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Beast Of The Opera  作者: 内海郁


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1章⑨

「今はさ、解体から製本まで全部一人の装幀師がやっているけど、いつか分業制になると思うんだ。

 表紙につけられる金工細工や宝石細工は専門の職人がいるのに。

 作業を分ければ、その方が効率的だし、いろいろな本を沢山作れる。

 パパは大量生産大量消費とか言ってたけど」


 ロジェの言葉は的を射ている、そうセザールは思った。


 実際、昨今の戦争によって多くの魔書が使用され、勝利のためにはより多くの魔書が必要となってきていた。

 従来のただ一人で行う製本では間に合わなくなってきている。

 そのため一部の装幀師の間では分業制の導入を支持する者が出始めている。

 その筆頭がロジェの実家、フリムラン家だ。


 だが、歴史と伝統を重視する装幀師の間では分業制は嫌悪されており、未だ実行される気配はない。


「……そうだ!」


 ロジェは丸い目をきらりと輝かせた。


「二人でやればいいんだ! 僕が解体をして、セザールが製本。

 苦手な部分をお互いに補えば、きっと新しい魔書が作れると思うんだ」


 ね、と向けられる笑顔にセザールは戸惑うが、思わず頷いた。


 勢いに押された訳ではない。

 セザール自身も一人で作るよりもそっちの方が気楽だと思っていた。


「やったぁ、君なら賛成してくれると思ったんだ。

 パパもきっと喜ぶよ」


 それは息子が念願の分業制を行うからだろうか、それともラファイエット家を取り込む機会になるからだろうか。

 どちらにせよ、貴族の思惑を勘ぐらざるを得ない。


「でも、一応家の面子ってものもあるから、考えるだけってことに……」


「ああ、解っているって。

 ゴタゴタに関しては、重々承知しているつもり」


 セザールはそのままぼうっとと空を見上げる。

 すると直ぐ下から人造馬の鳴き声が聞こえた。

 門の直ぐ側に馬車が止まっている。

 白い木製の外装に、金に塗られた装飾、そして赤い花の紋章。セザールの家の馬車だ。


「ロジェ、うちの馬車が来た」


「あ、本当だ。

 降りようか」


 二人が校門の直ぐ側までやってくると、馬車の扉が開き、中から一人の男性が姿を表す。

 大柄で厳しい目つきの男だ。セザールの身がすくんだ。


「父上……」


「セザール、パンスロン教授から連絡が入った。

 授業で倒れたらしいな。

 今はもう平気なのか」


「……はい」


 セザールの父はその視線をロジェへと向ける。


「フリムラン家の息子か。

 久しぶりだな、父君は息災か」


「はい、おかげさまで!」


 そうかと、一言だけ返すと、セザールに馬車に乗るように告げる。


「わかりました。ロジェ、また明日……」


「またねー」


 セザールが馬車に乗り込むと、脳天気に手を振るロジェを背に、人造馬は動き始めた。

 蹄鉄が石畳の上をからからと歩く音だけが親子の間に流れる。

 二人は向かい合ったまま、ただの一言も発しない。


「セザール」


 しびれを切らしたのか、少し苛立った声色で父は言った。

 その声に気圧され、セザールはまた小さく縮こまる。


「倒れたのは解体の授業だったな。

 まだ克服できないでいるのか」


「……すみません」


「いい。来年の卒業までになんとかすればいいだけの話だ。

 他ならぬお前のためだ、必要な支援は何だってしよう」


「ありがとう、ございます」


 厳しい視線の中から垣間見える優しさに、セザールは息苦しさを感じた。


 父はセザールに期待していた。

 幼い頃から聡明で物わかりのいい子どもだった彼に期待し、時期当主としての教育を施してきた。

 それをセザール自身も理解し、父の思いに答えようと、全力を尽くしてきたつもりだった。


 だからこそ、それに応えられないと確信したときの絶望は計り知れない。

 父が自分に優しく接する度に、罪悪感に囚われ逃げ出したくなる。


「そうだ、半年後といえば。

 卒業制作は決まったか」


 ふと思い出した課題に血の気が引く。


 大学には、卒業と同時に作品を提出する習わしがある。

 装幀師としての第一作目の製作となるこの課題は、大学で学んだ全てをつぎ込む最も重要な課題と言える。


「たしか、フリムラン家は分業製本に対し、賛成の意見を述べているらしいな。

 良い機会だ、あの息子と組むのはどうだ。

 彼は座学はからきしだが、生まれつき手先だけは器用だと評判だ」


「いいんですか、確かお父様は……」


「立場上、表だった意見は言えないが、私も分業制には賛成だ。

 これからは目まぐるしい時代がやってくる、その主役は他ではないお前達だ。

 古い考えも大事にするべきだが、新しいことを取り入れるのも必要だと私は思う。

 御者、このことは黙っていろよ」


「はいよぉ、旦那様」


 脳天気な御者の声に、父は口元に僅かな笑みを零した。


 本当は、魔書なんて作りたくない。

 本心をさらけ出すにはまだ、セザールに勇気は無かった。


 再び静寂が訪れる。屋敷に着くまでの間、ただぼんやりと茜色の光を浴びていた。






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