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Beast Of The Opera  作者: 内海郁


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4章③

 君の父上がこの場を作った理由の一つだよ。


 先ほどから引っかかっていた事について訊ねた。

 すると、彼女は「うーん」と愉快そうに唸りながら言った。


「それは、自分で考えることだ。

 どうやら君は、父上によく似て育ったようだからね」


 その言葉に首を傾げていると、デザートが運ばれてきた。

 白い皿の上に乗るのは、完熟のリンゴが包まれたアップルパイだ。

 ほのかに湯気が立ち、砂糖とシナモンの甘い香りが漂う。


「父上はまだ帰られないようだ。

 惜しいが少し待つことにしよう。

 その間に、君の話を聞かせてくれるかな」


「僕の話、ですか」


「ずっと私達だけ話していて退屈しただろう。

 次は君の番だセザール。

 練習だと思って好きに喋るといい」


 ほら、と急かすように指を指される

 。今だ、と確信したセザールは背筋を伸ばし、ずっと問いたかった言葉を口にする。


「記念公演の日、僕たち以外にも貴族は来ていたんですよね」


「ああ、席を埋めつくすほどにはね。

 何か、気になることでも?」


「……その中に、黒いドレスのご令嬢はいらっしゃいませんでしたか。

 赤い髪の美しい、すらりとした女性です。

 ペトロニーユさんが何か知っていればお聞きしたく……」


「流石に、私も全ての観客の顔と名前を把握している訳じゃないんだ。

 人探しなら探偵でも雇うといい」


 放たれた声は抑揚がなく、どこか不気味だった。

 一瞬にして冷えた視線が、セザールに注がれる。


「でも、二階のボックス席に確かに座っていました。

 あの席は貴族が主に……」


「彼女がボックス席に? 

 それが一体、君と私に何の関係があるんだい」


 ペトロニーユの眉がぴくりと動く。

 人形じみた顔面が僅かに歪んだ。


「……あの」


「すまないね。

 同じようなことをよく聞かれるもので。

 実は少しうんざりしている。多いんだ。

 オペラ座で貴族の令嬢を見初めて、その身元を突き止めようとする輩が」


 強張っていた表情が、一気に柔らかくなる。

 だが温厚で気品のある、どこか豪胆な先ほどの声とは違う。

 冷たい氷を思わせるものだった。


 これは、怒らせてしまった。


 セザールは、慌てて誤魔化すように笑う。


「……でも見間違いかも、しれないです。

 あの時は随分と疲れていたので」


「夜のオペラ座では不思議なことが起きる。

 きっとその時、君は怪人の幻術に惑わされたんだろうよ」


 穏やかに戻った優しいアルトはそう言った。


「怪人? オペラ座の怪人……ですか」


「ふふ、流石に冗談だとわかるかな。

 有名な都市伝説さ」


「貴方は、オペラ座の怪人についてご存じなんですか」


「私はここの支配人だよ。

 何もしなくても耳に入ってくるさ。聞くかい」


 セザールは頷く。

 この話をロジェにしてやれば、きっと喜ぶだろう。


「怪人の噂については、僕たち学生の間でもよく話題になっています。

 オペラ座の地下にて至宝を守る、怪人。

 至宝を暴こうとした者を秘密裏に抹消していく……」


「その噂、どれほど前からあるか知っているかい。

 なんと、建設当初から……つまり五〇年以上も前だ」


 ペトロニーユの指が、芝居がかったようにしなやかに動く。


「亡霊や古代実験物の残骸、獣の病の罹患者の成れ果て……あれの正体には様々な説がある。

 だが、あれの正体は死人でも遺物でも害獣でもない。

 人の心に住み着いた、ありふれた好奇心だ」


「好奇心?」


「いくら亡霊でも、物理的に人を害することはできない。

 古代実験物の残骸など、あればアレクサンドリアがとっくに回収している。

 発狂した獣でも五〇年もの間狂い続けるなんて無理のある話だ。

 これは君も理解しているはずだよ」


 確かに、彼女の言うとおりだった。

 発狂は、体が獣の病に耐えられなくなる末期症状である。

 発症すれば数ヶ月、遅くとも数年以内には死亡する。


「最近オペラ座で目撃されたっていうのも……」


「私も聞いた、裏口で踊り子が見間違えたものだろう。

 あれの正体は、夜勤の清掃員だよ。

 私も少し怖がってしまったが、損したね」


 けらけらと笑うペトロニーユ。

 彼女の説く考えは、おおよそ理にかなっているし、矛盾もない。


 だが、ただ一つだけ証明できないことがある。

 先日セザール自身が地下で目の当たりにした怪人だ。

 怪人がただの怪談というのであれば、あれは一体何だったのだろうか。


 思い切って訊ねてみようと口を開くが、運悪く父が戻ってきてしまった。


「おや、既にデザートが運ばれていたのか、これは失礼」


「待ちくたびれましたよ。

 幸い、まだ温かい。

 早く食べてしまいましょう」


 先ほどの不機嫌さを全く感じさせず、けろりと微笑むペトロニーユ。

 その変わりように、セザールは拍子抜けした。


 女性というのは、やはり恐ろしい生き物なのか。

 ナイフとフォークを手に取った。そしてはっと気がつく。


 いつの間にか、話をすり替えられてしまっているのではないか。


 口に含んだ林檎の甘みが、喉の奥へと染みこんだ。




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