オーヴァードライヴ
二千数百年以上の栄華を誇ったアリステア神聖公国が崩壊して百年。
幾度となく繰り返されたアリステアの内戦の後に、エル・ムンド一の大国であるヴェルトラント皇国の介入により統一されたかに見えた新生アリステア共和国も、強引な民族統一を図る共和国暫定政府に対し不満を露わにしたアリステア解放戦線が反旗を翻したことによりまたもや暗澹たる状況に陥った。
アリステア解放戦線を率いるのは共和国暫定政府議会副総統であったエンゲルブレクト・クリスティアンソンであり、迫害を受けていた少数民族や貧困層の民から絶大な支持を得ていた賢人でもあった。
共和国暫定政府の民族統一政策に難色を示していたヴェルトラント皇国はこのクリスティアンソンを擁したアリステア解放戦線を全面的に支持し、その要請を受けて武力介入に踏み切る決断を下す。
そして共和国暫定政府をアリステア独裁政府と位置付け、長きに渡る戦いが幕を開けることになった。
新生アリステア共和国領の七姉妹の月の一つであるカッサンドラは、アリステア解放戦線の衛星基地フォトンからほど近い位置にある中立地帯だ。
元々はアリステア解放戦線が拠点にしていた中立地帯も最近までアリステア独裁政府によりほぼ占拠されていたのだが、衛星基地フォトンを挟み膠着状態にある戦況を打開する為にアリステア解放戦線とヴェルトラント皇立天涯騎士団が協力し、大規模な奪還作戦を実行に移したことは記憶に新しい。
その後カッサンドラに新たに増設されたヴェルトラント皇立天涯騎士団の補給基地に赴任してきた騎士の中に、カッサンドラ奪還作戦における影の功労者がいることはあまり知られていない事実である。
フリッツ・クリューガー三等騎士曹。
第七空挺団赤の遊撃隊副隊長で魔導戦闘機パイロットのハルトヴィヒ・クリューガーを兄に持つ所為で『不遇の弟』として認識されている英雄とは程遠い三流騎士。
華やかな兄と違い、地味に目立たず生きてきたフリッツは目立った戦果をあげるわけでもなく半ば名ばかりの騎士としての評価を付けられていた。
しかしフリッツは知られてはいないが射撃の腕前はヴェルトラント皇立天涯騎士団でもトップを誇る成績を収め、狙撃兵としての資質を十分に持った逸材である。
あの第七空挺団青の遊撃隊のルシウス・ディーンをも凌ぐ撃墜スコアを保持し、堂々と一位を勝ち取ったこともあるとの噂のその当人はこの話題を避けたがっている節があるのだが、騎士団の規定訓練での話題といえばやはり彼のことになる。
その記録は未だに破られることなく、半ば伝説と化していると言っても過言ではないのだから当然といえば当然だ。
同僚たちからからかわれるようにその真偽について問われてはのらりくらりとはぐらかしてきたフリッツは決してその腕前を自慢することはなく、むしろそのことを戒めにしていた。
「銃なんて争いの火種にしかなりませんよ」と騎士としてはあるまじき発言をするフリッツは殺傷能力の高い魔導銃を嫌っている傾向にすらある。
故に、フリッツは命を狙うための銃を持つことはない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それはカッサンドラ奪還作戦でのこと。
カッサンドラの大地に降り立ったフリッツは、パーツが足りず調整ができない最新鋭の魔導戦闘機ル・フォーヴではなくアリステア解放戦線が所有している数十年前に開発された旧式魔導戦闘機テムペートで出撃することになった。
