蹂躙する黒き風
一応ここからは基本的にトウヤさんの一人称で進めていきます。
最初の犠牲者が、声もあげることも出来ずにあの世に旅立つ。
「クロエ、全機能スキャン」
戦術支援AI"クロエ"に命じ、損傷状況を確認させる。
このまま続けるにしても、途中で参式強化外骨格が解除されてしまってはヒーローらしくない。
『あらゆる機構に深刻なダメージを確認。――稼働率22%。戦術支援AIとして戦闘行動の回避を提言します。』
現在の状況を機械的な音声が読み上げる。
『この報告を聞いて、戦おうというのはよっぽどの馬鹿か、マゾくらいなものね』
先程とは打って変わって、感情がたっぷりと含まれた声。
俺の相棒であるクロエは、軽口が過ぎるくらいで丁度いい。
思った以上に余裕は無いが、戦いを辞める理由にはならない。
目標の強さよりも、時間との戦いになりそうだ。
「稼働限界はどうだ」
『戦闘行動は10秒ってとこ……ここにとびきりのマゾ野郎が居たのを忘れていたわ』
「一気に行く――ソニックフォーム起動」
『全く、AI使いの荒いマスターだこと』
きっとクロエが人間ならば、やれやれといった表情で溜息をついているのだろう。
だが、今は俺に付き合ってもらう。
『I copy my Master――"SonicForm"――Ready』
クロエが純粋なサポートに徹する際の、機械的な音声。
腕と脚部の装甲が展開し、露出した吸気口が甲高い音を立てて大気を吸い込む。
圧縮した空気を炸裂させることにより、直線機動の一時的な強化を行う形態"ソニックフォーム"へと移行する。
『発動と同時にカウントを開始します』
大気の圧縮が極限に達し、ただの空気だったものが力へと昇華する。
『――Burst』
下肢に込めた力が、展開したブースターの推進力を得て爆発力な加速を生む。
音を置き去りに、残像を残したまま、敵とすれ違いざまに両手の槍で薙ぐ。
「まずは二つ!」
『9』
攻撃を受けていない敵は残像に意識を向けているが、勘のいい何体かは移動の瞬間に跳んで距離をとろうとしている。
参式強化外骨格のアシストを受けた渾身の横薙ぎは、刃のついていない槍であろうとも、二人の胴を分断することは容易い。
胴と泣き別れ、崩れ落ちる男二人を見て、生き残った者が叫ぶ。
「デジエとクロッゾがやられた!」
お前達にも仲間意識は在っただろう。
だから、その業も俺が背負おう。
「畜生!行くぞ!」
復讐心もあるだろう、それも俺が背負おう。
「風刃!」
「火炎弾!」
「足焼く熱泥!」
口々に呪文を唱える男達。
『8』
敵も慌てて反撃に移ろうとする。
前衛の三人が迫り後衛の三人が手のひらをこちらに向ける。
立ち向かうことで活路を開こうという、決意が窺える踏み込みだ。
『7……前方の空間一帯にエネルギー反応』
ステップでかわそうとしたところ、突然足元一帯がぬかるみ、泥に足を取られる。
「むっ……」
動きが止まったところに火炎弾が迫る。
腕をクロスさせ防御し、炎を振り払う。
炎が晴れた所に間髪入れずに、首を目掛けて空気による不可視の刃が襲い来る……が、質量を伴わないこの程度の斬撃では、黒依の装甲を抜くことはできない。
「黒依を舐めないでもらおうか!」
近接組の装備は、長剣が二人とハルバードが一人だが――
長剣使いの攻撃タイミングはほぼ同時。
少し遅れてハルバードが脚部を薙ぐために振りかぶっている。
剣の二連攻撃を上段で受けさせ、隙の出来た下段にハルバードで足を薙ぐためことで機動力を奪うつもりだろう。
戦術としてはなかなかだが、進んで相手の手に乗るつもりはない。
「デジエとクロッゾの仇だ!」
長剣の二人は飛び上がり、殊更に上段を意識させる。
攻撃動作の起こりに合わせ、再度加速。
脚部スラスターから吹き出た爆風が足元の泥を根こそぎ吹き飛ばし、露出した地面を踏みしめて飛び出す。
