五十三話 聖霊騎士団の意地
「陛下、共和国のことは既にご存知と思いますが・・・」
愛斗は今、玉座の間でフィリップ将軍の報告を聞いていた。愛斗の傍らには専属執事のライナーが常に立ち、愛斗と将軍の間には内政補佐官のマリア・ストライダムの姿がある。
愛斗はフィリップ将軍の報告を聞き、冷たい目で将軍を見据えた。
「フィリップ殿、その事は既に知っている。お前は部隊の一兵卒だ。お前の気に掛けることではない」
「しかし・・・」
「お前は気に掛けなくてもよい。黙っていろ」
「ユア、ウィル」
愛斗の黙れ、の指示を受けたフィリップ将軍は大人しく引き下がっていった。
彼も愛斗の皇位継承に反対したためブリューナクで強制的に従わされてしまった人間の一人だ。愛斗の命令が無い時には以前と変わらず国に尽くそうとするが、愛斗が指示を出せば愛斗の意のままに動く只の人形になってしまう。
退室したフィリップ将軍を見届け、愛斗はマリアを呼んだ。
「マリア、共和国の件に関してはそのうちに会談の場を開く。今は目の前の問題に取り組まなくてはいけない。分かるな?」
「もちろん分かっているわ。ヨハンの言う”目の前の問題”については分からないけど」
「マリアは内政面を頼む。俺は秀人と一緒にやらねばならないことがある」
マリアは愛斗の気持ちを悟ったのか、それ以上詮索はしなかった。
愛斗はそのまま玉座の間を後にし、秀人の所へ向かった。
「何故です!何故、許可されないのですか!」
日本の元政庁府、現在の共和国元老院本会議場では聖霊騎士団団長、ライヒアルトとヴィルフリートが口論をしていた。
「今言ったとおりだ。時はまだ満ちていない。しばし待て」
「しかし!皇帝陛下はあの澪坂愛斗に殺されたのです!直ぐに帝国に攻撃を仕掛けるべきではなかったのですか!これでは敵に国力を回復させる時間を与えているようなものです!今こそ我らが決戦を仕掛けるべきではないのですか!」
ライヒアルトの叫びをヴィルフリートは手で遮る様に部屋を出て行こうとした。
「お待ちください!殿下!」
「ライヒアルト卿、君は軍人としてはプロだが策士としてはまだ三流のようだな」
ヴィルフリートはそう言い、部屋を出て行った。
「殿下・・・貴方が行動しないのなら、私達が行動するまでです」
ライヒアルトはそう呟き、聖霊騎士団の待機所へと向かった。
聖霊騎士団の待機所は元政庁府の敷地内にある大きめの倉庫を改造したもので、今は聖霊騎士団団員とその直属部隊の隊員が寝所として利用していた。
ジェラルドとすっかり意気投合したイヴォンは連日のように待機所を訪れ、くだらない話に花を咲かせていた。
そんなイヴォンとジェラルドを桃色の髪をした女性が後ろから引っ叩いた。
「いてっ!何すんだよ、ナーシャ!」
「ジェラルド、少しはヴァジュラの整備でもしたらどう?アンタみたい腑抜けは足手まといになるのよ」
「少し話してただけだろ。まあいいや、じゃあなイヴォン」
「ああ、また明日」
イヴォンは雰囲気を感じ取ったのか、待機所から大人しく出て行った。
それと同時に団長、ライヒアルトが入ってきた。
「あ、団長。どうかしました?」
ジェラルドが抜けた声で尋ねた。
「お前たち!出撃準備をしろ!」
「は?」
団員とその直属部隊の隊員たちは首を傾げた。
「えっと、まず状況説明からお願いします。出来れば分かりやすく」
ジェラルドが団長に尋ねた。