使い慣れていない機体とはいえシュミレーションや訓練時に扱ったことがある練習機に基本構造が近いので、性能はかなり落ちるがなんとかなるだろうと思ったのだ。
俺にはこれがお似合いだ。
最新鋭の魔導戦闘機を駆り命を散らす仲間たちや、圧倒的火力を誇る魔導護衛戦艦による数々破壊の惨状を見て嫌気がさしていたフリッツは皮肉な笑みを浮かべた。
戦意を喪失し、降伏の意思を見せる生身の兵士を撃つというその行為が正当であるはずがない。
何度か止めに入ったが、壊れた機械のように殺戮を繰り返す同僚たちの姿をそれ以上見ていることができずに早々に引き上げたフリッツはフォトンにある駐留基地の魔導戦闘機専用ドックに降り立つなり不機嫌オーラを全開にして自分の機体を睨みつけた。
「そんなに怖い顔をしてどうしたの?」
戻ってきたフリッツを発見した同僚で恋人のミリアム・エデン三等騎士曹が駆け寄ってくる。
パイロットスーツを着ていないので、彼女は出撃しなかったらしい。
「作戦は成功したんじゃなかったの?」
ミリアムの顔を見ていると何ともいえない哀しみが胸の奥からじわじわとにじみ出てくるようで、フリッツは何も言わずにその細い肩に顔を埋めた。
「これから残党狩りだ……。今度は戦闘機での出撃じゃないから、白兵戦用の装備と狙撃銃を用意しなければ」
フリッツは臨時のパイロットとして登録されていたが、カッサンドラの残存部隊殲滅作戦に参加するらしい。
パイロットに作戦の参加命令は出ていないのでフリッツ自身で志願したということだ。
「どうして?だって私たちはパイロットなんだから、いつでも出撃できるように待機してなきゃ」
「本隊から増援が来るまでだ。アリステア独裁政府軍の新型対空砲の所為でかなりの戦力が奪われてしまったからな」
フリッツはミリアムの温もりに震える身体を押さえながら、そっと抱きしめる。
誰にも聞こえないように、耳元で真意を告げて。
「仲間が、過ちを犯そうとしているのを黙って見過ごすわけにはいかないんだ……」
アリステア独裁政府軍の奴らに話してわかる者がいるかはわからない。
でも、無抵抗の者を殺すことが戦争終結に繋がるとは到底思えなくなってしまったから。
「奴らの拠点基地は壊滅した。うまく戦意だけを喪失させることができれば無駄な命を失わずにすむだろう」
魔導護衛戦艦に搭乗し、砲撃師として戦っているときはわからなかったことがこのカッサンドラで明らかになってしまった。
もう、見ないふりはできない。
わからないふりなど、できるわけがない。
フリッツが顔を上げれば、ミリアムは泣きそうで優しい笑みを浮かべていた。
温かい手がフリッツの前髪をそっとかきあげる。
「フリッツ……貴方、変わったわ」
「失望したか?」
ミリアムの心が離れていってしまうのが怖くなって、フリッツは彼女の震える手をそっと握り締める。
「ううん、その反対」
今度はミリアムがフリッツの胸に顔を埋めた。
「私、怖かった。あの戦闘機に乗っているのは人間だって、私たちと同じ人間だって認めるのが怖かったの」
ミリアムの不明瞭な小さな声が震えている。
いままで数多く撃ち落してきた敵艦や戦闘機に乗っているパイロットを見たことがなかったから、平気で撃ち落せたことに今さらながら気付いてしまった。
「母さんって叫んでた」
目を見開いて、ミリアムの乗る戦闘機がまるで悪魔とでもいうように見つめていた兵士たち。
その中の一人が『母さん』と叫んだ。
聞こえはしなかったがミリアムには確かに聞こえたのだ。
「これ以上何も聞きたくないよ、見たくないよっ!!」
あいつらも私たちと同じように苦しんでいるなんて知りたくないっ!!
