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第七話 恋敵宣言

 去年の春。

 三国の文化を研究していた信護の両親は、突然、陽生国に行くことを決めた。

 当時、月映国の魔央高校に友人たちと入学すると思っていた信護は、それでも親に反対するという選択肢を持っていなかった。

 それに彼の親は、自国に一人で残ることを許すような性格ではない。

 文化交流が盛んになったとはいえ、陽生国の魔央高校にいる月映国の人間は、全校で十人にも満たないのだ。

 入学してきた月映人は、信護だけ。

 当然、周りからは好奇の眼差しを向けられた。

 良くも悪くも、月映人の銀色の髪と褐色の肌は目立つ。

 クラスの中で、他国の生徒は彼を合わせて三人。月映人の信護と、海琉人が二人。周りのクラスメイトと打ち解けているのは、おそらく中学校からの友人なのだろうと推測された。他の皆も同じように見える。幼い頃からの同級生だ。

 そんな中、信護の隣に座る少女は、彼と同じように、クラスに馴染めていないように見えた。

 (つや)やかな黒い髪を伸ばし、瞳は髪と同じ色。海琉人ほどではないが肌は白く、腕や足が折れそうな程細い。無機質な瞳も合せて、全体的に儚い印象の美少女。


 ……人形みたいだ。


 それが、言枝千歳に対する第一印象だった。


 談話室から寮の自室へ帰ってきた信護は、机の上に置かれた写真を見ていた。

 この写真は去年の夏の初め、響喜の屋敷に招かれたときの写真だ。

 写真の中では、響喜、舞香、信護、そして千歳がカメラに向かっていた。

 千歳は舞香に引っ張られ、少し戸惑った表情で写っている。

 その様子を気にしたように、響喜の視線はカメラから外れ、千歳に注がれていた。

 もう、限界だと思った。

 これ以上、千歳への想いを、無自覚な響喜への苛立ちも、抑えることはできない。

 それに、同じ少女を想っているのに、自分ばかりがこんなに苦しんで、馬鹿みたいだ。

 ……苦しめばいい。

 たとえ彼との友情を壊してでも。

 まずは彼に、己の中にある恋心を自覚させてやらないと気が済まなかった。



 翌日の掃除時間。

 この学校では、テストやケンカなどの対人攻撃を伴う魔法以外、よほどのことがない限り、魔法は禁止されていない。もちろん、掃除を魔法で行うことも。

「ちょっと! そんなに強い風、起こさないでよ! ホコリが飛んじゃうでしょ!」

 風でホコリを撒き散らすクラスメイトに、誰かがそう注意した。

「おーい。水、替えたいんだけど、誰かいないかー?」

「あ、それならオレがやってやるよ」

 頼まれたその生徒は、汚れた水を綺麗にするため媒介を用意する。

 掃除時間の教室は、休み時間以上に賑やかだ。

 ある意味、生徒にとっては掃除時間ではなく、遊びの時間なのかもしれない。

 響喜、信護、千歳は箒を持って教室を掃いていた。

 彼らの魔法は、掃除には何の役にも立たない。

 嵐使いである舞香は、弱い風で掃かれたゴミをまとめていた。

「まったく、うるさいわね。どうして静かにやれないのかしら? 気が散っちゃうわ」

 ブツブツと文句を言いながら、彼女は千歳の構えるちりとりの中へ、器用にゴミを入れていく。

 そのとき、クラスで委員長をしている女子が、ゴミ箱を片手に、教室にいる全員に声を掛けた。

「ねぇ、誰か焼却炉にゴミを棄ててきてくれない?」

 その呼び掛けに、「えー」と何人かの生徒が声を上げる。

 面倒だ、と言う声も上がった。

 騒がしかった教室が一斉に、やる気をなくして、仕事を押し付け合う。

「委員長が行けばいいじゃん」

「私は他にやることがあるの!」

 そこへ信護が、彼女の手からゴミ箱を受け取った。

「だったら僕が行くよ。ね、響喜」

「あ、ああ。別にいいけど……」

 ゴミ棄てが面倒だというわけではないが、わざわざ自分たちが、それも二人で行く必要はないだろう。物を運べる魔法使いが行った方が一人で済むし、遥かに効率がいい

 しかし、信護はさっさとゴミ箱持って廊下に出てしまう。

「ほら。行くよ、響喜」

「おい、ちょっと待てよ」

 いつも以上に意識してしまうのは、昨日舞香から、信護の想いを聞いたせいだろうか。

 教室を出て廊下に消えて行く銀色の髪を追って、響喜もゴミ箱を持ち、慌てて駆け出すのだった。



 焼却炉へ向かう間、二人は他愛ない話を繰り返していたが、響喜は何となく気まずさを感じてしまう。

 信護の方も、いつもより口数が少ないような気がした。

 こんなことは初めてだ。

「なぁ、信護。お前さ……」

「ん?」

