Waltzing Alice
素人が勢いだけで書いてしまったものなので、いろいろと甘い部分もありますが、どうか暖かい目で見守ってください。
ちょっと不思議な、狂った世界のお話です
マラ5の3楽章聴きながらふと浮かんだイメージを文章にしてみました。最終的にマラ5とは似ても似つかない別物になってしまいましたが・・・汗
秋も終わりに近づいた、なんだか落ち着かない季節のお話です。
その日はいつにもまして町がそわそわとしていました。
町のはずれで人形劇が行われるというのです。何もない退屈な町で、このような催し物はとても珍しいものでした。
アリスも両親に連れられて、その人形劇を見に出掛けました。家から外へ出ると、町中の全部の人がその人形劇を見に行っているのではないか、と思うほどに、たくさんの人がぞろぞろと、町のはずれへ向かって歩いていました。
その人形劇は古い空き小屋でやっていました。
空き小屋とはいっても、三方を囲む壁に屋根がどっかりと乗っかっただけの、大きな倉庫のようなものです。普段は人の寄り付かない寂しい小屋のなかが、今日は人で溢れかえり、それでも足りずに外にまで人だかりが出来ていました。
「うわあ。ほんとにすごい人だね。」
これでは人形劇を見るどころではないのではないか、と思いながらアリスがつぶやいたとき、ざわめきの中から、一際大きな、騒がしい声が聞こえてきました。
「やあ、マイクに、レニーじゃないか。それにアリスちゃんも。」
人垣の中からそう呼びかけてきたのは、お父さんの友達のボブおじさんでした。ボブおじさんは、よくアリスたちの家にやってきては、お父さんと賑やかに同僚の愚痴を言い合っていました。いい人だとわかってはいるのですが、その豪快なしゃべり方がアリスは少しだけ苦手でした。
「ああ、ボブ。お前も来ていたか。」
「それはそうさ。この退屈な町でこんな大イベントを見逃す手はないぜ。」
がはは、とお父さんの肩をたたくと、おじさんはアリスに顔を向けました。
「ああ、アリスちゃん。マリもほかのみんなも、前のほうで見ているよ。行ってきたらどうだい?」
お陰で俺たちはここに追い出されちまったんだけどな、と今度はお父さんの背中をたたきながらおじさんは笑いました。
「いいの?お父さん」
アリスは聞きました。
「ああ、行ってくるといい、アリス。」
「わたしたちはしばらくここで様子を見てるから、一番前でみてらっしゃい。大人はこれ以上は入れなさそうだものね。」
「じゃあ、あたし、行ってくるね。」
声を弾ませて答えると、アリスは大人たちの足元を掻き分け掻き分け、空き小屋の中へ入っていきました。
「わたしたちは外にいるからね。勝手に一人で帰ってはだめよ。」
最後にお母さんが叫ぶのが聞こえましたが、その声はすぐに、がやがやとしたざわめきの中に消えてしまいました。
◇
空き小屋の中は、洞窟のように大きな空間がぽっかりと広がっていました。しかし、今はその中が人でごった返して、一歩先も見えないような状態でした。
その一番奥の壁のあたりから、歌うような、語りかけるような、のびのびとした声がかすかに聞こえてきました。
『きっと、劇がもう始まっているんだわ』
アリスは、早く人形たちが見える場所まで辿り着こうと急ぎました。
しかし、小屋はアリスが思ったよりもずっと広かったようです。、掻き分けても掻き分けても、アリスは大人たちの森の中から抜け出すことが出来ませんでした。。
背のちいさなアリスの目の前には、大人たちの大きなズボンや、台所からそのまま抜け出てきたようなエプロンばかりがひしめき合っていました。上を見上げれば、汗ばんだTシャツにちょっと高そうなコート、中にはついさっきまで寝ていたのではないかという人までが皆、少しでも人形の姿を見ようと押し合いへし合いしていました。
『変なの。』
右も左も、前も後ろも、見知らぬ大人たちがぐるぐると回って、アリスはだんだんどちらへ進めばいいのかわからなくなってしまいました。 周りには人がいっぱいいるけれど、まるでひとりぼっちで大きな森に迷い込んでしまったみたいな気分でした。
前で見ているはずのマリの姿も、ほかの子供たちの姿もどこにも見えません。
アリスは、ただ、森の奥から聞こえる歌声だけを頼りに進みました。
心細さがいよいよ募って、一人で前に来たことを後悔し始めた頃、不意に森が途切れました。
びっくりして顔を上げると、目の前には、艶やかな金髪を腰まで伸ばし、綺麗な台座の上に横たわる少女と、その少女を心配げに見つめる、おとぎ話の王子様のような少年が立っていました。
絵本からとび出してきたかのような二人は、その背丈が絵本の大きさほどしかありませんでした。しばらく二人をじっと眺めてからやっと、ああ、人形なのか、とアリスは思いつきました。それは本当に生きているかのような、不思議な人形でした。
