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売れ残った転移者は異世界を謳歌する  作者: 無糖こーひー
1章 売れ残りは動かない
6/23

5"壊れかけた者

村の朝は静かだった。

 いつも通り畑へ向かう途中、違和感に気づいたのは足を止めた時だ。鳥の声が、少し遠い。風は吹いているのに、何かが引っかかる。

「……?」

 視線を下ろすと、道の脇に人が倒れていた。

 男だ。

 鎧は傷だらけで、泥と血が乾いてこびりついている。剣を握った右手は力が抜けず、指が不自然に曲がったままだった。

「生きてるな……」

 胸は、かろうじて上下している。

 すぐに村へ知らせると、数人が駆けつけてきた。

「魔物にやられたのか?」

「いや……人間だ」

 村人たちは警戒しつつも、誰も剣を抜かなかった。以前なら、まず距離を取って様子を見るはずだった。だが今は違う。

 バルドが一歩前に出る。

「運ぶぞ。ここで死なせる理由はない」

 即断だった。

 男は空き家に運ばれ、簡単な手当てを受けた。鎧を外すと、身体中に古い傷がある。致命傷ではないが、どれも雑で、命を軽んじられた扱いを感じさせた。

 夜。

 男は、うなされるように声を上げた。

「……撤退だって……言っただろ……」

「置いていくな……」

「……もう、無理だ……」

 誰に向けた言葉なのかは分からない。だが、その声は、聞いている者の胸を締めつけた。

 しばらくして、男は目を覚ました。

 天井を見つめ、焦点の合わない目で周囲を探る。

「……ここは……」

「村だ。安心しろ」

 バルドの声に、男の身体がびくりと震えた。

「……助けは……」

「もう終わった。ここには、敵はいない」

 その言葉に、男は息を詰め――次の瞬間、嗚咽を漏らした。

 堪えていたものが、崩れ落ちるように。

「……すみません……」

「何がだ?」

「……生きてて……」

 謝る理由など、どこにもない。

 だが、男は何度も同じ言葉を繰り返した。

 少し離れた場所で、その様子を見ていた転移者は、何も言わなかった。

 ただ、思う。

 ――また一人、辿り着いた。

 戦えなくなった者。

 壊れきる前に、逃げてきた者。

 この村は、そういう人間を拒まない。

 翌朝、村には静かな確信が広がっていた。

「ここは……大丈夫だ」

 理由は説明できない。

 だが、何も起きない場所には、壊れた者が辿り着く。

 噂は、もう芽ではない。

 静かに、根を張り始めていた。

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