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「あのさーここのことなんだけど、主任に聞いたらもう少し予算がどうにかならないかって。それで、相談なんだけど、私なりに考えて……」仁科は、手元の資料から視線を外し、知の顔を見ていた。「おーい、おーい」声を掛けるが返事がない。知の横顔だけが仁科の視界に映る。視線の先をたどる。
「あーなるほど」
何かを察した仁科は、知の肩を叩いた。知の身体が小さく弾んだ。
「私が紹介してあげようか」
「何の話だ」
「なんのって……」仁科は知が見ていた対象に顔を向ける。ああ、と察した知は、仁科の手元から資料を取り、目を通し始めた。
「好きなんでしょ。可愛いもんね」
「俺は、アイドルは画面越しに見るタイプだ」
「へえ、そうやって言い訳する辺りがますます怪しい」
「見てるだけで十分だろ。ほら、なんつーか、やる気の問題? 恋愛どうこう以前に、毎日出勤する職場が男だけだったらむさくるしいだろ。いるだけで癒されてんだよ」
「へえ、じゃあ私を癒しにしてくれてもいいんだけど?」
知は首を傾ける。
「どうかな。上司の機嫌ばっか窺って、どう考えても無理な提案を一度も否定せず、笑顔で、承知しました! ってすんなり受け入れ、最初はともかく、息詰まると毎回俺のところに丸投げしてくる奴を癒しとは到底思えんな」知は資料を仁科に差し出す。
「無理だ。切り詰めて切り詰めてこうなったのは仁科も知ってるだろ。自分でできませんって言ってこい」
仁科は差し出された資料に手を伸ばさなかった。「よくご存じでー。私だって悪いとは思ってるんだよ? だから偶には、知くんの望みを叶えてあげようかと思ったんだけど、」
「お気遣いなく」受け取る気がないとわかった知は、デスクチェアを引き、立ち上がる。「わかってるよ。冗談だ。世の中には役割ってもんがある。顔のいい仁科が上司の機嫌を取っておけば、実質平社員全員に恩恵が来る。自分たちにはその役目が果たせないってこともみんなわかってる。だから俺も一度しか仁科に提案はしない。仁科が嫌だって言えば受け入れるよ。やめたくならない程度に自由気ままに仕事をしてくだされ、我が課のお嬢様」知は資料を持って歩いていく。
「どこ行くの?」
「怒鳴られにー」知は仁科に背を向けたまま、顔の横で資料をひらひらとさせた。