長剣使いの二人は振り上げたままでがら空きの胴。
右手の槍で一人目の胴を突くと、槍は手放す。
『6』
そのまま無手の右手を二人目の長剣使いの脇腹に当てると手首の衝撃砲を発射する。
遠距離でも十二分な殺傷力を持つ、圧縮された空気の爆発を受けた二人目の男は、鎧を光の粒子に変えながら弾丸のように吹き飛び、その体をも光の粒子へと変えながら二度と起きあがらなかった。
『5』
左手の槍を振りかぶったハルバードにわざと叩き付け、仰け反った男に肉薄し、相手の胸に背中を預け、もたれかかる体制をとる。
――爆縮解放
加速の為に使用される、超圧縮された空気が一気に背中のスラスターから吹き出す。
前に進むための力の方向を脚力で無理矢理押し留め、背中全体を衝撃砲に変える。
轟音の後にはかつて人だったモノが点々と残るのみ。
これで前衛は全て倒した。残るは三人。
『4』
全開で再吸気をし、高く跳躍する。
天高く太陽を背にし、右足を突き出す。
『3』
上昇が止まり、自由落下を始める。
目標の三人は立ち竦み、微動だにしない。
『2』
クロエの補助の下、全てのスラスターの方向を揃え、目標への機動を最終調整を行う。
「――ソニックインパクト」
『1――』
全スラスターの一斉加速で、必殺の一撃を放つ。
その蹴りは一本の黒い線となり
音を置き去り
姿を置き去り
ただ、結果のみを残していた。
即ち――敵対者の完全消滅。
『0』
――Timeover
『強制解除します』
光の粒子と共に、黒依が解除される。
最初に確認した敵は十人居た筈だ。
周囲を見渡すが、死体以外は何もない。
鎧を着ていなかった奴らも、いつの間にか姿を消している。
「クロエ、反応はどうだ」
最初に吹き飛ばした奴と、あと一体鎧が居たはずだが……
『ちょっと待って……多数の反応が数百m先。まっすぐにこちらから離れていく……撤退行動ね。あの鎧の反応も二つ含まれているわ』
当面の脅威を排除した俺達は、助けを求めていた少女の元へと向かう。
* * * * * * *
「無事か?」
少女に声をかけると、目に涙を溜めた顔が見えた。
やや金の強いプラチナブロンドの髪が揺れる。
身長は150センチそこそこで女性的な体つき、顔立ちは整っている。
「そうだ、トリス!」
少女が、トリスと呼ばれた女性に駆け寄る。
負傷した頭部に向けて手のひらを向けると、淡い光が灯る。
「治癒魔法は得意じゃないけど……」
あの光は何だ?
それに魔法とは……ゲームやアニメの中のフィクションではないのか?
魔法じみた攻撃をする敵はいくらでも居たが、残念ながら本物の魔法使いは見た事が無い。
まさか、先程の鎧達の攻撃は、そういった能力を持った武装ではなく魔法だったというのか
「うっ……リネアお嬢様?」
トリスと呼ばれた女性が意識を取り戻す。
「お願いトリス……カウフを助けて!私の治癒魔法じゃ効かないの!」
まだふらつくのだろう。
辿々しい足取りで散乱した家具の辺りに倒れている執事服の老人に近寄ると、手のひらを老人に向け、何かを呟く。
すると、強く輝く光が老人の体全体を包む。
「高位治癒!」
先程までは息も絶え絶えといった様子の老人だったが、みるみる血色が良くなり、呼吸のために上下する胸もゆっくりと穏やかなものになる。
その姿を見て安心したのか、ほうっと一つ息を吐くと、リネアと呼ばれた少女がこちらを向く。
「ありがとうございます。私達の命を救って頂いて感謝しております」
笑う少女の顔に、何か胸の奥に刺さるような感覚があったが、それが何かは俺にはわからない。
まずは、彼女から情報を引き出すことを目的にしよう。
「まずは名を……教えてくれないか?」
「私はリネア。カルナストウ領主であるグラーツ・オルジナ公爵が三女。リネア・オルジナ・カルナストウと申します」
スッと片足を引き、スカートを摘み礼をする。