 だが、わずかに見上げる高さにある黄玉の瞳に居心地の悪さを感じ、響喜はとっさに「何でもない」と誤魔化してしまった。

「どうかした?」

「い、いや……」

「氷堂先生!」

 言いよどむ響喜の返事に被せるように聞こえてきたのは、響喜のクラス担任である速水の声だ。

 場所は校舎裏で、すでに外。焼却炉への通り道だが、この場所はゴミ棄て以外で生徒が通ることはあまりない。

「生徒に危険な魔法を教えるのは、もう止めて下さい!」

「私の授業だ。あなたには関係ない」

 どうやら、また授業の方針で言い争っているらしい。

 優しさを持って生徒に接するべきだと考える速水と、厳しく生徒を教育すべきだと考える氷堂。

 二人の教育方針は真逆で、言い合いも決着は着かないようだった。

「それに、この先のことを考えれば当然の授業だ。いつ国王たちの気まぐれで戦争が起こるとも知れないこの世で、戦力は少しでも多い方がいいだろう」

 氷堂は腕を組んで、威圧的に速水を見下ろす。眼鏡の奥で光る瞳にやや怯みながらも、彼女は毅然とした態度で反論した。

「戦力ですって? あなたは子どもを戦場に立たせる気ですか!」

「当然だ。父の時代では、彼らと同じ歳頃の子どもが媒介を持って、戦場を駆けていたのだ。別におかしなことではない」

「それは……」

 歴史の教師である速水は、当然そのことを事実として知っているのだろう。

 上手い反論が見つからず、速水は声を絞り出す。

「でも、だから子どもたちが戦わなくてはならないというのはおかしいです。それに、生徒が……子どもたちが戦わなくていい世の中が、これからきっと……」

「これから、というのはいつ来るのだ?」

「それは……」

 その台詞の先が続かない。

 そんな彼女の様子に、氷堂は呆れたように組んでいた腕を解いた。

「そのような来るのか来ないのかも分からないものを待っていて、一体どうするというのだ。このまま本当に『それ』が訪れるのならばいい。私の取り越し苦労だったのなら、どれほどいいか。だが、実際いくら待っても何も訪れず、そのまま最悪の事態が起きたら、一体どうするのだ? 何の備えもなく、期待を裏切られた場合の被害を考えてみろ」

 速水が氷堂に詰め寄ろうとする。

「氷堂先生!」

 そのとき、ガタッ、と音を立てて響喜の手からゴミ箱が滑り、響喜は慌てて持ち直した。氷堂と速水にもう一度目を向けると、音に気づいた二人が驚いたようにこちらを見ている。といっても、驚いているのは速水だけで、氷堂の方からそれは見受けられないが。

 バツの悪そうに眉を下げる速水に、氷堂は気にした様子もなく彼女に背を向けた。

「話はここまでのようだな。それでは失礼」

 何を考えているのか分からない無表情のまま、そう言い残して彼は静かにその場を後にする。

 彼女は響喜たちの前まで来て、申し訳なさそう眉を下げた。

「ごめんなさい。見苦しいところを見せてしまって」

「それは構いませんけど……先生は大丈夫ですか?」

 今までのことを考えれば、今更と言わざるを得ない。

「私のことはいいの……ただ、あなたたち生徒のことが心配で。氷堂先生の言ってることは正しい。正しいけど……でも、やっぱり、同じくらいおかしいと思う。今と昔は違うもの……違う……はずだから……」

 そこまで言って、速水は苦笑した。

「あなたたちに言っても仕方ないわね。ごめんなさい。それじゃあ、また」

 軽く手を振って去って行く彼女に、信護は軽く頭を下げ、響喜は片手を上げてそれに応じる。

 二人はゴミ箱を抱えて、奥にある焼却炉へ再び歩き出した。

「……戦争、か」

「氷堂先生の授業については、校長先生も知っているはずだろう? それでも授業を止めないってことは、それを必要なことだと思っているってことなのかな?」

 頭の中に、顎に髭を蓄えた老人の姿が浮かぶ。年齢は八十歳目前。陽生国の国王の叔父で、火炎魔法の頂点、『陽』の魔法使いだ。

「だけど、いくら戦争だからって、千歳が魔法を人に向ける必要なんてない。千歳が辛い思いをする必要なんか、ないんだ」

 もう十分苦しい思いをした。いや、十分なんてものではない。十分すぎるくらいに。

 だからもう、そんな思いをしなくてすむように守ってあげたい。

 世界の優しいものだけで、包んであげたかった。

 響喜を見る信護の目が、まるで責めるような色を宿していたが、考えに没頭していた彼は気づかなかった。

 焼却炉に辿り着いた二人は、重くやや錆びついた鉄の蓋を開け、ゴミ箱の中身を棄てる。漂ってくる異臭に顔を顰めながらも作業を終え、信護に場所を譲った。続いて信護も、同じようにゴミ箱を(から)にする。

