五十六話 諜報部奇襲作戦
熱海から帰還した愛斗は相当疲れ切った様子で玉座に座っていた。マリアが心配した様子で愛斗に話し掛けた。
「ヨハン、大丈夫?相当疲れているみたいだけど・・・」
「大丈夫だ。それより緊急の任務がある。ティアナを呼び出してくれ」
マリアは頷いた。
「その前に一ついい?どうしてあの講和条約を受け入れたの?」
「何故?結ばなくては時間が掛かるだろう?」
「あの不平等な、明らかにこちらに不利な条約なんて抗議すべきだったんじゃ?」
愛斗は落ち着いた様子で口を開いた。
「確かに。しかし俺があの条約を守るとでも思ったのか?」
「じゃあ条約を破る気なの?」
「相手も守る気が無いものを守っても意味が無いだろう?」
マリアは愛斗の言う意味が理解出来たのか、少し微笑みを見せ、退室した。ライナーも出て行き、晴れて部屋には愛斗と撫子だけになった。
「撫子、昨日ブリューナクの副作用が起きた。日に日に酷くなっていく様だが、どういうことだ?
撫子は不敵な笑みを見せた。
「お前の副作用は今が峠だ。この段階でほとんどの人間が力を捨てるか、力尽きる。お前もこれを超えれば、少し落ち着くだろう」
「しかし、昨日は危なかった。リリーに感ずかれたら台無しになってしまう」
「分かっている。そろそろティアナが来るのでは?」
その言葉と同時に扉が開き、ティアナが姿を現した。
「お兄様?何か御用ですか?」
愛斗は玉座に座りなおし、ティアナに向き直った。
「お前に任務がある。俺と撫子、エティエンヌ、カリーヌとお前で出撃する。ある場所を攻撃するのだ」
「ある場所?」
「そうだ。お前がよく知っているだろうと思ってな・・・「特殊諜報部」を」
その言葉でティアナの顔が引きつった。拳銃を素早く引き抜き、愛斗に突きつける。
「お兄様、何処まで知っているの?」
「全てだ。お前が特殊諜報部から来た者だということは知っている」
「何時から?」
「初め、お前が俺の前に姿を現した時からだ。俺はお前に尋ねたな。何故、熱海の時に姿を見せなかったと。お前は俺に澪坂愛斗とヨハンが同一人物かどうか分からなかったから、と言った。でも、能面の百鬼と澪坂愛斗が同一人物だという事は一度も公表していないんだ」
ティアナは悔しそうに歯軋りをした。見事に誘導尋問に引っ掛かったのだ。
「後は撫子の能力を使って探らせてもらった。さあ、俺のいう事を聞くか、ここで死ぬかだ」
愛斗は拳銃を抜き、ティアナに突きつけた。
「分かったわ。なら!」
ティアナの姿が掻き消す様に消え、愛斗の後ろに姿を現した。
ティアナは愛斗の頭に容赦なく拳銃を突きつける。その右目は青く輝いていた。
「私の碧眼を計算にいれてなかったみたいね。お兄様」
愛斗は拳銃を投げ捨て、両手を頭上に挙げた。
「諦めたのね。さようなら、お兄様。短い間だったけど楽しかったわ」
ティアナは拳銃の引き金を引こうとした。愛斗が不意に口を開く。
「寂しい奴だな」
「何!?」
「聞こえなかったのか?寂しい奴だと言ったんだ」
ティアナはこの状況で何を言い出すのかと、疑問に思った。
「きっとお前は今まで誰にも愛されなかったんだな。だから愛を求めた。違うか?」
「お兄様に私について言われる筋合いは無いわ。第一・・・」
「いや、お前は誰かに気に掛けて欲しかったんだ。自分を認めて欲しかったんだ。自分を道具としてでは無く、一人の人間として認めて欲しかった」
ティアナは自分の心の内を読まれたようで、不気味に感じた。でも図星だった。
ティアナの銃口が下がっていくのを確認した愛斗は、振り返った。
「お前は人間だ。そうだろう?」
「でも・・・私を認めてくれる人なんて・・・今まで・・・」
「俺が認めてやる。お前の人間としての全存在を肯定してやる。だから・・・」
「私に諜報部を裏切れって言うの?それは・・・」
愛斗はティアナの肩に手を置き、優しく呟いた。
「お前は利用されているだけだ。諜報部にこのまま居たとしても、お前に本当の幸せは訪れない」
「私は諜報部に命を救われたの!今更、行くところなんて・・・」
愛斗はティアナの手から拳銃を取った。
