五十四話 それぞれの過去
今日は連投です。
調子がいいので。
「なあリリー、熱海で愛斗と何かあったのか?」
リリーをイヴォンが問いただす。リリーは俯いたままゆっくりと口を開いた。
「熱海は・・・私と愛斗さんと澪さんが昔、戦争の前に住んでいた場所なんです・・・」
初耳だったイヴォンはリリーに尋ねた。
「澪?聞いたことないな。その人はどうしたんだ?」
「分かりません。目が見えなかった私が覚えているのは終戦の日、落ち込んでいる司令官、燃える大本営です。私が目を覚ました時に見たのは泣いている愛斗さんでした。周りでは物の焼ける匂いがして、大勢の悲鳴が聞こえていました。それから・・・」
リリーはあの日の記憶が蘇って来たのか、口を閉ざしてしまった。
「じゃあ澪って人も死んだのか?」
「それだけは本当に分からないんです。愛斗さんに何度尋ねても教えてくれませんでした」
「そうか・・・愛斗は何か知っているんだな」
イヴォンは頷き、窓から見える景色に目を移した。ヴィルフリートはモニターのスイッチを切り、イヴォンや絢たちの方を向いた。
「と、いう訳だ。議会で話し合うことはしない。ヨハンの要望通り会見は熱海の旧澪坂邸で行う」
会議室の面々は黙っている。異議を唱える者はいないようだ。
「それともう一つ。ヨハンの置き土産についてだ」
「置き土産ですか?」
「そうだ。ヨハンはどうゆう訳か新型EMA、秋水を日本に残していった。秋水の機動力も我らのストライクパニッシャーを一回り上回っている。これを利用しない手はあるまい。井崎、早速取り掛かれ」
「はい」
井崎は一礼し、退室した。
「リリー殿。貴方にも出席してもらう。彼に逢いたいのだろう」
リリーは一瞬、戸惑う素振りを見せたが、直ぐに頷いた。
「はい。愛斗さんにもう一度だけ逢って・・・話をしたいです」
ヴィルフリートはその返事を予想していたように微笑んだ。
「では今日は解散としよう。各自準備を整えてくれ」
帝都ハーゲンブルグ、バイエルン宮殿の屋上では愛斗が専属執事のライナーと共に静かな一時を過ごしていた。愛斗は腕時計を見て、ライナーに尋ねた。
「ライナー、そろそろ日本に発つ時間だ。準備をしてくれ」
「はい、陛下」
愛斗は長衣を棚引かせ、宮殿内に入ろうとした。
「ヨハン様」
背後から聞き覚えのある男の声が聞こえた。愛斗もその男を見つめる。
「エティエンヌか。アフリカ戦線から帰還したのか」
「はい。アフリカ連合の本部を占領し、このままいけば交渉に持ち込めそうです」
「そうか。全ては順調だな」
エティエンヌは白髪が混じった黒髪を片手で梳いた。これはエティエンヌの癖なのだ。
「その・・・ヨハン様。実はアフリカ戦線で敵から妙な噂を聞きまして・・・一応ご報告したほうが宜しいかと・・・」
愛斗はエティエンヌの表情から読み取ったのか、真剣な顔になった。
「ライナー、少し席を外してくれ。準備を頼む」
「ユア、ウィル」
ライナーは一礼して、その場から立ち去った。
「報告を続けろ」
「はい。ヨハン様、信憑性や真偽については定かではありませんが、「特殊諜報部」をご存知でしょうか?」
愛斗の顔が反応する。
「ああ。最近そのことを知った。それで?」
「はい。現地での情報では中東の砂漠に存在する研究施設だとか・・・どうやらそこで宜しくない動きがあるそうです」
「具体的に説明してくれ」
「具体的かどうかは分かりませんが、噂によれば指揮を執っているのは元皇国副参謀のフェリクス・バウアーという男です。なにやらヴィルフリートの指示で新兵器を製造中とのことで・・・これ以上具体的な話までは聞き出せませんでした」
愛斗は考え込むような素振りを見せた。
「分かった。近いうちに手を打とう」
エティエンヌは一礼し、その場を立ち去ろうとした。
「待て、エティエンヌ」
愛斗が立ち去ろうとする背中に呼びかけた。
「何でしょう?ヨハン様」
「俺からもお前に聞きたいことがある。何故、俺がレオンハルトを殺害しようとした時、止めなかった?そして何故俺に忠誠を誓うんだ?」
エティエンヌは思い出したように愛斗の顔を見つめた。それからゆっくりと口を開く。
「私は元々はジークフリード様のお屋敷でお世話になっていたのです」
愛斗が驚いた様な表情を見せた。エティエンヌは回想を辿りながら、愛斗に話を始めた。
「私は元々庶民の出です。家が貧しく奴隷にされるところをヨハン様の父上、ジークフリード様に救われたのです。それから私はジークフリード様の下で騎士としての教育を受け、聖霊騎士団に入隊する事が出来たのです」
愛斗はその話に聞き入っていた。自分の知らないところでその様な事が起きていたのだ。
「俺はお前の姿を屋敷では一度も見たことがない。それは何故だ?」
「それは、私がヨハン様に近づかなかったからなのです。ジークフリード様はヨハン様を危険から守るため、召使などを一切近づけなかったのです」
「そうなのか?俺は初耳だぞ」
「ええ、ジークフリード様は私にそう仰いました。ジークフリード様がお亡くなりになった後も私はジークフリード様の死の真相を独自に調査いたしましたのですが・・・手がかりはつかめず終いでした」
「そうだったのか・・・お前は俺の親へ忠誠を誓った。だから俺にも義理として忠誠を誓うのか?」
エティエンヌは静かにそれを否定した。
「違います。ジークフリード様に忠誠を誓った身であらば、その息子に忠誠を誓う、これもまた道理でございます」
愛斗の顔に安堵の色が見えた。この男は愛斗に本気で忠誠を誓っているのだ。
「お前が俺に対して出来る事は一つ。俺に忠誠を誓え」
「ユア、ウィル」
エティエンヌは力と思いを込めてその言葉を口に出した。この忠誠心は何事にも揺るぐ事は無いだろう。彼は唯一、愛斗自身に忠誠を誓った部下なのだから。
愛斗も心の荷が降りた気がした。
この男は俺に忠誠を誓ってくれる。だからこそ俺は前に進まなくてはいけない。俺が次に向かう場所、そこでどんな結果が待ち受けていようとも・・・俺は・・・。
愛斗の心も揺るぐ事は無いだろう。この意思、約束だけは果たさなくてはいけないのだから。
次回予告
リリーと愛斗の思い出の場所である熱海。
会見の場を熱海に指定したのは何故なのか?
そしてリリーと愛斗が再び出会う時、愛斗が見せる顔は皇帝の顔か?それとも昔の顔なのか?
次回五十五話「熱海会見」お楽しみに