少女の人形は、横たわったまま静かに目を開くと、そよ風のような声でつぶやきました。
「ん・・・・。わたし、眠っていたのかしら・・・・。」
「ああ、マリア。ようやく目が覚めたんだね。」
気がついた王子様は、その姿にふさわしい上品な仕草で少女に問いかけました。
「皆で心配していたんだよ、マリア。きっと僕たちの祈りが神様に届いたんだ。」
「プリス。わたし、どうなってしまっていたの。」
ゆっくりと体を起こしながら、マリアの呼ばれたその少女は問いかけました。王子様は優しげな声で答えました。
「悪い魔女に毒りんごを食べさせられて、それからずっと眠ってしまっていたんだ。」
「まあ、なんてこと。それをあなたが助けてくれたのね。」
「僕だけじゃないさ。森の仲間もみんな心配していたんだ。」
プリスが手で後ろを指し示すと、木立の影からたくさんの人形たちが出てきました。人形は小人のような者もいれば、動物たちもいました。リス、ウサギ、シカに小鳥。それらは一目で人形だとわかる動物たちでしたが、同時に、彼らはとても人形だとは思えないような生き生きとした動きを見せるのでした。
「まあ、みんなも、来てくれたのね。」
マリアはうれしそうに言いました。その目が少し、喜びで細くなったように見えました。
大きな目をしたウサギが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら言いました。
「もちろんさ。それにマリア。こっちを見てよ。僕たちのほかにもこんなにたくさんの仲間が来てくれたんだ。」
「まあ。」
台座から降りたマリアはふっとアリスたちの方へ向き直ると、右手を腰の前に持っていきながら美しいお辞儀をしました。
「皆様も、本日は私のためにこんな森の奥まで訪ねてくださり、ありがとうございます。私からも、きちんとお礼をしなければなりませんわね。」
マリアが顔を上げた一瞬、ふと目が合ったような気がして、アリスはどきりとしました。マリアが自分に向かって微笑みかけたような、なんだか少し懐かしいような、少し寂しいような、不思議な気持ちに包まれました。
マリアはプリスの方へ向き直ると、手を取り合って軽やかなワルツを踊り始めました。
くるりくるりと二人が回るのに合わせて、小人たちは肩を組んで歌を歌いました。小石をたたいてリズムを取る者や、野花の茎で作った横笛を吹く者もいました。
その歌に合わせて、動物たちも踊りました。小鳥が宙に絵を描き、ウサギがぴょんぴょん飛び跳ねて、走るシカの背中の上で、リスがどんぐりを齧りました。
◇
「さあ。皆さんも一緒に!」
ウサギが陽気に声を上げると、最初は少しずつ、それからだんだん大きく、空き小屋の中に踊りの輪が広がっていきました。
「さあ、お嬢さん、ご一緒にどうですか。」
アリスがびっくりして動けずにいると、いつの間にかマリアとの踊りを終えたらしいプリスが目の前までやって来て、その手をとりました。
どうしよう。踊りなど一度も踊ったことのないアリスは、そのことを伝えなければと、口を開きかけましたが、それよりも早く、プリスはアリスの腰に手を当てると、くるくると回り始めました。
とても不思議な気持ちでした。アリスは踊りなど一度も踊ったことはないのに、プリスに導かれるように自然と足がついていくのです。すごい。あたし踊れてる。アリスが嬉しくなって顔を上げると、そこにはプリスの優しくて暖かい笑顔がありました。
気が付くと、部屋いっぱいに楽しげなワルツが流れ、人々が思い思いに踊っていました。猫が大好きな近所のおばさん。植木の世話が趣味のお向かいのおじいさん。学校の先生に、向こうにいるのはボブおじさんです。みんな一様に、幸せそうな、楽しげな表情でステップを踏んでいました。
「ねえ、プリスさん。」
そう呼んでから、アリスは自分が彼に話しかけるのはこれが初めてだ気づき、ちょっとどきどきした気持ちになりました。
「マリアさんは・・・。置いてきちゃって大丈夫なんですか。私と踊っていて。」
ぎこちなくアリスが問いかけると、プリスは優しく笑って答えました。
「大丈夫だよ。彼女は別の用事があるんだ。」
「そうなんですか。」
それならよかった。アリスも安心すると、プリスのきらきらとした瞳に笑いかけました。人形のように透き通った瞳でした。
◇
どれくらい踊ったでしょうか。辺りがすっかり暗くなった頃、アリスは踊り疲れてぺたりと床に座り込んでしまいました。もう脚が震えて立てないくらい、きょうはたくさん踊りました。
「大丈夫かい。」
プリスが、まったく変わらない優しい笑顔でアリスの顔を覗き込みました。