「俺の所に来ればいい。俺がお前に幸せをやろう。約束する。だから俺を手伝ってくれないか?」
ティアナの心は揺れ動いた。
私を認めてくれる人がいた。私を必要としてくれている。幸せをくれる。私は人間として生きられる。
私が求めていたものが全て手に入る。目の前のこの人が私を認めてくれるの?嬉しい。
愛斗が止めの言葉を口にした。
「お前は俺の妹だろ。協力してくれ」
ティアナのスパイとしての心は崩れた。
ティアナは命令を忠実に守り、動く機械から、幸せを求める貪欲な生き物に生まれ変わっていた。
「・・・分かりました。諜報部への攻撃の先導は私がやります。だから幸せを下さいね。お兄様」
「約束しよう」
ティアナは身を翻し、ドアから出て行った。撫子が不敵な笑みで愛斗を見つめる。
「相変わらず口だけは達者な奴だ。微塵にも思ってない事を・・・」
愛斗は冷たい表情でティアナが去っていく様子を眺めた。
「精々、使えるだけ使うさ。「瞬間移動の碧眼」、十分な戦力になる。役に立たなくなったら捨てるだけだ。後腐れが無くていいだろう?」
愛斗の冷たい笑みは消えず、静寂が玉座の間を支配していた。
中東の広大な荒地。不毛の大地は何処までも続くように見え、訪れる者を絶望に陥れるようにも見える。
そんな灰色の空の下をEMAの一団が編隊飛行を行っていた。前方に聳え立つ黒い建造物を目指し、部隊は進んでいた。
先頭の黒いEMA、紫電のコックピットでは愛斗が前方の建造物を見つめていた。
「カリーヌ、止まれ」
愛斗が無線で指示を出す。紫電の後ろに続く三十機ほどのEMAを率いているカリーヌのハーヴィルスが動きを止めた。後ろの一団も同時に停止する。
「閣下、作戦内容を」
「まず、ティアナが潜入する。ティアナの合図でカリーヌと直属部隊は突入しろ。研究員、警備員、関係者は全員殺害しろ。俺と撫子、エティエンヌは外で待機し、出て来たフェリクスを討ち取る」
カリーヌが頷く。それと同時にティアナのオプティックが諜報部に向かい、一直線に飛んでいった。
オプティックが施設の地下道入り口前にたどり着くと、施設内からの通信が入った。
「こちら諜報部。IDと名前を」
「NO354、ティアナです。進入許可を」
ティアナは前と同じく冷たい声で応えた。そして直ぐに返事が返ってくる。
「了解しました。進入を許可します」
ゲートが開き、オプティックは中に進入した。ティアナは通信を愛斗へと切り替えた。
「お兄様、ゲートが開きました。今の内に」
「分かった。カリーヌ、撫子、突撃だ。関係者を生きて逃がすな」
カリーヌ率いる部隊と撫子が最高速度で施設へと向かい、飛んでいった。愛斗とエティエンヌは外で待機だ。
ゲートの守備をしていた中年の警備員はまず、EMAの一団が進入してきたことに異変を感じただろう。しかし、もう手遅れだった。
次の瞬間、ハーヴィルスから発射されたミサイルがゲートの開閉管理室ごと吹き飛ばし、全軍が一斉に施設内に雪崩れ込んだ。
鳴り響く警報。施設内から慌てて出て来た人間を容赦なく機銃で撃ち殺していった。
「我ながら残酷ね・・・でも任務をこなさないと」
カリーヌは自分の理性を押さえつけ、白衣を着た研究員に向け、容赦なく発砲した。警備員にも容赦なくミサイルを叩き込む。
施設内は広く天井も高いため、EMAが飛び回る事が出来た。カリーヌ直属部隊は地面から二十メートルは在ろうかという天井付近からミサイル、機銃を逃げ惑う人々に撃っていた。
ミサイルを施設の建造物に撃ち込んでいると、ハーヴィルスの横に撫子の紫電参式が近づいてきた。
「あら、撫子さんは戦闘に参加しないのね」
「ああ、ここの連中には知り合いが多くてな・・・何、昔仕事仲間だったんだよ。フェリクスや研究員とはね・・・」
「一体、どういう研究なの?」
「お前に話しても理解出来るか分からんが・・・ブリューナクや碧眼についての研究を行っていた」
カリーヌはその手の話に興味が無かった。コックピットから左の方を向くと、なにやら軍人らしき人々がミサイルや機銃を構えているのが見えた。
「敵を発見、射殺します」
