2章⑤
街灯の点る石畳の上に、二人分の影が落ちる。
辺りは薄暗く、彼ら以外に人の気配はない。
懐中時計の時刻は丁度、深夜零時を回った。
確かに、怪談話の類いは怖いと感じた事はない。
だが、実際に夜闇を歩くのは別だ。痺れるような緊張が、全身の神経を震わせる。
「うう、寒いな。
真冬の外は応える」
片方の人影、セザールは少し前を歩くロジェに問う。
「何か見える?」
「何も、誰も。本当に僕たち二人だけだ……そうだ。
ロジェ、持ってきたものを見せてくれないか?」
「ああ。少し待っていてくれ」
そう言ってロジェバッグの中を探り始める。
今日の昼。潜入作戦の詳細を会議した際、ロジェは秘密兵器があると言っていた。
それが何か、気になっていたのだ。
「どうだい。かっこいいだろう」
ロジェは鞄の中から一丁の銃を取り出した。
一見普通の銃だが、持ち手の部分に見覚えのある綴りが見える。
「ブラッドベリ製の小型拳銃……?
嘘だろう。
世界に五丁しかないって」
金属製の銃弾を用いる代わりに魔力を抽出し発射する、ブラッドベリ社の逸品だ。
リロードを必要とせず、魔力が続く限り連射できるという。
だがこれが製作された直後会社が消えたせいで、試作段階の数丁しか残されていない。
まさか、最高級の魔術道具が現れるとは。
開いた口から、冷気が流れ込む。
「うちで保管していたんだ。
パパの部屋のショーケースにしまってあったよ。
けっこういけていると思わない?」
「お父上の?」
フリムラン家が所有する魔術道具と言えば、価値は数百万はくだらない。
歴史的価値のあるものばかりだ。
しかも投手である父の私室から、と言えばその価値を想像することはむしろ難しい。
その貴重さを説こうとしても、ロジェは首を傾げるだけだ。
遺産級の品々に囲まれて育ったせいで、感覚が麻痺しているのだろう。
それどころか、他にも持ってきたよ、と誇らしげに言うのだ。
「……ああもう、絶対に壊さないでよ」
「もちろんですとも!」
ロジェの後ろをため息交じりについていくと、オペラ座の裏へとたどり着く。
曰く、ここが最近怪人が目撃された場所だそうだ。
ロジェは小さな灯りを頼りに地面を眺める。
地下へ向かうための出入り口を探しているのだ。
セザールも一緒になって探し回る。
「……あった」
植木の向こうに、人一人入れるくらいのマンホールを見つけた。
よく見れば、最近開けたような痕跡もある。
「……ここに入るつもり?」
「もちろんだよ」
重い石の蓋が外される。現れたのは地下へと続く長い縦穴。
それを覗き込んだセザールの肌には鳥肌がたった。
ロジェは洋灯を腰のベルトに下げ、軽い身のこなしで地下へ続く暗黒へと挑む。
はしごと呼ぶには粗末な、壁に打ち付けただけの鉄の足場を伝い、降りていく。
「ロジェ」
「大丈夫だって。
運動神経はいいから、いざとなったら君を抱えて逃げるよ」
降りながら話すせいか、徐々にその声は遠ざかっていく。
セザールは観念し、彼の後を追うようにはしごに足をかけた。
かつかつかつ、と軽快な靴音だけが狭い縦穴にこだまする。
ふと頭上を見上げると、黒い視界に丸くくりぬいた夜空が浮かぶ。
親の言いつけを破る罪悪感と、道の空間への恐怖がふつふつとわき上がる。
震える手に力を込め、無心で地下へと降りた。
もう一〇メートルほど降りた頃だろうか。
足元で、小さな水の跳ねる音がした。
「おーい、セザール。足がついたみたいだ」
脳天気なロジェの声に安堵していると、セザールの足も硬い地面へと触れる。
無駄に力めばつるりと滑る、湿った石畳だ。
明かりはあるが、用心して足を運ばなければ痛い目に遭うだろう。
「うんうん、雰囲気は抜群!」
「雰囲気って……もう少し声を落として。
誰かに聞かれているかもしれない」
「へへへ、そうだな。でも、怪人が聞いていたら探す手間が省けるのに」
ロジェは冒険譚の主人公気取りで洋灯の明かりを掲げる。
視界に広がったのは、石と木材で固められたトンネルだ。
二人並んで十分歩ける歩道に、その倍以上の幅の水路。
天井までの高さはセザールを縦に二人分重ねても余裕がある。
半円形の形状をしているせいか、微かな音でも良く響く。
「とりあえず、上流に進もうか」
ロジェは進み出す。その足取りは、心なしか先ほどよりも軽い。
それとは対照的に、セザールの足は鉛をくくりつけたかの如く重かった。




