2章③
「私たちが展示会を開いたのは、魔書とは、一体どういったものなのか多くの人に知って欲しかったからなんですよ。
ほら、最近需要が増えているじゃないですか、もっと安く手に入りやすい本をたくさんーって」
先日、ロジェが言っていたことを思い出し、セザールは頷いた。
「でも、私はそれでいいのかなって思います。
今じゃもう習知の事実ですけど、あの本の素材は元は私達と同じ人間ですから。
それの数を増やせって意味をもう一度考えて欲しくて」
魔術師も、罹患者も。
結局は同じヒトなのに。
ぽつりと呟かれた一言に、思わず振り向いた。
「不思議ですよね。
何故、魔術が使えないだけで蔑まれ家畜同然とされるのでしょう。
まるで、かつての奴隷のように」
職員の視線は、ぼうっと天井を眺めていた。
「この素体となったヒトたちにも、確かに人生があった。
〈いわく付き〉は、それが色濃く出ている分野だと思うんです。
この肌に、宿っていた温もりについて……一人でも気がついてくれればって、このアプローチを思いついたんです」
職員の指が、〈Carmilla〉の表紙に触れる。
愛おしそうに滑る軌道に、思わず息を呑んだ。
「……でも、いかんせん建物のせいかなかなか人が来ないんですよ。
もしよければ、学生の友人にも声をかけてくれませんか?
入館料、学生さんなら安いって宣伝お願いします。
ふふふ」
「……わかりました」
「よろしくお願いしますね~」
人懐こい猫のように、職員は微笑んだ。
同時に、展示を見終えたロジェが寄ってくる。
「いやぁ、最高だね。
曰く付きの魔書はいつ見ても楽しいや。
あれ、この方は」
「この展示会の主催者の方だそうだ」
職員は立ち上がり、スカートを摘まんでお辞儀する。
「なるほど! 展示品、色々見させてもらいました、勉強になります」
丁寧な礼をするロシェに、職員は微笑みかけた。
「いえ、学生の皆さんの役に立てたのなら嬉しいです。
宣伝、お願いしますね」
「はい、もちろん!セザール、店を周りに行こう」
軽い足取りのロジェは、すたすたと出口へ向かう。
職員に礼をすると、その後にセザールも続いた。
外に出ると、刺すような冷たい日差しが二人に降り注ぐ。
暗い空間に慣れていた目が横に細まった。
「あはは、眩しい。
セザールは展示会どうだった? 何か着想になるようなものはみつかった?」
「……いいや、観るので精一杯だったよ。
でも勉強になった」
「そっかぁ」
前を行っていたロジェは、くるりと振り向き口を開く。
「じゃあさ、セザール。
僕と一緒にオペラ座の怪人を本にしてみないか」
「え、」
唐突な言葉に、セザールは口をぽかんと開けた。
「展示会を見て決めたんだ。
僕が作りたいのは人々を震え上がらせるような、狂気的な魔書だ。
装幀や逸話だけじゃなく、中身もうんと刺激的なものにしたいんだその題材として、オペラ座の怪人を採用したいんだ。
きっと、最高の出来にあるに違いない」
「……君の言いたいことは解る。でも怪人を本にするって、一体どうやって」
その言葉を待ちわびていたと言わんばかりに、ロジェは口角をつり上げる。
「決まっている。オペラ座の地下に行くんだ」
地下、とセザールは思わず口にした。
「まさか、自分たちの手で素体を用意しようって言うのかい?」
「当たり前だ。勿論、君の手を煩わせることはしない。
君と僕で得意を分担しよう」
どうやら、彼は一人でオペラ座地下へと向かうつもりのようだ。
確かに、彼は実技に関しては優秀だ。
魔術の才にも秀でている。
だが、致命的に……そう、足りていない部分があるのだ。地図がなければ満足に行動もできない彼が、地下道に潜入するなど、考えただけでも恐ろしい。
「駄目だ、ロジェ。
絶対に一人で行ってはいけない……結末が見えている。
僕も一緒に向かうから」
この無鉄砲で考えなしの親友を一人にすれば、次に会うのは棺桶の中だ。それだけは絶対に避けたい。
「でもセザール、君は苦手だろう? こういったこと。
僕は平気だからさ」
「逃げてばかりのつもりはないよ。
君のように立ち向かうさ」
自らを奮い立たせるよう、セザールは笑った。
あの時、職員が呟いた言葉が脳裏をよぎる。
それでも天秤は、自らの方へと傾いた。




