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売れ残った転移者は異世界を謳歌する  作者: 無糖こーひー
1章 売れ残りは動かない
9/19

8"噂は風に乗って

村に変化が起きていると、最初に気づいたのは外の人間だった。

 月に一度やって来る行商人が、荷車を止めて首を傾げた。

「……静かすぎないか?」

 村の入口で、彼はそう呟いた。

 以前は、森に近いこの土地では魔物の警戒が常だった。柵は補修され、夜は交代で見張りが立つ。それが今は、昼間に子どもが外を走り、家畜が落ち着いて草を食んでいる。

「楽になっただけだよ」

 村人はそう答える。

「何も起きないんだ」

 行商人は笑ったが、その目は笑っていなかった。

「“何も起きない”ってのが、一番変だろ」

 それでも彼は深くは踏み込まず、いつも通り品を売り、話を聞き、村を出て行った。

 噂は、そうやって外へ流れていく。

「魔物が寄りつかない村がある」

「理由は分からないが、畑が荒らされない」

「兵も冒険者もいないのに、だ」

 話は尾ひれをつけ、形を変える。

 ある者は結界だと言い、ある者は聖地だと言った。

 けれど、誰一人として“人がいる”とは言わなかった。

 村では、いつも通りの一日が流れている。

 ユウトは朝から畑に出て、昼には薪割りを手伝い、夕方には子どもに文字を教えていた。

「この字、前の世界にもあったな」

「へえ、じゃあ先生だな」

 笑い声が起きる。

 剣の話は、誰もしない。

 夜、村の外れで焚き火を囲みながら、年寄りがぽつりと言った。

「昔はな、この辺りもよく襲われた」

「今は?」

「今は……怖いくらい何も来ん」

 ユウトは火を見つめたまま、何も言わない。

 その背中を見て、村人はそれ以上聞かなかった。

 別の日。

 街道を歩く兵士たちが、地図を見比べて足を止めた。

「この辺りだ」

「魔物の報告が、急に途絶えた場所か」

「偶然にしちゃ、長すぎる」

 彼らは村の名前を記録し、印をつけただけで通り過ぎた。

 まだ、来る理由がない。

 まだ、確信がない。

 村は今日も平穏だ。

 風が吹き、畑が揺れ、夜が来る。

 ユウトは空を見上げて思う。

 この静けさが、いつまで続くのか。

 ――いや。

 続いてしまうからこそ、人は疑うのだと。

 剣を抜かず、力を語らず、ただそこにいるだけで。

 静かな村は、少しずつ“知られて”いった。

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