フリッツの胸にすがりついて混乱してしまった感情をぶつけるミリアムにフリッツは同じ思いでかすれた声を出した。
「俺が、前の掃討作戦で死に損なった時にさ……俺を撃墜できたはずの相手の兵士が叫んだんだよ」
『もうやめろ、やめてくれ……これ以上、あんた達を殺したくないんだ!!』
あの時、被弾したことに激昂したフリッツの機体の背後についた敵兵はトリガースイッチを押すのではなく、ただただ、悲痛な叫び声をあげた。
「絶対に照準はコックピットにあった。だがそいつはワザと逸らした」
その時は戸惑いの方が大きくて、あのパイロットが何故自分を撃たなかったのかわからなかった。
しかし時間がたつにつれ、フリッツの疑問は膨らんでいくばかりで、敵味方なくすべてを殺したくないと奮闘していたあの声の主の行動こそが正しいのではないかと思い始めたのだ。
そして、このカッサンドラでの愚かしい復讐戦。
「俺には、言われるがままにやつらを殺したその先に平和な世界があるとは思えない」
「ヴェルトラントを守る為に戦うけど、無差別に、復讐の感情から戦うわけじゃないってこと?」
ミリアム声には非難の色はなく、ただ事実のみを確認しているように聞こえた。
フリッツは自分なりの考えを理解してほしくてミリアムの顔を胸から離し、憂う瞳を覗き込む。
やはりそこにも非難の色はない。
まるで、フリッツの決意をすべて受け入れるかのような、深く澄んだ瞳があるだけだった。
「……でも、みんながそう思っているかなんてわからないから……気をつけて」
「俺の銃の腕は知ってるだろう?」
「一番大事なのは、貴方なんだから」
わかっている。
俺がお前を残して逝ったりなんてするはずがないだろう?
そんな想いを込めて、フリッツはミリアムに深い口付けを送った。
今だけは、何もかも後回しにしたいという思いと共に。
ミリアムの柔らかで熱い唇から甘い声が漏れる。
「ん、はぁっ……フリッツ」
ミリアムの細い指に力が篭る。
フリッツの豊かな茶色の髪をまさぐる手が、まるですべてを欲しているかのように動いていた。
このまま衝動に流されていきたいところだが、召集がかかっている。
ミリアムをこのまま抱いてしまいたい衝動をなんとか押さえ、フリッツは切なげにもう一度だけ深く唇をむさぼった。
「続きは、帰って来てからだ」
少しでも暗い雰囲気を明るくしようと茶目っ気を出して答えると、以外にもミリアムはコックリと頷いた。
普段であれば照れ隠しに怒ったりするのだが、今日ばかりはそうはいかないようだ。
「……待ってるね」
「そんな顔をするな」
不安そうなミリアムの髪をクシャッとひと撫でしたフリッツは、微かな笑みを見せる。
すると、ミリアムも心配をかけまいと微笑んで敬礼を送った。
ミリアムの為に、無傷で戻ってこなければ。
召集に応じて走っていく兵士の列に向かいながら、フリッツは気を引き締めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
密林は地形的にやっかいだな。
フリッツは本隊から別れ、単独で敵の残存兵が潜んでいそうな場所を探し続けた。
早くしないとあいつらの餌食になってしまう!
いくら止めようとしても、仲間たちには言葉が届かなかった。
憎しみに駆られ、ただ、カッサンドラで死んでいった同胞たちの敵を撃つことしか頭にない彼らを説得するなど無理に等しい。
ならば、と。
フリッツは惨事が起こる前に、それを回避させようとしていた。
見つけ次第始末しろという命令だが、こちらの命が脅かされない限りは実行したくない。
こんな惨状では、戦意なんて残っているはずがないだろうに。
程なくして、フリッツは残存兵が身を潜めていると思われる塹壕を発見したが、あたりには何か化学物質の焦げた後のような匂いが立ち込めている。
生き残った残存兵たちは破壊されつくした戦車の影に身を寄せ合うようにして隠れているらしいのが、反熱装甲の所為か居場所が特定できない。
暗視スコープにかすかな熱反応と影が映っているが、もしかしたら人ではないかもしれない。
フリッツはじっと待った。
生物であれば、必ず動きがあるはずだ。
忍耐強く、じっと待つ。
すると、戦車のキャタピラ付近で微かに赤い熱反応が確認された。
反熱装甲がうまく働いていないのか、ところどころまだらに赤い点が動いているのが見える。
フリッツは音を立てないようにそっと長筒の魔導銃を構えた。
急所を外せ。
もうこれ以上、俺たちに命を奪わせないでくれ。
威嚇射撃として、かすかな熱源体から銃もありかを計算して銃口を向ける。
