喚び出したるは 無双の黒騎士
「む、無傷だとォ!?」
魔法の至近弾を受けて無傷の騎士。
傭兵達の脳裏にある単語がよぎる。
――魔導鎧
魔力を糧に装着者に無類の力を与える兵装。
精霊と契約した騎士が装着者となり、あらゆる魔法に高い抵抗を誇る鎧。
常人離れした魔力親和性により、熟達した装着者なら直接攻撃に純粋な魔力を乗せ、爆発的に攻撃力を増す戦場の華。
「魔導鎧だァッ!」
傭兵の判断は早い。
戦場では一瞬の判断が生死を分ける。
一角兎のような臆病さは何度も彼らを救った。
「さて、いきなりだったので事故の可能性もある。一応聞くが」
周囲を見渡しながら、騎士が男達に尋ねる。
その口調は、今まさに戦場に身を置いているとは思えない程に落ち着いている。
「素直に撤退するなら、見逃してやるが……どうだ?」
「見逃す」という言葉に男達がざわめく。
ハッタリなのか本気なのか、真偽の程は定かではない。
だが、たった一人に対して尻尾を巻く程、男達は弱腰ではなかった。
「テメェこそ、いくら魔導鎧だろうと、この人数に勝てるワケがねえ!」
魔導鎧が一騎ならば、男達は自分達の戦力で勝てると確信していた。
ここにいる者達が戦力の全てではないからだ。
「そうか……大勢で女子供や年寄りを嬲るお前達を、俺は悪だと断定する」
黒い騎士が、男達に向き直り静かに言い放つ。
「クロエ……生きているか?」
黒き鎧の騎士が独り言を言う。
その様子に、傭兵の一人、ザックには覚えがあった。
精霊との会話――すなわち、会話が可能な程の高位の精霊と契約しているという事実。
『ええ、言った通りになったわね。すぐに会えるって』
鎧の右腕辺りから女の声がする。
やはり精霊だ!
ザックの心臓は早鐘のように鳴る。
「早くタイランを呼べ!」
この場のリーダー格のハンスが叫ぶ。
ザックは懐から素早く魔力を内包した石――魔石を取り出すと、開放に必要な衝撃を与える為、剣の柄で殴りつけてから窓へと投げつけると魔石が赤色の強烈な光を放つ。
「む……何かの合図か?」
黒い騎士の察する通り、援軍を呼ぶための合図。
それも、魔導鎧などの現状の戦力では到底太刀打ち出来ない相手が現れたという合図。
これを見た頼もしい仲間がすぐさま援軍が来る手筈だ。
「さて、死んだと思えば、いきなり女の子に助けを求められるとは。いささか物語として出来過ぎな気もするが……是非も無い」
『あら、まんざらでも無い癖に』
「……まあな」
黒い騎士の身体がぶれると、まるで至近距離で衝撃波が炸裂したような勢いで、傭兵達が吹き飛ばされる。
武器は持っていなかった筈……つまり素手でこれほどの威力を持っているという事だ。
「手加減は一度きりだぞ」
ザックは恐怖した。
もしこの膂力で純魔力を纏った武器攻撃を食らったら、きっと自分など跡形もなく消滅してしまうだろう。
「タイランが来るまで持ちこたえろォ!」
一方、ハンスは無事な仲間を指揮しながら防御を固める。
すぐにタイランが来る。
そうすればこの勝負も分からない。
――タイランに遅滞戦闘を任せてこの場を離脱する。
その後、全戦力で包囲して押し潰す。
こちらの擁している魔導鎧の装者の全てを以って消耗戦を仕掛ければ、相手の方が先に魔力を切らす筈だ。
きっと団長もそうする。
「何が狙いか知らんが、やらせて貰う!」
黒い騎士――トウヤが踏み込んで、傭兵達を薙ぎ払おうとした刹那に邪魔が入る。
「待たせたね、皆。随分手酷くやられているみたいだけど」
若草色の金属鎧が乱入し、トウヤを妨害する。
体の大部分を重い金属鎧に身を包んでいるにもかかわらず、その動きは機敏である。
「新手か」
先程までの相手とは違うと直感し、トウヤは構え直す。
一分の隙もない構えに、タイランは苦笑する。
――ああ、援軍なんて安請け合いするんじゃあなかったと
「すまねぇタイラン! 時間を稼いでくれ!」
ハンスは言うや否や、負傷者たちを手早く運び出し、撤退する。
ザックは慌てて追いかけるが、タイランに一声かけずにはいられなかった。
「タイラン、奴は精霊と会話してた! ヤバイぞ!」
そんなことをわざわざ教えてくれて、どうもありがとうと皮肉を込めて言いたくなったが、相手の実力を正確に測るための材料なのは確かだ。
「とりあえず、時間を稼がせてもらうよっ!」
タイランが担いだ両手剣を一閃するが、トウヤは剣の腹に左の篭手を当てて上に弾く。
「そこそこ速いが……」
後から出したにもかかわらず、左手の速度は剣閃を凌駕していた。
全力で剣を振るったにも関わらず、簡単にいなされた事にタイランはひどく動揺するが、顔には出さない。
「その程度の腕で俺と戦うのは無謀だぞ」
がら空きになったタイランの胴に右の正拳が迫るが、必死になって体を捻る事で何とか避ける。
「こりゃ参った。強いね旦那」
タイランはおどけて言うが、声色とは裏腹に、背中には嫌な汗がとめどなく流れている感覚があった。
早く退却の合図が欲しい。
一体どれくらい時間が経った? 五分か? 十分か?