ハーヴィルスの右手に内蔵されている機銃が火を噴き、十数名の軍人を蜂の巣にした。撫子はその軍人を見て、顔をしからめた。
「あら、お知り合い?」
「まあな」
撫子はコックピットを開け、近づいていった。
「久しぶりだな。リーク将軍。元気か?」
体中を撃たれていたリーク将軍は息も絶え絶えに、撫子に懇願した。
「助けてくれ・・・死にたくないんだ・・・」
撫子はふぅと溜息をついた。知り合いだということで助けてやるかな。撫子はそう考えた。
「待っていろ。今、乗せてやる」
その時、ハーヴィルスの機銃が将軍たちを更に撃ち抜いた。リーク将軍は完全に息絶えてしまった。
「おい!何故撃った?」
「何故って。内部の人間は全員虐殺せよ、との命令ですから」
カリーヌはそう言い、飛び去っていった。逃げている研究員を見つけると、機銃を撃ち込んでいた。
「それにしても・・・フェリクスが見当たらないな・・・」
撫子は一人呟いた。
その頃、施設内の格納庫にフェリクスはいた。目の前にはほぼ球体のEMAが待機している。
「これが試作機、アイギスですね。実戦シュミレーションとしてはいい相手では無いですか。皇帝陛下自らがやってくるなんて・・・」
フェリクスは独り言を呟き、コックピットに乗り込んだ。
「アイギス、発進!」
格納庫の扉から、高速でアイギスは飛び立っていった。
カリーヌは地上を見渡して、一言呟いた。
「もう粗方終ったし、後は残りの始末かしらね」
そう呟いた時、通信がハーヴィルスに入った。
「こちらN12、数百名の子供を発見しました。恐らく、ここの施設に収容されている子供ではと思われます。一応、抵抗はしてきませんが・・・どうします?」
「構いません。全員射殺です。この施設の人間は一人たりとも逃がしてはいけないわ」
「了解」
それと同時に通信の雑音に雑ざって、悲鳴と銃声が聞こえた。カリーヌは溜息をつき、シートに持たれかかった。
「私も堕ちたわね。閣下がやり遂げたら軍人なんてもう辞めるわ」
そう言い、コックピットから外を見渡した。
「あれは?」
百メートルほど先に球体に近いEMAが飛んでいるのを発見した。
「あれがフェリクスね。撫子さん!フェリクスを発見、追跡するわ」
「分かった。私も行く。愛斗に連絡を取るから先に行け」
ハーヴィルスが先に飛び立っていった。紫電参式は愛斗へと通信を繋げた。
「愛斗か?」
「そうだ。何かあったのか?」
「ああ、フェリクスがそちらに向かっている。恐らく狙いはお前だろう。そっちの戦力は?」
「俺とエティエンヌ、ティアナだ」
撫子は小さく頷き、フェリクスの後を追い始めた。
この施設から出るゲートは二つ。そのうちの一つは既に封鎖してある。フェリクスは残りの一つから脱出を試みるはず。
愛斗の狙いはそこだった。
紫電とオプティック、そしてエティエンヌのタルタロスが残されたゲートの前で待ち伏せしていたのだ。
エティエンヌのタルタロスは両腕が楕円形の刃物、プラズマシェルになっていて、戦闘時にはその刃がプラズマを帯び、チェンソーの様に回転し、絶大な破壊力を持つ。遠距離武器は持ち合わせていないものの、それでも尚、帝国随一の性能を誇る精鋭機だ。
「撫子、カリーヌはゲートの内側で待機させろ。念のためだ」
「分かった。私はそっちに向かえばいいんだな?」
「ああ」
撫子はカリーヌにその旨を伝え、愛斗の元へ向かった。
「ヨハン様、レーダーに反応。フェリクスと思われます」
エティエンヌからの通信を受け、紫電は上空へ向かった。ゲートの方角から球体のEMAが向かってくるのが見える。
「あれは・・・まさか・・・」
愛斗はフェリクスのEMA、アイギスをその目で見て、自分の目を疑った。
「エティエンヌ、解析結果を!」
「はい、恐らくロラン殿の乗っていた。ベディウェアと同じタイプのEMAと思われますが」
「可動変形型か・・・厄介だぞ」
アイギスは真っ直ぐこちらに向かってくる。愛斗はエティエンヌとティアナを両翼に移動させた。
「いいか、気をつけろ。奴はどんな攻撃をしてくるか分からないぞ」
アイギスは紫電に突っ込むかと思いきや、タルタロスの方へ向かった。突進を避けたタルタロスを攻撃せずに素早い動きで紫電の後ろに回りこんだ。