見事なカーテシーを見せる。
年は14、5といったところだろう。
手入れの行き届いたプラチナブロンドの髪と萌黄色のワンピースが良く似合っている。
カルナストウ領を治めるオルジア家のリネア……立ち居振る舞いから、ある程度の地位にある者だとは予想していたが、封建領主の娘とはな。
しかも公爵家……俺の知識が確かならば、王族と血縁にある家に与えられる爵位の筈。
どう転ぶにしても厄介そうだ。
『データベースからは、有史以来カルナストウという地名は存在していないわ』
――そうか。
クロエは俺の聴覚神経に直接働きかけることで、念話の様に会話することができる。
俺はこの機能を念話状態と呼んでいるが、現在はその念話状態でクロエと会話している。
『大気中の成分や天体位置など、先程までに収集したデータと総合すれば、99.9999996%の確率で……』
――ここは俺達が居た世界ではない、ということか。ちなみに端数は何だ。
『この世界そのものが、何者かがトウヤの脳に干渉して見せている仮想現実の可能性なんだけど……現状、私の攻性防壁を突破し、その足跡を完全に隠匿した状態でトウヤに干渉できる演算能力だなんて、馬鹿とお兄様を直列化でもしない限り考えられないわ』
つまり、ほぼ確実に異世界に来てしまったというワケだ。
漫画や小説なら、ここで混乱の一つや二つしてみせるのだろうが、生憎、一度死を覚悟した身だ。
拾った命、好きに使わせてもらおう。
「俺は灯夜。喜志灯夜だ」
芝居がかった優雅な礼をするつもりは無い。
軽く会釈して名乗る。
普段はトウヤとしか呼ばれていない為、姓を名乗るのは久しぶりだ。
「まぁ! やっぱりトウヤ様は騎士でいらっしゃったのね!」
リネアが、大きな目を更に大きくして反応する。
若干、ニュアンスが違う様な気もするが、明らかに日本人ではない者達とスムーズに会話出来ている時点で、深く考えてはいけないのだろう。
「それで、どこにお仕えになっていたのですか?」
かつての所属を問うリネア。
自分で言うのも何だが、得体の知れぬ相手の素性を探ろうとすることは、血筋そのものに意味を持つ貴族の子女としては当然の行動だろう。
どうせ知るまい。言っても問題なかろう。
「フラタ……」
『トウヤ!』
突然割り込んできたクロエに驚く。
これは『言うな』ということだろう。
「いや、もはや存在しない。今は風の向くまま気の向くままの生活だ」
「そうですか……では今は流浪の身という訳ですね!」
キラキラと目を輝かせる理由がわからないが……そういう事にしておこう。
俺も素性を隠せて、彼女も納得する。
誰も損をしない、良い結果だ。
続いて側に控えていた老執事が歩み出る。
「私はオルジナ家の執事をしております。カウフと申します。この度は、お嬢様の命を下衆な輩の手からお救い下さり、感謝の極みにございます」
深々と礼をする老執事の姿は絵になる。
戦闘の為破損した執事服も、いつの間にか新品に変わっており、シワ一つ見当たらない。
白髪を後ろに流した清潔感のある髪型と、余裕を感じさせる微笑にはプロフェッショナルの貫禄を感じさせる。
「わ……私はトリスです。お嬢様の側仕えのメイドです!」
ヴィクトリア朝のメイド服に身を包んだ女性。
乱れていた格好は整えられており、ホワイトブリムを着け、後ろ髪は高めの位置のシニヨンで纏めている。
『ワタシはクロエ、ヨロシクね』
クロエが、ドライブレイサーを通じて挨拶をすると、リネアをはじめ、カウフとトリスが片膝をついて跪く。
「非礼をお許し下さい。クロエ様におかれましては、さぞ高位の精霊様とお見受けいたします。この度は、我が生命のみならず、従者を救っていただき、感謝に耐えません」
まるで王族に傅くかの様な態度だ。
『トウヤの選択ですもの、ワタシに是非など無いわ』
――どういう事だ?
