19"理解されない村
王都の一室で、私兵隊長は報告書を差し出していた。
机の向こうに座る男――侯爵は、書面に目を落としたまま言う。
「……で、戦闘は?」
「発生していません」
その答えに、侯爵の手が止まった。
「魔物は?」
「確認できず」
「村人は?」
「通常通り生活しています」
紙をめくる音が、やけに大きく響いた。
「では何をしに行った?」
「……確認です」
私兵隊長は、視線を伏せた。
近づけなかった。
理由は分からない。
ただ、踏み込めなかった。
それ以上の言葉が、どうしても出てこなかった。
「管理不能、というわけか」
侯爵は小さく息を吐く。
「この件は凍結する。これ以上触れるな」
理解できないものに、深入りはしない。
それが、この国のやり方だった。
数日後。
街道を行き交う人々の間で、話が広まり始める。
「魔物が寄りつかない村があるらしい」
「王国の兵が引き返したって」
「聖人がいるとか、いないとか」
噂は形を変え、重なり、歪んでいく。
癒やしの地。
禁足の地。
神に近い場所。
どれも真実ではなく、どれも否定できなかった。
村では、何も変わらない。
畑は耕され、井戸の水は冷たい。
子どもたちは走り、老人は日向で眠る。
「最近、魔物の話を聞かんな」
「そういえば、そうだな」
誰かが言えば、誰かが頷く。
理由を探す者はいない。
ノラは、今日も畑に水を撒いていた。
背後で、ユウトが声をかける。
「……結局、何も起きなかったな」
「起きない方がいい」
それだけを返す。
村の外れでは、私兵の残した足跡が、すでに消えかけていた。
踏み込めなかった理由も、
退いた理由も、
誰にも分からないまま。
ただ一つ。
この村には、
何も起こらない。
それだけが、確かな事実として残っていた。