「何?」
アイギスから発射されたロストシューターが紫電の高出力エアウィングを破壊した。
「これでは!?」
紫電の出力が五十パーセントに下がっていく。愛斗は必死にスロットを倒すが、出力はそれ以上は上がらない。
「さすがの紫電も出力が半分では、使い物になりませんね」
フェリクスが笑みを浮かべたまま言った。愛斗は舌打ちをした。
「お兄様!任せて下さい!」
オプティックがナイトランスを構え、アイギスに振り下ろした。それに反応するようにアイギスのロストシューターがナイトランスを弾き返した。
「ティアナ!俺のブリューナクとお前の碧眼でケリをつけるぞ!」
「はい、お兄様!」
愛斗のブリューナクが発動し、紫電の出力を補う。ティアナの碧眼でオプティックはアイギスの背後に瞬間移動した。
「させませんよ!」
フェリクスは操縦桿の脇にあるスイッチを押した。それと同時に結界のようなものがあたりに広がった。愛斗のブリューナクとティアナの碧眼が輝きを失っていく。
「何だと?」
「そんな・・・」
二人が悔しそうに声を上げる。
「この結界が張ってある限り、貴方達の力は使えません。さあ、もう諦めたら如何ですか?」
アイギスのロストシューターがオプティックに襲い掛かる。辛うじてナイトランスで防いだが、形勢は不利になった。
「お兄様に手を出すな!」
オプティックは怒涛の勢いでアイギスにナイトランスを振り下ろす。それを避けたアイギスはロストシューターでナイトランスを弾き飛ばした。
「貴方は恩知らずですね。誰が貴方の命を救ったのか覚えていますか?感情制御の問題から貴方は処分される予定だったのですよ。貴方の能力を買った私が救ってやったと言うのに・・・動物の方がまだマシですよ」
「黙って!貴方だって結局私を利用していただけじゃない!偉そうに保護者面をするな!」
フェリクスは呆れたように、首を振った。アイギスは容赦なくロストシューターを射出し、オプティックの両脚を砕いた。
「え?」
「貴方を助けたのは私の見込み違いでした」
アイギスによってオプティックは地面に叩き落された。アイギスは紫電とタルタロスに狙いを定めた。
「愛斗!」
撫子の紫電参式が漸く到着した。フェリクスはそれを見て、ダルそうに舌打ちをした。
「邪魔ですよ」
ロストシューターが紫電参式を弾き、紫電参式も地面に落下した。
「さあ、後は貴方達だけですよ」
愛斗はエティエンヌに向かい叫んだ。
「俺が時間を稼ぐ!お前は部隊を連れて退却しろ!」
「いえ、ヨハン様。その必要は御座いません。私が戦いましょう」
タルタロスはアイギスに向かい合った。
「聖霊騎士団如きが私に勝とうなんて思っていませんよね?」
「いや、そのつもりだ」
アイギスは両翼についている機銃でタルタロスを撃った。タルタロスの両腕のプラズマシェルトが回転を初めた。
「私は既に団長を超えている。貴様如きには負けん」
タルタロスは機銃を避けながら、アイギスに接近、右腕のプラズマシェルトを振り下ろした。アイギスの表面の装甲に火花が散る。アイギスは回転しながら態勢を立て直した。
「どうやら団長を超えたと言うのは本当の様ですね」
フェリクスは笑いながら、上空へと向かった。
「今日はここまでです。どうやら貴方と戦っても私は勝てそうにありませんので」
アイギスから脱出ポッドが射出された。それと同時にアイギスが自爆する。
「では。ヴィルフリート様に報告しなくてはいけませんので」
その声で通信は途切れた。
「ヨハン様、敵は逃げたようです。今の内に撤退を」
「分かっている。紫電を修理しないとな」
どうやらまたロイックの仕事が増えそうだ。
愛斗はそう思い、笑顔でエティエンヌに返事を返した。
しかし、愛斗達が攻撃するまでもなく、既にヴィルフリートの陰謀は完成していた。だが愛斗はまだ知る由も無かった。
次回予告
諜報部を殲滅することに成功した愛斗。
しかそれが新たな波乱を呼ぶ。
突如、ハーゲンブルグに使節として送られてきたリリー。
リリーは城下で愛斗に対しての群集の思いを目の当たりにする。
次回五十七話「リリー国交大使」お楽しみに