「本来、皇国を守るのは我ら聖霊騎士団の役割だ。そして我々は皇国の危機に立ち向かわなくてはいけない。そして我々はそれを怠り、安全地帯でのうのうと過ごしていた。今こそ我ら聖霊騎士団の意地を見せるときではないのか?」
ナーシャの顔が輝いた。
「いよいよ出撃なのですね。澪坂愛斗を討つ為に」
ライヒアルトが頷いた。
「我らの実力を見せ付けてやろうではないか。目標は帝都ハーゲンブルグ。皆の者、五分で出撃準備だ」
全員が団長の気迫に押されて、準備を始めた。ナーシャはライヒアルトの顔を窺った。
「団長、私は常に準備をしておりました。この日が何時来るのかと」
「ナーシャ、お前とカミーユは出撃しない」
「はい?」
突然の言葉にナーシャはたじろいだ。
「何故です!私は戦えます!」
ライヒアルトは静かにナーシャの肩に手を置いた。
「いいか、我々にもしものことがあったら、殿下をお守りする者がいなくなってしまう。お前は残り、カミーユと共に殿下をお守りしろ」
ナーシャの目から涙が溢れた。
「私は何時でも仲間とともに討ち死にする覚悟は御座います」
ライヒアルトはそれでもうんとは言わなかった。ナーシャは大柄なライヒアルトの胸に顔を埋めた。
「どうか・・・ご無事で・・・私は団長の武運をお祈りしています・・・」
ライヒアルトはその言葉を噛み締めるように頷き、自分のEMA、ヴァンガードに向かった。
愛斗は久々にバイエルン宮殿の屋上に上がり、青い空を眺めていた。
「この空を何時までも見れたらな・・・」
愛斗の悲しい願いは空に木霊した。
「愛くん!」
突然の叫びに愛斗は振り返った。渚が息を切らして、こちらに向かってくるのが見えた。
「どうした?」
「大変なの!敵の部隊が帝都に迫ってきているわ。隊旗から見て、聖霊騎士団とその直属部隊で間違いないわ」
愛斗は長衣の袖を直し、渚に指示を出した。
「そうか。帝都周辺に警備部隊を配置しろ。お前やロランやカリーヌが指揮を執れ。俺と秀人で迎え撃つ」
「分かったわ」
愛斗は皇帝の正装のまま、格納庫に向かった。
「殿下!非常事態です!」
井崎が扉を勢いよく開け、部屋に入って来た。
「どうした?随分と慌てているようだが」
「ライヒアルト率いる聖霊騎士団が独断で帝都へ攻撃を仕掛けようとしております!」
ヴィルフリートは落ち着いた様子で椅子に座りなおし、モニターのスイッチを入れた。
「まあいいではないか。いい結果を期待してみようじゃないか」
井崎は納得がいかなかったが、ヴィルフリートの言う事はほぼ間違いないので従うしかない。
「対局はこれからなのだからね」
ライヒアルト率いる聖霊騎士団は帝都の目前まで迫っていた。ライヒアルトの無線にリーベルトの声が入った。
「団長、敵は帝都周辺に警備部隊を配置、皇帝直属部隊も帝都の周辺に散在しています」
「そうか。帝都の様子は?」
「はい、恐らく全ての警備兵、新鋭隊、直属部隊までもが澪坂愛斗に掌握されています」
ライヒアルトは無線を全ての味方に繋がるようにした。
「我々は皇国に忠誠を尽くし、全力で陛下のために戦う名誉ある騎士である」
ジェラルドもニヤリと笑った。
「要するに、澪坂愛斗如きには従わないってことさ」
ジェラルドが喋ったと同時にリーベルトからの通信が入った。
「団長、前方に敵影を発見しました。迎撃部隊と思われますが・・・」
「確認した。数は?」
「はい、二機です」
「二機だと?それだけで我らに立ち向かおうと言うのか?舐められたものだな・・・」
ヴァンガードのレーダーに二機の影が映った。かなりの速さで接近してくる。
「来ます!」