トクン
トクン……トクン………
フリッツ自身の心臓の音で周りの音が掻き消されてしまうくらいに緊張した身体を制御しながら、静かに構える。
「うわぁっ!!」
消音の魔法陣のおかげでブオォーンっという静かな音と共に発射された銃弾は、見事に残存兵の持っていた武器に当たったようだ。
驚きの声は聞こえたが、傷ついたり、苦しんだりしている苦悶の声は聞こえない。
更なる威嚇の意味を込めてもう一発、さらに二発。
「くそっ、ヴェルトラントの犬めっ!!」
残存兵の一人が当たり構わず乱射し始めるが、その時にはフリッツはすでに別の場所にいた。
「早く逃げるんだっ!!もうすぐこの音を聞きつけて本隊が来る、だから、早く逃げろっ!!」
「そんなこと信じられるものかっ!!」
残存兵の男はフリッツの居場所を特定しようと、声のした方向に向けて発砲する。
突然の襲撃で体温が上昇したのか、フリッツのスコープには4人の残存兵の姿が確認できた。
「俺はお前たちを殺すつもりはないっ!!早くしないと全員殺されるぞ、命令は『見つけ次第始末』なんだっ!!!」
その言葉に、残存兵たちの発砲はぴたりと止んだ。
戸惑いと恐怖に立ち竦んでしまったようだが、そんなことをしている場合ではない。
「北北東に4刻ほど進めっ!川沿いから外れて北上すれば小さな港に出るはずだ」
「そ、その言葉を信じるほど馬鹿ではないっ!!」
このまま押し問答を続けていれば、この残存兵だけではなくフリッツ自身も何かとやっかいな状況に追い込まれる危険性がある。
一か八か、選択を迫られたフリッツは手にしていた魔導銃を残存兵に向けて投げた。
そしてそのまま手を挙げて木の陰から歩み出る。
我ながらとんでもないことをするものだと思いながら、ヴェルトラント皇立天涯騎士団の戦闘服に身を包んでいる姿をさらした。
「貴様、な、何のつもりだっ!!」
「お前たちを殺すつもりはないという意思表示だ。本隊が来る、早く撤退しないと死ぬぞ?」
驚愕した残存兵たちは銃を構えたまま、今にもフリッツを撃ちそうな心と葛藤しているようだった。
今は戦争中なのだから、フリッツの頭がおかしいとしか言いようがない。
「このスコープを持って行け。少しは役に立つだろう。それと、まだ他に生存者がいるならそいつらのことも考えろ」
暗くてよく分からないが、残存兵たちの間に動揺が走るのがわかった。
あと一押し。
決め手があれば、説得が可能かもしれない。
フリッツの心臓は不思議なことにゆっくりと鼓動を繰り返している。
何がここまで自分を駆り立てているのか。
だが、今のフリッツはこの残存兵たちを憎いと思う気持ちよりも、助けたいという気持ちの方が勝っていた。
緊迫した数秒が流れ、ある種の緊迫感が漂うこの場所に第三者の声が入り込んで来たのはその時だった。
「リッツ、早くっ、本隊をひきつけている間に、彼らを誘導して!!」
「ミリィ?!」
目の前の残存兵たちに気を取られていたフリッツにはまったくわからなかったが、何故かこの場にミリアムの声が聞こえる。
フリッツは我が耳を疑った。
この作戦には参加してなかったはずなのに、一体何故?
「私を信じてください。私も彼も、貴方たちを攻撃する意思はないんです」
「アンダーソン少尉、彼女を信じましょう。我らにはもうその道しか残っていないんです!」
フリッツと同じ戦闘服に身を包んだミリアムが草木の間から、アリステア独裁政府軍の兵士たち十数名と共に姿を現した。
泥だらけになっているところからして、沼地に足を踏み入れてきたらしい。
「どうしてっ?!……いや、それよりも怪我は」
「大丈夫、どこも怪我なんかしてないよ。リッツ、本隊は別の部隊が反対方向に誘導しているから今のうちに」
「別部隊?」
「私たちと同じ考えの人たち。さ、急ぎましょう!!」
アンダーソンと呼ばれたアリステア独裁政府軍の将校はミリアムに率いられてきた同胞の兵士たちに説得されたらしく、半信半疑ながらフリッツに話しかけてきた。
「この命、もう尽きたと考える。好きにするがいい」
諦めを含んだ将校の言葉にミリアムはムッとしたものの、そうと決まればぐずぐずしている暇はないと思い直し先頭に立って歩き始める。
「あまり大人数だと目立つから、分散して港まで向かわせているわ。頼むから自暴自棄にはならないでね」
「生き延びたければ、従うしかないとわかっているさ」
フリッツが投げた魔導銃をこちらに投げ返したアンダーソンが皮肉気に笑った。
ミリアム……なんて無茶なことを。死んでいたかもしれないというのに!!
