スカーレット家への訪問
転移門の前まで辿り着くと、ラウルは一度深呼吸をする。
流石に用件が用件だけに緊張感と言うものが普段より遥かに高くのし掛かる。
その様子を見てアルトリアが少し茶化す。
「フフ、まるで結婚の挨拶に行くみたいじゃないか?」
「なっ、何を言い出すアルトリア」
「そうよ!そういうのは旅が終わってから改まってに決まってるでしょ!」
「エミリー?」
一人だけベクトルの違う否定をしているが、言及したとてである。
「冗談はさておいて、僕もしばらくエミリーのお父さんには会えてないから個人的に楽しみではあるんだ。それに10年前の旅立ちの時、スカーレット家からは随分と支援を戴けたから平穏無事に旅が続けられている」
「そう言えばアルトリアも支援受けてたのか。いくらエミリーの幼馴染みとは言え本当に良くしてくれてありがたいな」
実際ラウルからすれば、リゼルハイトに住んでおり仕事柄会うこともまずまずある間柄であり、友人の父親というポジションにあたる比較的近い人物である。
仕事で言えばロジャース商店的にも最大の顧客であり、公私ともに関わりが深い。
毎年ラウルの誕生日にはプレゼントを贈ってくれるほど気にかけてくれている。
「まぁウチには男がいないし二人のことを息子のように思っているんじゃない?特にラウルの事は気に入ってるみたいだし」
実際、家族以外で唯一スカーレット家への転移門に直接アクセスする許可も貰っている程ラウルの事を気に入っているのは間違いない。
「確かに嘘か信か婿入りしろだの何だの良く言われているような。毎回返事に困るんだよな」
「そうよね。私はラウルに婿入りじゃなくて、私が嫁入りしたいって言うのにお父様ったら」
「エミリー?」
例によって(?)暴走気味のエミリーはさておき、本当に覚悟を決める。
「よし、行くか」
三人で視線を合わすと小さく頷く。
転移門に入ると行き先を告げる。
「転移、スカーレットゲート」
三人は目映い光に包まれていくのだった。
光が収まり目を開けると一瞬城かと見間違えるほど立派な屋敷が目に入った。
周囲は森のような木々に囲まれており、立派な庭園なども見える。
転移門の前には屋敷の従者が待っておりこちらを出迎えた。
燕尾服のような服を召しており、短髪の女性の獣人が一礼する。
「お帰りなさいませお嬢様。そしてようこそいらっしゃいましたラウル様、勇者アルトリア様」
「エミリー、この方は?」
「お初御目にかかります。私はスカーレット家に仕えておりますメイド長のアーシャと申します」
「アレ?ラウルも初対面?」
「あぁ。普段は執事長が俺の対応してくれてるから」
「本日執事長は急務があり屋敷におりません。故に私がお客様方の対応をさせていただきます」
「そうですか、よろしくお願いします」
アーシャの案内で庭園を歩き屋敷に向かう。
その最中アルトリアが少し鋭い眼差しをアーシャに向けていることに気がついた。
「何か気になったのか?」
一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにいつもの微笑みを見せる。
「別に大したことじゃないさ。ただ、彼女相当強いなと思ったんだ」
「そう言うのは勇者だから分かるものなのか?」
「いや、これに関してはある程度戦いを経験したら自ずと身に付く感覚だよ。それで言ったらラウルなんて僕がそういう目を向けているのにいち早く気付けるのは日頃の仕事の賜物だろ?似たようなものさ」
アルトリアの視線に気付いたのかアーシャは視線をアルトリアに向けながら歩き出す。
「アルトリア様、当然屋敷に仕える者として戦闘の心得はございますよ。冒険者や勇者様ほどではありませんが、並みの賊くらいであれば私一人でも制圧可能でございます」
そう言うと自信を含んだ笑みを見せたのだった。
スカーレット家が普通に会談などする場合、屋敷の一階にある貴賓室に通されるのである。
しかしラウルが来ると言うこともあり特別にスカーレット家当主の自室に来るよう言われているのだ。
いくらラウルでも当主の自室には入ったことがないのでやや緊張もしている。
その部屋は屋敷の最上階にある。
魔力操作で動くエレベーターに乗るとあっという間に最上階に辿り着く。
扉の前に着くとアーシャは躊躇いなく扉を開ける。
「旦那様、お嬢様と客人をお連れしました」
扉の先には赤茶色の髪、もみ上げまで繋がっている髭を蓄えた少し筋肉質で、スーツを着た男性━━━スカーレット家現当主ニコラス・スカーレットがソファーに座り待ち構えていた。
「いらっしゃい、久しぶりだねラウル」
「お久しぶりでございますニコラス殿。此度は私の無理を聞いてくださり心より感謝申し上げます。こちら、対価としては不相応でしょうがお受け取りください」
「ハッハッハッ、そんなに改まるな。今さらそんな態度を取られたらムズムズする。ん?そっちに居るのはアルトリアか。確か北都に遠征に向かったと聞いていたが?」
「お久しぶりです。北都遠征が終わりリゼルハイトに戻る用事があったのですが、ラウルの件を耳にしたので同行させて戴いております。事前にお伝えせず訪問し申し訳ありません」
「それは構わない。二人とも私の息子のようなものだからな。いつでもウチに立ち寄ると良いさ。ささ、そっちに座ってくれ。アーシャ、エミリーと客人にお茶を」
「承知しました」
部屋を出て茶の準備に向かうアーシャ。
残った三人はニコラスと対面する形でテーブルを挟みソファーに座る。
普通こういうのは家人と客人で分かれて座るだろうにエミリーは当然のようにラウルの隣を陣取っている。
「所で、ラウルが勇者になったと言うのは本当なんだな?」