リーベルトの叫びと同時に目の前に黒い悪魔と、青と金の騎士が立ちはだかった。
「あれは紫電?それにスピッツオブヴァーニングも・・・しかし何故六枚翼なのだ?」
目の前のインフェルノは六枚翼を棚引かせ、悠然と飛んでいた。
「愛斗、敵を確認した」
「ああ、俺は周りの奴を片付ける。お前は団長を討て。お前にはその権利がある」
「分かってるよ。愛斗も本気でやれよ」
目の前の紫電が突然、高度を上げて上空に舞い上がった。聖霊騎士団の視線もそちらに移る。その隙を狙ってインフェルノが一直線に聖霊騎士団に突っ込んだ。
「団長!紫電じゃない!インフェルノが・・・!」
しかしリーベルトの言葉は最後まで続かなかった。紫電の胸部が開き、白銀の閃光が聖霊騎士団目掛けて発射された。閃光は聖霊騎士団の直前で何十もの光の筋に分かれ、聖霊騎士団のEMAを次々に破壊していった。
「団長!俺です!ジェラルドですけど、リーベルトやミッチェルがやられちまいました!」
「そうか。私がインフェルノの相手をする。お前とシルヴェストルと私の直属部隊で紫電を討て」
「了解!」
ライヒアルトの周りのEMAがジェラルドの方へ向かっていく。紫電は爆煙の中から出て来たEMAを確認した。
「まだ生きていたか。まあいい、三分でケリをつける」
紫電は上空から急降下で接近、二機を切り裂いた。更にもう一機の頭を鷲掴みにし、粒子砲で粉砕した。その後、もう一度上空に舞い、ミサイルで残りを片っ端から叩き落した。
「嘘だろ・・・この短時間で団長の直属部隊が全滅かよ」
「ジェラルド!僕が奴を引き付ける!お前はその隙に後ろから攻撃してくれ!」
そう言ったシルヴェストルのブラックセイヴァーは紫電へと向かっていった。そして両手に持ったスラッシュソードで紫電に斬りかかる。紫電はそれを避け、ブラックセイヴァーの胸部を鷲掴みにし、青い閃光で貫いた。
「すいません・・・ジェラルドさん・・・」
ブラックセイヴァーから脱出ポッドが射出され、それと同時に機体は爆発、炎上した。
「くそっ!」
ヴァジュラは後ろに回り込み、電磁ロストシューターを両腕から発射した。
「まだ残っていたのか」
紫電の胸から出た閃光が電磁ロストシューターを砕き、その煙の中から紫電の粒子砲が飛び出し、ヴァジュラの胸部を破壊した。
「うわっ!」
それと同時に紫電の蹴りを喰らったヴァジュラは力なく墜落していった。
「任務完了。後は秀人に任せるか」
秀人のインフェルノは今、ヴァンガードと向かい合っていた。
「識神よ。お前は最強の騎士を名乗っているようだが、それは間違いだ。何故なら皇国最強の騎士は私であり、他には存在しないからだ」
「団長、皇国は既に存在しません。今在るのは帝国。よって帝国最強の騎士は僕です。国を裏切ったのは貴方達ではありませんか?」
ヴァンガードは大剣、コルタナを背中から引き抜いた。その姿からは想像も出来ないスピードでインフェルノに斬りかかる。それを素早く避けたインフェルノは背中からプラズマガンを構えた。難攻不落の異名を持つヴァンガードからはその異名を覆すような素早い攻撃が繰り出される。それを避けるインフェルノは防戦一方だ。
「どうした識神よ!その程度で騎士を名乗ろうと言うのか!」
「いえ、これからです!」
インフェルノは向かってきたヴァンガードにプラズマガンを投げつけ、素早く二本のディライトソードを二刀流の構えでコルタナを受けた。
「ほう、銃を捨て剣を構えたか」