一歩間違えば命がなかったかもしれない行動を起こしたミリアムに、フリッツは自分のことを棚に上げて怒鳴りたかったがぐっとこらえる。
しかし、考えてみればフリッツ一人ではこの残存兵たちを助けられなかったかもしれない。
結局は、ミリアムが来てくれてよかったと思う。
それに、自分と同じ疑問を持っている人が少なからずいたことに、心なしかホッとした。
先導しているミリアムの隣に並んだフリッツは慎重に足を進めた。
途中で合流したり新たに見つけた残存兵たちを含めると、少人数とは言えなくなってしまったが仕方がない。
「よし、ここまでくれば後は北上するだけだ」
「ごめんなさい、ここまでしか案内できないの。ここから先は私たちの監視が届いていないから、比較的安全に行けるわ」
川から付かず離れずの獣道を指し示しながらフリッツがアンダーソンにスコープを差し出した。
夜は長い。
暗いうちに移動しなければならない彼らにとっては必要なものだろう。
「幸運を祈る」
「…………礼は言わんぞ」
険しい顔のアンダーソンがスコープを受け取る。
彼の背後に佇む残存兵の姿が月明かりに照らされたが、彼らの顔には戸惑いの色がありありと浮かんでいた。
「何故、我々を助ける」
当然の疑問を口にするアンダーソンに、フリッツは言葉に詰まった。
何を言えばいいのか。
当たり前のようにたくさんの敵兵を撃ってきたフリッツが、今さら贖罪をしようと思ったわけではないのは確かだが、その気持ちをうまく伝えることは出来そうにない。
だから、こう答えるしかなかった。
「戦争を終わらせたいだけだ」
その後、アンダーソンたち残存兵が無事に生き延びることができたのか、フリッツにはわからない。
命令に反し単独行動を図ったフリッツと、無断で掃討作戦に参加したミリアムやその他数名の騎士は服務規定違反で一階級降格の厳しい処分を受け、前線ではなく後方の補給部隊に飛ばされた。
パイロットではなくなったものの、人手不足の補給部隊では休む暇などなく、そうこうしているうちにやがて戦争は終結を迎え、アリステア共和国は真に統一された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アリステアズ・ウォーと呼ばれる長きに渡る戦争後、フリッツは再びパイロットとしてヴェルトラント皇立天涯騎士団本部に戻っていた。
騎士団の規定には従っている。
しかし、国と自分の部下を守る為に今再び魔導銃をその手に握ることとなったフリッツは時折こうして訓練に励んでいる。
「せっかくいい腕してるんだから、小隊長も魔導砲撃装備にすればいいのにな」
隊員たちは一寸の狂いもなくターゲットの急所を的確に狙い撃つフリッツの後姿を見ながらほのぼのと語り合っていた。
新たに機乗することとなった魔導戦闘機は、ごく一般的な戦闘機用の旧式魔導銃しか備えていない。
魔導技術が格段に発達し、旧式装備では新鋭機の装甲に傷くらいしかつけられないとおもうのだが、フリッツは「それで十分だろ」と答えるばかりなのだ。
それは本人の性格をよく表している例だと言えるのだが、隊員たちにはそのことが宝の持ち腐れのような気がしてもったいなく思うのである。
「案外、長射程は苦手だったりして。隊長が長筒魔導銃を撃ってるとこ、見たことないし」
そういえばそうだ。
実際、今使っている魔導銃も短銃である。
射程距離はそう遠くなく、護身用と言ってもいいくらいの威力しか持たない銃。
「ハルトヴィヒ中隊長は長射程砲を持たせたらぴか一だよなぁ。あんな遠いところからでも的を外さないなんて、さすがは元赤の遊撃隊なだけはあるよな」
