表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Beast Of The Opera  作者: 内海郁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/38

3章③

 吹き抜けのロビーの二階、バルコニーにてワイングラスを持つ人物にライトが当てられる。

 一見すればタキシードを着た男性のようだが、顔つきや僅かな仕草で女性だとわかった。

 彼女は滑らかな動作で礼をする。


「紳士淑女の皆様、今宵はお集まりいただき本当にありがとうございます。

 お楽しみ頂けていますでしょうか」


 女性にしてはやや低く、骨に響くような張りのある声。

 歌手だと言われれば納得してしまうだろう。


 セザールはその姿を、以前新聞で目にした事があった。

 彼女こそ、このオペラ座の主。

 ペトロニーユ・E・ガルニエだ。

 まだ若いながら、大火災で痛手を負った劇場を復興させた優秀な経営者であり、希有な美貌を持つ男装の麗人だ。

 パリの新聞記者や権利活動家、婦人達の憧れの的でもある。


 人々は彼女へ、盛大な喝采を送る。


「本日は私の支配人就任一〇周年の記念すべき日です。

 今日までオペラ座が輝けているのは、ひとえに皆様のご愛顧と応援のお陰。

 本当に本当に、感謝いたします。

 また、今夜の演目は『ファウスト』。

 今最もオペラ座で愛される歌劇にして、私の一番のお気に入りです。

 開演まで今暫くお待ちください」


 上品な仕草で礼をすると、会場の人々は拍手でペトロニーユを称えた。

 つられてセザールも小さく手を叩く。


 照明が戻り、ペトロニーユが引き下がると、人々はまた談笑を始める。

 ぼうっと立っていればまた誰かに話しかけられるだろう。

 セザールは皿を持って、逃げるように食事スペースへと向かった。


 食欲はないが、何か口に含めば気持ちが落ち着く様な気がした。

 白いテーブルクロスの上には、無数の食事がこれ見よがしに並んでいる。

 焦燥から手当たり次第に料理を取り、口へと運んだ。

 だが勢い余ったせいで、大きなチキンが喉に詰まってしまう。


「う、うえぅ」


 嘔吐き咳き込んでいると、水の入ったコップを渡される。

 飲め、と言うことだろうか。

 涙の膜で覆われた視界では、目の前にいる人物が誰かわからない。

 とにかく胃へチキンを流し込みたかったセザールは、コップを受け取り一気に飲み干した。


「落ち着いて。

 ゆっくりと飲みたまえ」


「ゲホッ……ふ、ふぅ……ありがとうございま、え」


 顔を上げ、涙を拭う。

 視界の先に居たのは、先ほどバルコニーで礼をしていた支配人その人だった。

 彼女はにこりと微笑みながら、陶器の人形のような顔を此方に向ける。


「し、支配に……ん?」


「ははは、いい顔だね。

 驚かせてしまったかな」


 形の良い眉をくしゃりと曲げて笑う。

 そんな彼女の様子をちらちらと眺めながら、セザールはコップを握りしめる。


「あ、ありがとうございます」


「それはよかった。

 に、しても、君とはどこかであった事がある気がするな……うぅん、こう、頭の隅にあるんだけど、どうしても思い出せない」


「ペトロニーユ、久方ぶりだな」


 首を傾げる支配人の背後から、セザールの父がやってきた。

 支配人も「ラファイエットさん」とにっこりと微笑んだ。


「就任一〇周年おめでとう。

 随分と立派になったものだ。

 君が幼い頃の時の出来事を、まるで昨日のことのように思い出せるのに。

 ああ、時が流れるのは早い」


「いえいえ。こちらこそ、お越しくださり感謝いたします。

 どうですか、調子の方は」


「ぼちぼち、といったところだよ」


 親しげに話す父と支配人の姿を目の当たりにし、セザールは目を丸くする。


「そうだ、彼のことを覚えているか。

 一度だけだが、会わせたことがあるんだ。

 と、いっても二〇年も前のことだが」


「彼が」


 支配人の瞳がこちらをじっと見つめる。

 深い海の底を思わせる瞳に、どこか狂気じみた色を感じた。


「そうか、セザール。あの小さなセザールか!

 道理で見覚えのある顔だと思った。

 私のこと覚えているかい」


 思わず反射的に首を横に振り、すみませんと呟いた。


「無理もない。

 君たちが出会ったのは、かなり幼い時……セザールなんか生まれて間もない赤ん坊だったからな。

 君はまだしも、息子は物心のもの字のついていない赤ん坊だった」


「ふふ、そうだ。

 そうだった。

 おっと、いけない。用事があるんだ。

 そうだ、ラファイエットさん。また今度、お食事でもいかがですか。久しぶりにお話しましょう」


「勿論だ。楽しみにしているよ」


 約束ですよ。


 ペトロニーユは綺麗に一礼すると、踵を返し食事スペースを後にした。


「彼に、似てきたな……」


 ぼそりと呟くのを耳にすると、セザールは恐る恐る疑問を口にする。


「父様、あの、ガルニエ様とはどういった……」


「そういえば、話していなかったな。

 彼女の父親とは幼なじみであり、学院時代の同級生だった。

 その縁で、彼女とも幼い頃から交流がある」


「ご学友、ですか?」


「お前とフリムラン家の息子のような関係だ。

 物心ついた時から一緒だった。

 学校でも家でもよく遊んだものだ。

 オペラ座の中庭やガルニエ家の庭園は格好の遊び場だった。

 まさか、娘を残して失踪するとはな……」


 その言葉を口にした瞬間、父ははっと我に返る。

 僅かに目を逸らすと、どこか気まずそうに口を開いた。


「言い過ぎたな、今のは忘れてくれ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