5"壊れかけた者
村の朝は静かだった。
いつも通り畑へ向かう途中、違和感に気づいたのは足を止めた時だ。鳥の声が、少し遠い。風は吹いているのに、何かが引っかかる。
「……?」
視線を下ろすと、道の脇に人が倒れていた。
男だ。
鎧は傷だらけで、泥と血が乾いてこびりついている。剣を握った右手は力が抜けず、指が不自然に曲がったままだった。
「生きてるな……」
胸は、かろうじて上下している。
すぐに村へ知らせると、数人が駆けつけてきた。
「魔物にやられたのか?」
「いや……人間だ」
村人たちは警戒しつつも、誰も剣を抜かなかった。以前なら、まず距離を取って様子を見るはずだった。だが今は違う。
バルドが一歩前に出る。
「運ぶぞ。ここで死なせる理由はない」
即断だった。
男は空き家に運ばれ、簡単な手当てを受けた。鎧を外すと、身体中に古い傷がある。致命傷ではないが、どれも雑で、命を軽んじられた扱いを感じさせた。
夜。
男は、うなされるように声を上げた。
「……撤退だって……言っただろ……」
「置いていくな……」
「……もう、無理だ……」
誰に向けた言葉なのかは分からない。だが、その声は、聞いている者の胸を締めつけた。
しばらくして、男は目を覚ました。
天井を見つめ、焦点の合わない目で周囲を探る。
「……ここは……」
「村だ。安心しろ」
バルドの声に、男の身体がびくりと震えた。
「……助けは……」
「もう終わった。ここには、敵はいない」
その言葉に、男は息を詰め――次の瞬間、嗚咽を漏らした。
堪えていたものが、崩れ落ちるように。
「……すみません……」
「何がだ?」
「……生きてて……」
謝る理由など、どこにもない。
だが、男は何度も同じ言葉を繰り返した。
少し離れた場所で、その様子を見ていた転移者は、何も言わなかった。
ただ、思う。
――また一人、辿り着いた。
戦えなくなった者。
壊れきる前に、逃げてきた者。
この村は、そういう人間を拒まない。
翌朝、村には静かな確信が広がっていた。
「ここは……大丈夫だ」
理由は説明できない。
だが、何も起きない場所には、壊れた者が辿り着く。
噂は、もう芽ではない。
静かに、根を張り始めていた。




