8"噂は風に乗って
村に変化が起きていると、最初に気づいたのは外の人間だった。
月に一度やって来る行商人が、荷車を止めて首を傾げた。
「……静かすぎないか?」
村の入口で、彼はそう呟いた。
以前は、森に近いこの土地では魔物の警戒が常だった。柵は補修され、夜は交代で見張りが立つ。それが今は、昼間に子どもが外を走り、家畜が落ち着いて草を食んでいる。
「楽になっただけだよ」
村人はそう答える。
「何も起きないんだ」
行商人は笑ったが、その目は笑っていなかった。
「“何も起きない”ってのが、一番変だろ」
それでも彼は深くは踏み込まず、いつも通り品を売り、話を聞き、村を出て行った。
噂は、そうやって外へ流れていく。
「魔物が寄りつかない村がある」
「理由は分からないが、畑が荒らされない」
「兵も冒険者もいないのに、だ」
話は尾ひれをつけ、形を変える。
ある者は結界だと言い、ある者は聖地だと言った。
けれど、誰一人として“人がいる”とは言わなかった。
村では、いつも通りの一日が流れている。
ユウトは朝から畑に出て、昼には薪割りを手伝い、夕方には子どもに文字を教えていた。
「この字、前の世界にもあったな」
「へえ、じゃあ先生だな」
笑い声が起きる。
剣の話は、誰もしない。
夜、村の外れで焚き火を囲みながら、年寄りがぽつりと言った。
「昔はな、この辺りもよく襲われた」
「今は?」
「今は……怖いくらい何も来ん」
ユウトは火を見つめたまま、何も言わない。
その背中を見て、村人はそれ以上聞かなかった。
別の日。
街道を歩く兵士たちが、地図を見比べて足を止めた。
「この辺りだ」
「魔物の報告が、急に途絶えた場所か」
「偶然にしちゃ、長すぎる」
彼らは村の名前を記録し、印をつけただけで通り過ぎた。
まだ、来る理由がない。
まだ、確信がない。
村は今日も平穏だ。
風が吹き、畑が揺れ、夜が来る。
ユウトは空を見上げて思う。
この静けさが、いつまで続くのか。
――いや。
続いてしまうからこそ、人は疑うのだと。
剣を抜かず、力を語らず、ただそこにいるだけで。
静かな村は、少しずつ“知られて”いった。




