4章⑤
公演の日。父とセザール、サラの三人は馬車でオペラ座へと向かっていた。
サラはすっかり浮かれた様子で、馬車の中でも辺りを見渡してばかりいる。
「お父様。ガルニエ様はどこ? 観劇にいらっしゃるの?」
「今日は仕事があると聞いている。
観劇には来られないらしいが、その後場内のレストランで落ち合う約束をしている」
「本当!」
サラは、ぱっと顔を明るくし鼻歌までも歌い始める。
「そんなに嬉しいのか」
「ええ、勿論ですとも! あの、お美しい姿を間近で見られるだなんて、光栄です。
学校の女子生徒は皆、ガルニエ様の事ばかり話しているわ。
憧れの的なの。ああ、楽しみ!」
どうやら、相当な人気なようだ。
支配人にならず役者でもやっていたのなら、それはそれはオペラ座は大盛況だったことだろう。
「にいさまは? にいさまもそう思うでしょう?」
「え、えっと。
何が」
「ガルニエ様のこと! 素敵な方だって思うでしょうって」
なんて返せば良いのだろうか。
同意を求めるサラの視線が怖い。
どう答えても誤解されそうなので、必死に言葉を選んだ。
「あ、ああ。そうだな、えっと……話しやすい人だなと思うよ……」
「つまりそれって、素敵って事よね?だって、お父様」
娘の満面の笑みに、父の顔はほころぶ。
単純に娘の喜ぶ姿が微笑ましいのだろうか。
または、セザールがペトロニーユに比較的好意的な感情を抱いているのが嬉しいのかだろうか。心の内はわからない。
「サラ、外に出たらもう少し淑やかに振る舞いなさい」
「はぁい、お父様」
劇場の前へ降り立つと、周囲にどよめきが走る。
彼らの視線を一瞬にして捉えたのはサラだった。
すらりとした姿勢に、淑女として完璧な仕草。
そして、美丈夫で有名な父の血と、利発で聡明な母の血を濃く受け継いでいる。
うっかり目を奪われるのも無理はない。彼女はフランス社交界一の美貌を持つ令嬢なのだから。
何人かの若者は、話しかけようとこちらに近づいてくる。
だが、にらみをきかせた父を目の当たりにした彼らは、恐れおののき退散していった。
サラはくすくすと笑い、小声で耳打ちする。
「今日はとっても快適だわ。
だって、誰も話しかけてこないんだもの。
にいさまとお父様のお陰ね、きっと」
少なくとも、僕のお陰ではないと思うけどな。
そう言ってしまえば、要らぬ反論を食らう事になるだろう。
特に言葉は返さず、にっと口角だけを上げておいた。
ラファイエット家専用のボックス席には、今日のために椅子が一つ増えていた。
三人で並び腰掛けると直ぐ、会場の照明が落とされる。
『ファウスト』の始まりだ。
今回ばかりは途中で席を立つことは許されない。
が、今日は幸いなことに今日は妹が隣に居る。
観劇好きの彼女は、小さな歓声を上げながら舞台へ釘付けだ。
横顔はまるで賽の目のようにくるくると変わる。それが一等面白い。
しかも、会場にエステルが来ているかもしれないという可能性付きだ。
今もどこかで舞台を見下ろしているかもしれない。
セザールは舞台そっちのけで、ボックス席をくまなく探す。
捜索に夢中になっていると、いつの間にか物語は終盤を迎えた。
大喝采ののち、観客達は続々と退出していく。
結局、観客の中からエステルの姿を発見することは叶わず、セザールは肩を落とした。
「ふふ!やはりオペラ座で見るファウストは格別だわ!」
「ペトロニーユとの約束の時間まで時間がある。
暫く席で待っていよう」
「解りました」
「はぁい」
兄の胸の内などつゆ知らず、サラはカーテンを落としたボックス席の中をうろついている。
忙しなく動く彼女を、父は窘めた。
「サラ、席に着きなさい。
みっともない」
「ガルニエ様と会えるのが楽しみで仕方ないの!
足を止めたら緊張で砕け散ってしまうわ……だめ?」
「気持ちは解らなくはないが……とにかく少しじっとしているように」
サラは少々不機嫌気味に、席に着いた。