実際には一分程度しか時間は経過していないが、タイランの体感時間は極限まで引き伸ばされていた。
「おっそろしく強い全身鎧なんて聞いたこと無いんですがねえ……」
魔導鎧はただの鎧ではない。
精霊の導きにより、装着者に最適な形態で展開される。
急所を守るように装甲が覆い、動きを阻害しない様、非装甲部を魔力による障壁で防御することが一般的であるからだ。
「なら、今知るといい」
タイラン自身も、ハーフヘルムとブレストプレート、篭手、脚甲のいかにも軽戦士といった格好であるが、精霊の補助による障壁のお陰で、そこいらの魔力なしの重戦士とは比べ物にならない程の防御力を誇っている。
「至近距離の魔法で無傷、おまけに動きはデタラメに速い。なるほど、こりゃバケモノだ」
『お前、トウヤをバケモノ呼ばわりしたわね』
トウヤの右手が上がり、手のひらがタイランに向く。
『死になさい』
手首に装着された衝撃砲が轟音を上げ、破滅的な衝撃が亜音速でタイランを襲い、防御姿勢をとることも出来ないまま、窓の外へと吹き飛んでいく。
「クロエ、お前勝手に……」
『別にいいじゃない』
* * * * * * *
「団長! ありゃあヤバイですぜ!」
ハンスが、団長と呼ばれた男――クラウスに進言すると、クラウスはいささかの逡巡もなく決断する。
「全装者は戦闘準備。タイランも長くは持つまい。囲んで魔力枯渇を誘発させ、その後に殺す!」
魔力枯渇――対魔導鎧の基本戦術。
魔導鎧は展開しているだけで魔力を消費し、戦闘行動の全てで多量の魔力が必要となる。
そして、魔力の著しい欠乏は意識の喪失を伴い、魔導鎧は自動的に魔素に還る。
当然、力を行使するのに魔力を必要とする精霊の助力も無い為、あとに残るのは無抵抗な人間のみ。
古来、幾人もの英傑、英雄が魔力枯渇の果てに命を落としているのは武に身を置く者であれば、誰もが知っている。
殿軍を引き受けた古今無双や、押し寄せる魔物からたった一人で街を守り抜こうとした英雄が魔力枯渇により命を落としている。
「召喚!」
複数の男達が右手の篭手を掲げると、篭手の甲に嵌められた宝石が光を放つ。
光が止むと全身が金属鎧に覆われた騎士達が現れる。
この魔導鎧の集団こそが血の軍団の虎の子。
この場にいないタイランを含めた十騎の集中運用で幾度の戦場を切り抜けてきた。
クラウスは手塩に掛けて育てた装者達に絶対の自信を持っていた。
王国の近衛騎士団だって、同人数であれば勝てはしないまでも負けない戦が出来ると思っていた。
「タイランを呼び戻せ!」
ハンスが退却の合図である笛を吹こうとした瞬間、窓から飛び出てくる若草色の塊。
色で分かる……あれはタイランだ。
「タイラン!」
クラウスは勢いよく転がっていくタイランに声を掛けるが、タイランに反応は無い。
鎧が解除されていないことから、気絶はしていないまでも動けなくなるほどのダメージを受けていることが分かる。
「こりゃあ……ちぃっと骨だ」
タイランが突入してから二分程度しか立っていない。
だが、あのタイランを倒したのだ、かなりの魔力を消費している筈。
クラウスはタイランを後方に下げ、残った装者達に陣形を組ませる。
舐めはしない。
全力で殺す。
「同じ様なのが結構いるんだな……」
何事も無かったかのように、クラウス達の前に降り立つ黒い騎士。
「それならば、こちらも得物を使わせてもらおう」
右手を振るうと、展開デバイス"ドライブレイサー"から呼び出された近接兵装"ブラッドスピア"が両手に現れる。
70センチ程度のほぼ棒状の短槍は突くだけではなく払うにも適しており、これを両手に持つ事で攻防一体の戦いが出来る。
『トウヤ、展開限界が近づいているわよ』
クラウスがその声にほくそ笑む。
――魔力枯渇が近いということだ。
「問題無い。その前に終わらせる」
トウヤが言い終わるや否や、その姿がぶれる。
一騎の魔導鎧の胴に大穴が空けられていた。
自分に大穴が空けられていることにも気づかなかった男は、自分の胴を見た瞬間、意識と共に生を手放した
「まずは一人」