はオルジナ公の騎士として叙任された。
「この時を以って、トウヤをカルナストウの騎士として認める」
わっ、と騎士達から歓声が上がる。
完全なよそ者なら、この様に歓迎を受けることなどなかっただろうが、俺は結果的に同僚だった騎士達の仇討ちをしたため、彼らから好意的に見られているのだろう。
「おめでとうございますトウヤ様! これも聖霊様のお導きですね」
リネアが笑顔で駆け寄ってくると、騎士に任じられたことを祝福してくれる。
ぴょんぴょんと周りを跳ねるリネアに、遠巻きに見つめる騎士達がヒソヒソと何かを囁いている。
「リネア様はトウヤ殿をえらく気に入っているようだな」
「窮地をすんでのところで救われたのだ。まるでおとぎ話の騎士ではないか」
「しかし、そうなると閣下が怖い。閣下の溺愛ぶりは異常だからな。」
「見ろ閣下を……平静を装っているが、こめかみ辺りが……」
――トウヤには聞こえていないが、クロエはその性能ゆえにその声を捉えていた。
「彼らは何を言っているんだ?」
『さあ? ワタシにも聞こえないわ』
――きっとクロエに表情があれば、ニヤニヤと意地の悪い顔をしているに違いない。彼女はトウヤの困った様子を記録し、厳重にプロテクトを掛けてコレクションすることが趣味だ。ことあるごとに再生しては、一人愉しむ。
「それでは、今日の訓練はここまでとしよう。新顔が来た日は宴会と相場が決まっている! お前達、存分に楽しめ!」
豪快に笑いながら、邸宅に戻るオルジナ公。
その後ろにはシャルティエが音もなく付き従う。
「わ、私も宴会に……」
リネアがそろそろとこちらに向かってくる。
「はーい、お嬢様は本邸に戻りましょうねー」
トリスがリネアを捕まえると、ずるずると引きずりながらオルジナ公に合流する。
「トリスの馬鹿ー! 裏切り者ー!」
「では皆様方。失礼致します」
その様子を見届けたカウフが、こちらに向けて一礼する。
ぞろぞろと鍛錬を終えた騎士達が群がってくる。
みな笑顔である者は俺の肩を抱き、ある者はバンバンと背中を叩く。
「さ、トウヤ殿! 食堂に急ぎましょう!」
「酒を飲みながら、戦いの事、忠義を尽くしたあいつらの事を話して下さい」
「弔い酒と祝い酒だ! 倒れるまで飲むぞ!」
受け入れられることに、暖かな気持ちになる。
かつて喪ったものを再び手に入れた様な感覚に、自然と笑顔になる。
『ワタシは、貴方がここに喚ばれた意味が、少しだけわかった気がするわ』
「そうか」
――食堂の床が死屍累々の惨状となり、俺を含めた全員がシャルティエに蹴り起こされるまで宴は続いた。
* * * * * * *
――オルジナ領主 グラーツ・オルジナ・カルナストウの執務室にて
「それで、あの男はどうだった?」
グラーツが傍に控える女騎士シャルティエ・カーンズに問う。
「魔法を使用した戦闘は未知数ですが、単純な力量で言えば私を大幅に上回っております。」
シャルティエが淡々とした口調で報告する。
「では、仮に魔導鎧無しでお互い全力で戦った場合はどうか。我が騎士団の最高戦力の一人としてどう判断する? "銀狼"シャルよ」
「腕一本といったところでしょうか」
特に表情を変えず、粛々と報告するシャルティエに、再度問う。
「腕一本を捨てれば奴を殺せるのか?」
そこまで言ったところで、シャルティエの表情が曇る。
「どんな魔導鎧を使用するのかは分かりませんが、同じ鎧を使ったと仮定すれば、腕一本とったところで私が死にます」
「……そうか」
流暢な会話が可能な程、こちらの世界に干渉できる精霊と契約しているのだ。
魔導鎧戦の実力は察しがつくが、通常の戦闘もそこまでの実力があるか。
「奴を迎え入れた俺の判断は誤りか?」
シャルティエではなく、脇に立つ執事に語りかける。
「いえ、そのお考えは間違ってはおりません」
執事――カウフは丁寧に答える。
「では詳細を聞かせてもらおう」
「はい。賊の総数は不明ですが。まずは、警邏の従騎士が殺害され、広範囲に魔法が打ち込まれました」
「奇襲の上に撹乱という訳か」
「はい、こちらの主だった実力者は邸宅の外で迎撃に移り、残った数名と側使えのトリス、そして私でリネアお嬢様のお部屋の守備に」
「続けろ」
「すぐに旦那様に向けて救援をお出ししましたが、扉も破られ、私とトリスも負傷したところでお嬢様が魔法を使用しまして……」
「"白刃"のカウフマンも年をとったか」
三十年以上昔の異名を出され、恐縮するカウフ。
「面目次第もございません」
「そうなると、あの男は……」
「使い魔の召喚で呼び出したと言うが」
「分かりません。ですが、少なくとも現時点では脅威とは思えません」
「何故そう思う」
「お嬢様が気に入っておられます」
「リネアちゃんは関係ないだろ! リネアちゃんは!」
確かに、一見スラリとした優男に見えるが、その衣服の下にはしなやかな筋肉が隠されていた。
意外と負けん気も強いようだし、冷静さも備えている……身元は定かではないが、騎士であるというし我が騎士団で昇進していけばそれも解決してしまう。
――これでは優良物件ではないか!
「ぬあああああああああ!! 認めんぞ! 認めんぞォ!」
「閣下、落ち着いて下さい」
シャルティエが普段の冷静さを失い、おろおろと部屋の中を右往左往する。
「リネアちゃんは誰にも嫁にやらんぞォォ!!」