フリッツの実兄であるハルトヴィヒは戦艦の性能上というか、好んで長射程の魔導砲撃装備を使っているので長筒魔導銃での訓練は欠かさない。
遠くから小さな的のど真ん中を撃ち抜く技術は神業と言えるだろう。
本人曰く、別に急所を狙っているのではなく、自分が狙うべき場所に弾が当たりさえすればいいのだそうだ。
「あら、フリッツは長筒魔導銃も得意よ」
同じく訓練に来ていたミリアムが井戸端会議を繰り広げる隊員たちの輪の中に入ってきた。
ミリアムもフリッツやハルトヴィヒ程ではないが、魔導戦闘機に乗れるほどの技能を持ち、カッサンドラ奪還作戦の折には鬼神のごとき動きでアリステア独裁政府軍を翻弄したエースである。
「ミリアム事務官、それ本当っスか? 俺たち、未だにフリッツ小隊長が長筒魔導銃を撃ってるところを見たことないんですよ」
「訓練もあんまり乗り気じゃないみたいだし、もったいないですよね」
隊員たちの言う事も分からないではない。
だが、そこらへんの事情を知っているミリアムは苦笑を漏らすしかなかった。
「人に銃口を向けたくないのよ。魔導銃の用途は主に狙撃のためのものでしょ?本当は短銃も握りたくないみたいだけど、訓練は規定にあるし、仕方がないわね」
あの掃討作戦で残存兵たちを逃がした後、フリッツは狂ったようにミリアムを求めた。
「俺を抱きしめてくれ、二度と離れないようにっ!!」
「離さないよっ、私は、ここにいる、から」
「あの時、本当は殺してしまいたかった。アイツらが照準の向こうに見えた時、撃ち殺したかったっ!!」
「うん……うん、そ、だね」
「俺の心はこんなにも弱い。でも、相手を滅ぼしてしまえば戦争が終わるわけじゃない」
「私たちは間違ってなんか、ないよ……ぁ……きっとあの人たち、も、分かって、くれるわ」
「そうか……そうだったらいい。そうだったら、どんなにいいか……」
あれから、自分の気持ちと感情を制御するメンタルトレーニングを受けたフリッツは必要に迫られない限り訓練以外では銃を手にしないようになった。
「勢が出ますね、小隊長殿」
「狙いを外すわけにはいかんからな」
どこを狙うかが問題じゃない。
自分の心一つで、銃は凶器にもなれば護身具にもなる。
ミリアムはフリッツの両肩を後ろからぎゅっと押さえつけると、その手を腰までさげてポスッと背中に寄りかかる。
「……訓練の邪魔だと思うんだが」
「ちょっとだけ、いいじゃない」
フリッツの鼓動は平常心を表すゆっくりとした速度だ。
メンタルトレーニングの効果はまずまずといったところか。
「頼りにしています、フリッツ小隊長」
フリッツの背中に声を出さずに語りかける。
知ってる?
あの時、私たちが逃した人……生きてたんだよ。
さっきね、ニュースで見たんだ。
今はね、新しい政府の元で、親を失った子供たちのための施設で働いてるんだって。
そこにはね、アリステア人もヴェルトラント人も、その他大勢の民族もいるんだって。
別け隔てなく、仲良く、一緒に住んでるんだって。
気持ちが伝わったのかな。
だとしたら、分かり合えたんだよね?
よかったね。
私たちの想いが繋がって、よかったね。
「ミリアム、そうやって、俺を捕まえていてくれ」
背後から回されたミリアムの手に、魔導銃をホルスターに仕舞ったフリッツの手が重ねられる。
「頼まれたって離さないんだから」
ゴツゴツとしているが、とても温かいフリッツの手を感じながらミリアムはそっと瞳を閉じた。
死が二人を分かつまで、ずっと貴方と共に。
それはこの春結婚したばかりのフリッツとミリアムが交わした最初の約束。
その約束が一瞬でも長く続くように、フリッツは今日も魔導銃を握るのだった。
SFファンタジー 宇宙の涯の物語 から抜粋。