7"残る理由
ユウトが畑に出てきたのは、朝霧がまだ残る時間だった。
完全に治ったわけではない。動けば痛みはあるし、力も戻りきっていない。それでも、彼は鍬を握った。
「……手伝います」
村人たちは一瞬驚いたが、誰も止めなかった。
「無理はするなよ」
「はい」
短いやり取りだけで、作業が始まる。
土を返す感触に、ユウトは小さく息を吐いた。
剣より重い。
なのに、怖くない。
「……不思議だな」
隣で作業していた男が笑う。
「何がだ?」
「戦ってる時より、よっぽど疲れるのに……嫌じゃない」
「畑はな、逃げないからな」
その言葉に、ユウトは手を止めた。
逃げない。
置いていかれない。
昼、皆で簡単な食事をとる。
パンとスープだけの質素なものだが、ユウトは黙々と食べた。
「……美味い」
「そうか?」
「はい」
それだけで、胸が少し温かくなる。
夕方、ユウトは村長のバルドに呼ばれた。
「体はどうだ」
「まだ、万全じゃないです」
「それでいい」
バルドは、真っ直ぐに言った。
「ここは、万全な奴が来る場所じゃない」
ユウトは、一瞬言葉を失い、それから笑った。
「……残っても、いいですか」
「聞くまでもない」
即答だった。
「働ける分だけ働け。休みたい日は休め」
「……はい」
その夜。
ユウトは家の前で、空を見上げていた。
「なあ」
傍らに立つ転移者に声をかける。
「俺、逃げたんだよな」
「そうだな」
「……でも」
少し間を置いて、続ける。
「逃げた先が、ここで良かった」
剣は、相変わらず壁に立てかけたままだ。
抜く必要がない夜が、続いている。
遠くで、虫が鳴く。
村は、今日も静かだ。
ユウトは思う。
ここは、終わりの場所じゃない。
壊れた人間が、立て直すための場所だ。
そしてその中心に、何も語らず、何も主張しない転移者がいる。
彼が来てから、この村では――
まだ、一度も剣が抜かれていない。




