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Beast Of The Opera  作者: 内海郁


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3章②

 慣れない正装に顔をしかめ、セザールは鏡を睨みつけた。

 今まで数度しか袖を通したことのないタキシードは、ぎゅうぎゅうと体を締め付ける。

 だが、慣れない衣装以上に彼を苦しめるものがあった。


 ネクタイだ。

 ネクタイが結べないのだ。


 かれこれ一〇分以上格闘している。

 おろしたての素材だからだろうか、滑る上に硬く、上手く手順を踏もうとしても不格好な形に仕上がるのだ。


 眉間を狭め、「これだから正装は苦手なんだ」と悪態を吐く。


「セザール、準備はできたか」


 なかなかやってこない息子にしびれを切らせたのだろう。

 部屋の外で待っていた父がやってきた。

 彼もまた正装を着込んでいる。


「おや、随分と前衛的な結び方だな」


「……すみません」


「構わない。

 今日は私が手伝おう。

 次回までの課題だな」


 父はネクタイを受け取ると、慣れた手つきで結び上げた。

 手本のような見事な結び目に、思わずぽかんと口を開ける。


「二〇年結び続ければ誰でも上手くなる」


 屋敷を出ると、既に馬車が扉を開け親子を待ち構えていた。

 戸が閉まると、鞭の音と共に、軽やかな蹄鉄の音が鳴り始めた。


「セザール」


「はい」


「怪我はまだ痛むのか」


 その言葉に体が冷える。


 先日セザールは、オペラ座の地下へと潜り込み朝方発見された。

 その結果、軽傷の範囲だがいくつか怪我を負った。

 勿論説明を強いられたが、流石にオペラ座の地下に行ったとは言えない。

 ロジェと口裏を合わせ、酒に興味が出たと誤魔化した。

 執事や妹には無断外出や怪我を酷く叱られたが、父は口を挟まずその姿を遠くで見ているだけだった。

 以降、今日まで一度たりともその話に触れられていない。


「もう、おおかた治りました」


「ならば良い。

 人間はときおり無茶をしたくなる事がある。

 仕方の無いことだ。

 だが、命の危険に関わる物事には細心の注意を払いなさい」


「はい」


 セザールの一言と共に馬車が止まる。

 空を見上げた。先ほどは茜色に染まっていた空も、すっかり藍色のベールを纏っている。

 普段無い装飾を施されているからだろうか。

 照明に照らされたオペラ座は、化粧を施されているかのようだった。


 父に連れられるまま、劇場の中へと入る。

 オペラ座には劇場とは別に、いくつかのホールがあった。

 今回はその一つでパーティーが開かれている。


 大勢の人間がこの場に集まっているのかと思うと改めて理解する。

 耳障りな喧騒に、今すぐにでも泥になりたい気分だ。


「客人として、最良の振る舞いを心がけなさい」


「……はい」


 父は、赤い扉の前で止まると、それを挟むドアマンに軽く礼をした。

 彼らは礼を返すと、持っていた杖で軽く地面を突く。

 すると、扉はゆっくりと開いた。


 瞬間、香ばしい料理の匂いと人々の談笑する声が耳に入ってきた。


 中には、既に訪れていた観客たちが色とりどりの衣装に身を包み込んでいる。

 皆、思い思いの交流を楽しんでいた。


 父とセザールが会場に足を踏み入れると、何人かの目ざとい客人がこちらを捉えた。

 彼らは一目散に此方に歩み寄り、二人は瞬く間に囲まれてしまう。


 彼らは口々に話しかける。


「これはこれは、ラファイエット伯。

 ご機嫌いかが」


「またお会いできて嬉しいですわ。

 私のこと覚えていらっしゃる? 以前パーティでご一緒しましたでしょう」


「久しぶりだな、ラファイエット。

 そういえば、君とは何年も食事をしていなかった。

 そうだ。

 このあと我が家に来ないか。

 腕の良いシェフを雇ったんだ」


 観客たちは我先にと父へと声をかけ、その視線を自分に向けようと必死だ。

 セザールは思わず父の背中へ身を隠す。


「ははは、皆様お元気そうで何よりだ」


 彼らに対しにこりと微笑む父の姿は、今までになく頼もしかった。


 ラファイエット家は、社交界でも魔書学会で広く名を知られている。

 それ故、家柄に財産、そして身内から見ても美しい容姿を持った父の元には、蠅のように人が寄ってくる。

 彼らの目的はラファイエット家との繋がりそのものだ。

 繋がりが強固であればある程、この世界では有利になる。

 中には、後妻の座を獲得しようとする猛者までいるらしい。

 勿論父が、そういった誘いに乗ることは一切なかった。


 セザールは、人間の醜悪さを凝縮したような姿に、思わず顔をしかめる。

 一方父は顔色一つ変えず、一人ひとりに丁寧に返事を返していく。


「すまない。

 今夜は息子を連れているのでね。

 また後日にさせてもらってもいいかな」


 広い掌に肩を軽く叩かれる。

 緊張でびくりと体が震えた。


「まあ、彼がご子息で。

 お父様ににて端正な顔つきをしていらっしゃる」


「以前より大きくなりましたな。

 確か、学生でしたか。

 うむ、将来、大物になりそうな顔をしている。

 きっと、歴史に名を残す魔書を作るだろう」


 向けられる視線に囚われないよう、生返事を繰り返す。


 そんなこと、きっと微塵も思っていないんだろうな。


 質問と言葉の雨が降り止んだ頃、突然照明が落とされる。

 どよめきと共に人々の視線は、ある一点に集まった。セザールもつられて顔を上げる。



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