「大丈夫よ。ありがとう、プリス。でも、今日はもう疲れてしまったわ。」
「たくさん踊ったものね。もう今日は休むといい。とても楽しかったよ、アリス。ありがとう。」
「そんな。こちらこそ、初めてなのにこんなに踊れたのはあなたのおかげよ。ありがとう。」
プリスはアリスの頭にそっと手を乗せると、そのまま優しくまぶたを塞ぎました。心地よい疲労感と眠気に襲われて、アリスは深い深い眠りの中に落ちていきました。ワルツの音楽はまだ続いていて、最後に目を閉じる直前、やはりとても幸せそうな表情で、お父さんとお母さんがくるくると踊っているのがちらりと見えました。
◇
どれくらい眠っていたのか、ふと、目が覚めると、部屋の中は真っ暗で、ワルツもやんでいました。目をこすりながら起き上がると、プリスがかけてくれたらしい毛布がずるりと落ちました。辺りを見回しても、部屋の中に人がいる気配はありません。ただ、空き家の外からぱちぱちと小さな音が聞こえるだけでした。
『誰かいるのかしら。』
アリスは、毛布を綺麗にたたんでから床の上におくと、空き家の外へ出て、壁伝いに音のする小屋の裏の方へと回っていきました。
小屋の周りは、月の光のほかには地面を照らす明かりもない真っ黒な闇でした。壁に手をつきながらゆっくりと裏側へ回ると、ふいにまぶしい光が目に飛び込んできて、一瞬アリスは目を瞑りました。ゆっくりと目を開けると、闇の中に小さな焚き火がぼうっと浮かび上がっていました。焚き火はぱちぱちと音を立てて楽しげに爆ぜていましたが、やはり、辺りに人の気配はありませんでした。
アリスはなんとなく、ゆらゆらとゆれる明かりに吸い込まれるように、焚き火に近づいていきました。焚き火に近づくと、火の中で何かが黒く、燃えているのが見えました。目を細めながら、ゆっくりと近づいていくと、ぱちっと跳ねた火の中に、小さな手のような影が見えました。
はっと、息をつめてアリスが足元を見ると、そこには元の形がわからないほどに黒く焼け焦げた人形たちが散らばっていました。焚き火の中では、まだ形のわかる少女の人形が、力なく横たわっているのでした。焚き火に積もった灰の山の中に一筋、綺麗な金色の筋が流れていました。
「そんな・・・。」
言葉も出ないまま、震える足でアリスが後ずさると、すぐ後ろでパキッと枝を踏む音がしました。びっくりして振り返ると、そこには 悲しげに目を伏せたプリスがいました。
「人形は、みんなそうなるんだ。いつかは。」
ぽつりとプリスが言いました。それに対してアリスはなんと返せば良いのかわかりませんでした。
「僕たちはみんな、いつかこうなる。それまで踊り続けるんだ。」
違う。おかしい。頭の中で何かがはじけたような気がして、気が付くとアリスは大声で叫んでいました。
「でも、燃やさなくたっていいじゃない。そんなのかわいそうだよ、悲しいよ、ねえ、おかしいって、あなたはそう、思わないの・・・。」
最後は搾り出すように言い切ったアリスに、プリスは力なく首を振るだけでした。
「でも、あたしは・・・。」
相変わらず楽しげに踊る焚き火をかっとにらみつけたアリスは、気が付くと火の中に手を差し込んで、ほとんど灰になったマリアを拾い上げようとしました。
「無駄だよ。」
背中から冷たい声が聞こえました。
「何も変わりやしない。それに、君だっていつかは・・・。」
視界いっぱいに赤い炎が広がると、ぐらりと世界がゆれました。空き小屋は雲よりも高く、プリスのからだはどろりと溶けて、灰になったマリアは、顔の下半分だけで今も笑っているようでした。
◇
・・・・・・・・・・・・りす・・・・・
とおくから、こえがきこえる
・・・・・あ・・す・・・・おき・・・・・・・・・・・
あたしのあたまのなかだ
・・・・・・・・ありす・・おきて・・・・・・・・おどりのじかんだよ
あたまのなかのふかいふかいところから
いやだ
・・・みんな・・・まってるよ・・・・さあ・・おどろうよ・・・
いやだ。こわいよ
またおどれるの?うれしいなあ
・・・・・・・もうすぐでばんだ・・・・・・・・・・・・・・・・めをあけて・・・・・
◇
「ん・・・・。」
寝ぼけた目を薄っすらと明けると、目の前には心配そうにアリスを見下ろすプリスの顔がありました。。その周りには森の仲間たち。リスにウサギに小鳥にクマ。ああ、みんなに囲まれて、あたしは幸せだなあ。ぼんやりとした頭でアリスはそう思いました。
ざわざわとした静寂に、時折抑えたような咳払い。好奇心に満ちたたくさんの目に囲まれながら頭を上げると、眠っていた頭が少しずつ動き始めるようでした。自分を見つめるプリスの優しい視線を感じながら、アリスは確かめるようにつぶやきました。
「わたし、眠っていたのかしら・・・・。」
おわり