「はい。しかし、俺のように20代になってから加護の付与と言う話は聞いたことがなく今でも半信半疑です。ただ、王から命が下ったりアルトリアが勇者の気配を察知して来ていると言うことは本当なんだろうと思います」
「なるほどな、確かに20代での加護の付与というのは私も聞いたことはない。エミリーから話を聞いて気になったから書物庫を探ったが何年何百年分遡ろうともそのような例は記載がなかった。少なくとも私が把握している範囲ではリゼルハイト始まって以来の出来事だと思う」
リゼルハイト最古参の一角スカーレット家にすら記述がないと来ればほぼ間違いなく前代未聞なのだろう。
「アルトリアは、他の都市などでそう言った話は聞いたことがあるか?」
「いえ、僕も色々な都市や地方を巡りましたが聞いたことないですね。やはり共通するのが肉体や魔力の成長期に合わせて発現すると言うことです」
「そうだろうな。かつて私が旅に出ていたときも同じであった。となるとラウルに勇者の加護が付与されたことには何かしら意味があるはずだ」
「意味、ですか」
「ああ。この何千年も続く天魔大戦に人界は巻き込まれ天界からの加護により勇者が出現しているが戦況はいっこうに大きく変わらない。だが、ラウルというイレギュラーによって状況が変わるやも知れぬ」
「買い被りすぎだと思いますけど。知っての通り俺はそういう戦闘経験は皆無なんですよ?だから東都に行くだけで王も許してくれたんですが」
「であれば修行をすればよい。戦う術は身に付けておいて損はなかろう。何、必要であればスカーレット家が協力もする。私個人としてもラウルに何かあると困るからな」
「お父様、所で宝物庫はどうだった?」
「うん、しばらく放っていて忘れていたが中々良いものもあったぞ」
それは安心だと思っているとカートを押してアーシャが入室する。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
「おお、ありがとう。まぁ、まずは一服してから見ようじゃないか。時間はたんまりある」
名家スカーレット家と言うこともあり出される紅茶、菓子のレベルはかなり高い。
マフィンを一口齧ると驚いた。
「……美味い!ニコラスさんこれはどちらで?」
「どこだったかな。何せ母さんが買ってきた物だから詳しくは知らないな」
「そう言えばお母様は?」
ニコラスの自室だったから気にしなかったがエミリーの母親がこの場にいなかった。
「ラウルが来るからと張り切って料理を準備している。ラウル、アルトリアよかったら今日はうちに泊まると良い。宝物庫は結構広いし、命を預ける道具を選ぶなら時間をかけた方がいい。部屋ならいつでも泊まれるよう準備しているし問題ない」
「で、ではお言葉に甘えてありがとうございます」
「急遽来た僕まで。ありがとうございます」
「アルトリアあんたのパーティーメンバーは大丈夫なの?目が覚めてあんたが居なくなってパニックとかならない?」
「……………」
「いや何か言いなさいよ」
一瞬明後日の方を向いたアルトリアに思わずツッコミを入れてしまう。
「………まぁ大丈夫じゃないかな?リゼルハイトからここまでは結構遠いし、もしも何かあれば僕が対応するよ」
「マジで頼むわよ。なるべく私は関与したくないから」
お茶と菓子を食べ終えるとニコラス自ら宝物庫へと案内をする。
エレベーターを下りながらニコラスは訪ねる。
「ちなみにラウルはどういった類いの魔法具が欲しいと思っているんだ?」
「一応アルトリアにも相談したんですが、なるべく身を守るための物があると嬉しいですね」
「身を守るものか。そう言った類いも数多く揃えているはずだ。防具もあるし大事に選べばよい」
エレベーターを降りて中庭の方に進むと、噴水の前に止まった。
「三人とも少し離れてなさい」
言われるまま数歩下がり見守る。
ニコラスは右手の中指に指輪を装着するとそのまま手を翳す。
「━━━【解錠】」
短くそう呟くと指輪が紅く光る。
それに合わせて噴水が止まり一気に水が捌けていく。
噴水口の壁に魔方陣が刻まれているのが確認できた。
「エミリー、魔力を」
「はいお父様」
呼ばれたエミリーもまた、ニコラスと同じ指輪を装着すると同様に手を翳す。
エミリーも魔力を指輪に込めると魔方陣が起動し直径2メートルほどの円形のゲートが出来上がった。
「おぉ~、凄いなこれは」
「うん、流石魔法の名家スカーレット家だね」
ラウル、アルトリアともに感心していると二人が手招きをする。
「よし、二人ともゲートを潜るといい。この先が宝物庫だ」
そう言うとまずはニコラスがゲートを潜るとその姿は見えなくなる。
「さ、行くわよラウル」
エミリーに手を取られるとそのまま引かれる形でゲートに足を踏み入れた。
その後を追うようにアルトリアもゲートに足を踏み入れる。
ゲートの先はとても広い空間で出来ている。
芸術品の展示物のように台座やガラスケースの中に大量の魔法具が整列されていた。
「ようこそスカーレット家の宝物庫へ」
「いや、凄いですね。博物館並みに魔法具が揃っている。本当に俺がこの中のものを戴いていいんですか?」
「勿論だ。他ならぬラウルのためだ。あー、勿論アルトリアも気になるものがあれば持っていってくれても構わん。ほとんど私たちが使うことはないからな」
「ありがとうございます。良いものがあればありがたく使わせていただきます」
「じゃあお父様、案内は私がするし外からゲートを維持してて」
「そうだな。ではまた後程。夕食時にはアーシャを寄越すからそれまでは自由に探せばよい」
そう言うとニコラスは通ってきたゲートを再度潜り姿を消した。
「よし、じゃあ魔法具選び始めますか」