尊大さを含んだ、芝居がかった口調で応えるクロエに、念話で問う。
『さっき戦った男の人達の会話を分析したの。あの人達、ワタシとトウヤが会話したことに酷く驚いていたわ。』
確かに、あの瞬間奴らは狼狽していた。
しかも、未知の現象に対する驚愕というよりは、既知でありながら、想定をはるかに超えた事態に遭遇したといった様子だった。
『ま、ワタシに任せておいて』
任せるのはいいが、跪いたままのリネア達に何をする気だ。
『お願いリネア、どうか楽にして頂戴』
クロエの声に立ち上がるリネア達。
『ねえリネア、ワタシはワタシとして生まれたから、他の精霊のことは知らないの。だから教えて頂戴な』
「はい! それでは、僭越ながら説明させていただきます。」
誤解させたまま情報を引き出そうとするクロエの手管に舌を巻く。
「そもそも、この世に顕現された精霊は、その全てが精霊界におわす大いなる精霊……聖霊様の分霊だと言われております。」
――何故会話したことに驚くのか聞き出せ。
『あら、ワタシはそんな感覚ないんだけど……で、なんでワタシが喋れることにびっくりしてたの?』
「はい、精霊がこの世界で顕現し、力を行使するには、私達人間という依代が必要となりますが、精霊を精霊界から呼び出す"契約の儀"の際に依代たる人間の保有する魔力の質と量が、精霊が行使できる力の質と同義となるためです」
――なるほど、聖霊と呼ばれるオリジナル領域からコピーできる容量が、人間の性能により違っているのか。
『みんな喋れるんじゃないの?』
「いえ、未熟な契約者の場合ですと、契約者の思考に同調して魔力の行使を補助するのが精一杯でして……」
――容量が少ないと、精霊が自我を確立するためのリソースが足りず、ツールとしての役割しかこなせないという訳だな。
「つまり、クロエ様のようにお力の強い精霊程、聖霊様に近い存在と見做されますし、魔導に優れていなければ、その契約者足り得ないからです」
『そうだったの。リネア、どうもありがとう』
「お、お役に立てて光栄です!」
クロエの感謝の言葉に、リネアが再び跪く。
俺は慌てて立つように促す。全部誤解だから精神的に辛い……胃が痛くなりそうだ。
――精霊を見れば、契約者のおおよそのスペックが推測できるということか。
『高位の精霊っていうのは、まるでAIみたいね』
クロエの念話の内容に同意する。
しかし、聖霊なるものが思考し、明確な意志を持った存在なのだとしたら聖霊側にまるでメリットが感じられない。
人間の知らない利益があるのか、はたまた人間程度が何をしようと意に介していないのか……
あるいは、そういうシステムなのか。
「ですので、トウヤ様が優れたお方だということはすぐに分かりましたわ」
リネアはニコニコと笑顔で言う。
全くの誤解だが、美少女に言われれば悪い気はしない。
「トウヤ様の魔力隠匿は完璧といっていいレベル……今も感じ取ることができません。魔力を感知されることは戦場では命取り。常在戦場の精神たるや、このカウフも感服いたします。」
カウフが補足する。
俺は魔力などという怪しげなパワーを持ち合わせていないのだから当然だ。
『元悪の組織の大幹部で、今は変な鎧来て暴れまわってる男は十分に怪しいけどね』
――自分で変な鎧っていうのか
「あ、あのっ……トウヤ様!」
リネアがこちら側に踏み込み、俺の両手を掴む。
その顔はやや赤い。何か重大な用件なのだろう。目に力強さが見える。
「わたっ……私の」
『あら……』
クロエの声が気になったが、まずリネアの用件を確認しよう。
「リィイイイイイイネアあああああああッ!!」
背後で爆音が響き、思わず振り返ると……
――筋骨隆々立派な髭を蓄えた壮年の男が居た。
ドアだった所に仁王立ちし、こちらを射殺さんばかりに睨みつけている。
分かり易く言えば、すごいヒゲダルマが俺にガンを飛ばしていた。
――今までの経験からすると、この手のヒゲは思い込みが激しく、人の話を聞かない。――嫌な予感しかしない。
『素敵なおヒゲね』
黙ってろ。