ヴァンガードは先ほどと同じ様に大きな一撃を繰り出そうと構えた。インフェルノはその隙を逃さず、がら空きになった脇腹部分に斬りかかった。ヴァンガードはそれを見越したように、ロストシューターを射出し、インフェルノを弾き返す。
インフェルノは素早く受身の姿勢で構え、ヴァンガードの腕の部分を斬りつけ亀裂をいれた。
「やはり一筋縄ではいかないか。ならこれしかない」
ヴァンガードの胸や腕の重いパーツが突然、ヴァンガードから外れた。身軽になったヴァンガードは先ほどの倍の速度でインフェルノを襲った。
「これでは!」
インフェルノはそれを素早く避けた。
「この最終形態・・・まさかお前に見せることになるとはな・・・」
素早いヴァンガードの動きにインフェルノは再び防戦に追いやられた。
「このままでは・・・」
秀人は苦しげに呟いた。その呟きに答えるようにモニターに愛斗の顔が映った。
「愛斗?」
「秀人、お前なら勝てるはずだ。落ち着いて、行動パターンを見極めろ」
「分かっているよ。僕たちはこんな所で負けるわけにはいかない!」
「そうだ。健闘を祈る」
インフェルノは再び、ヴァンガードに向き直った。
「戦いの最中に考え事とは余裕だな!]
ヴァンガードは容赦なく、インフェルノに斬りかかる。その攻撃をかわしていく内にある事に気付いた。
「そうか・・・あれなら!」
インフェルノは突然上空に舞い上がり、そこから急降下を開始した。
「正面からとは・・・血迷ったな!」
「いや、お前の弱点は知っている!」
インフェルノとヴァンガードは同時にすれ違い、火花が散った。インフェルノの腕には一本の剣しか握られていなかった。もう一本は・・・ヴァンガードの胸部に深々と刺さっていた。
ヴァンガードの弱点、それは装甲を外したことにより薄くなった胸部の装甲だった。
「まさか・・・この私が・・・申し訳御座いません・・・陛下・・・」
ヴァンガードは爆発し、爆煙の中インフェルノは優雅に、世界にその姿を示すかの如く空中で静止した。
「聖霊騎士団が敗れただと?」
井崎がモニターを見て驚きの表情を浮かべた。
「予想通りの結果だよ。フェリクス」
「そうですね」
ヴィルフリートは落ち着いた声でフェリクスと話している。突然、モニターに愛斗の顔が映った。
「澪坂愛斗?」
「ヴィルフリート殿、今の余興は楽しんでいただけましたかな?」
「ヨハンか。まあまあだな」
「そうですか。しかし、今の戦闘を見て、私がこの国の、そして世界の皇帝であることが実感していただけたことだろう。その上で、私は共和国との講和会見を行いたい」
井崎と海星が驚愕の表情で目を見開いた。
「会見には大きな兵力は一切動員せず、軍人も一切会見の場には干渉させない。全て貴方達の要望に応えよう。ただし、一つ条件がある」
リリーもその画面に見入った。愛斗の出す条件を聞くためだ。
「いいだろう」
「会見を開く場は、東京ではなく静岡県熱海市、旧澪坂邸を指定させてもらおう」
その場所を聞いた途端、リリーの顔が引きつった。
「どうしたんだ?リリー」
イヴォンがリリーに尋ねる。
「熱海の澪坂邸は・・・」
「どうしたんだ?言ってみろよ。何かまずいのか?」
「あそこは私と愛斗さんが幼少期を過ごした思い出の場所なんです・・・」
運命の歯車が再び回りだそうとしていた。波乱を含んで・・・。
次回予告
帝国の圧勝で終った聖霊騎士団との対決。
しかし愛斗に不穏な情報やって来た。
エティエンヌが愛斗に忠誠を誓うのは何故なのか?
その理由は過去に隠されていた。
次回五十四話「それぞれの過去」お楽しみに