「ねぇ、響喜」

 焼却炉の蓋を閉めた彼は、不意に地面にゴミ箱を置いて、固い声音で友人の名を呼んだ。

 只ならない空気に、響喜は戸惑ってしまう。

「ど、どうしたんだよ、信護。そんな怖い顔して」

「教えて欲しいんだ」

 春の太陽に褐色の肌は照らされ、銀色の髪に光が反射する。

 特に大きな声を出していないのに、それには妙な迫力があった。

「昨日、ずっと考えてた」

 信護は一度言葉を区切り、軽く息を吸う。

「君は……千歳のことが好きなんじゃないか?」

 その瞬間、一気に全身の血液が逆流したような衝撃に襲われた。

「この際だからはっきり言うけど、君はいつも、千歳のことを見ている。その目は、いつだって、千歳のことを追いかけてる。君はそのことに気づいてない?」

「そ、れは……っ」

「そんなはずないよね? 君だって本当は自分の気持ちに気がついているんだろう? どうして目を背けるの? どうして見ないふりをしているの?」

 畳みかけるように続けられ、混乱した頭は反論の言葉を紡いでくれない。

「千歳は君の家にいて、君たち音羽の一族に守られている。その理由を僕は知らないけど……でもね、千歳を守りたいのは君だけじゃない。僕も同じだよ。そしてそれは、千歳が僕の友達だからじゃない」

 その台詞の続きが、響喜には何となく分かった。

 その続きを聞いたら、もう、後には戻れない気がした。

 耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

 できることなら、この場から逃げ出したかった。

 だが、信護の強い眼差しがそれを許さない。響喜の足を地面に縫い留める。

 まるで(・・・)魔法のように(・・・・・・)

 そして、決定的な一言が、彼の口から響喜に叩きつけられた。


「僕は千歳が好きだ」


 ザワ、と風が凪ぐ。その光景に、時間が止まった。

 もちろんそれは錯覚で、時間が止まるわけもなくて。

「僕は、千歳が好きだ」

 もう一度、同じ言葉を繰り返す。まるで響喜の心に刻むように。突き刺すように。

 その衝撃に、一瞬、響喜の息が止まった。

「だから、君には負けたくない」

 黄玉の瞳が、炎を宿したように煌めく。

 睨まれている、とは思わなかった。

 正面から見据えられるも、響喜は何を言っていいのか分からない。

 戸惑う彼に、信護はふっと表情を和らげる。

「なんて、ね」

「え?」

 今までのことが嘘のように笑う信護に、響喜は間の抜けたように口を開いたまま固まった。

「冗談だって言ったら、君は安心する?」

「あ……あぁ……」

 どう返していいか分からず目を逸らそうとするが、信護は今までとは打って変わって、いつもの口調で続ける。

「でも残念。今のは冗談なんかじゃないよ」

 けれど、信護の目は笑っていない。

「僕たちはもう友達じゃない。覚えていて。ここまで言ったんだ。僕らがこれまで通りにやれるはずはない。僕はこれから、本気で千歳の心を奪いにいく」

 放心する響喜を置いて、信護はゴミ箱を持ち、そのまま去って行った。

 追いかけることすらできなかった。お前は方向音痴なのだから一人で行くな、と思うが、そんな言葉は出て来ない。

 信護の後ろ姿を見送って、響喜は混乱する頭を振る。

「俺は……お、れは……」

 脳裏でさっき信護に言われた言葉が反響していた。

 気づいていないはずはない。

 そうだ。本当は気づいていた。

 見ないふりをしたのは、ただ、怖かったから。

 拒絶されたくなかった。

 いつも傍にいて欲しかったから。

 ただ、自分に守られていればいいのだ。

 そんな、傲慢な気持ちがあった。

 あの日、あの場所で出会った時から。

 助けたかったのも、連れ出したかったのも、守りたかったのも。

 全て、そこ(・・)へ繋がっていた。

 渇いた笑いが喉から漏れる。

 (ふち)に掛けた響喜の手に、ゴミ箱は耐えきれず、彼はそのまま大きく地面にこける。

 がたん、というゴミ箱の倒れる音が虚しく響く。

 正直、この場に誰もいなくて良かった。端から見れば、自分はただの変人だ。

 指摘されて、気づかされた。

 俺たち、じゃない。

 俺が、千歳を守りたい理由。

 目頭が熱くなる。

 こんな簡単なこと。

 今までどうやって隠していたんだろう。

 そうだ。

「俺は……千歳のことが……」

 それが、答えだった。


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