四十九話 ブリューナクの融合
秀人が帝都ハーゲンブルグに到着したのは撫子との会話から三日後の事だった。秀人は直ぐにカミーユと共にバイエルン宮殿に向かった。
「止まれ!」
門の前で衛兵に呼び止められる。
「聖霊騎士団、識神秀人だ」
「同じく、カミーユ・ドルゴポロフ」
衛兵がバッジを確認した。
「入城を許可しよう」
衛兵が大きな門を開けた。
「カミーユ、君が忠誠を誓ったのは誰だい?」
秀人が隣のカミーユに尋ねた。
「そんな人は存在しないわ。私は自分のために騎士団に入った。主に忠誠を誓った覚えは無い」
「そうか・・・」
秀人は呟いた。
宮殿の玉座の間は一番奥にある。玉座の間の扉の前に立ち、片膝をつく。
「聖霊騎士団、識神秀人とカミーユ・ドルゴポロフです」
扉が重々しく開いた。直線にのびるレッドカーペットの先の玉座に座っている人物こそが皇帝レオンハルト・ストライダムその人だ。
「陛下、初にお目にかかります識神秀人です。お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「構わん。申せ」
「はい、陛下の世界をお聞かせ願いたいのです」
意味の分からない質問だがレオンハルトには通じた。
「私の世界を知りたいとな?面白い」
レオンハルトは笑みを浮かべた。
「今日の晩は満月。夜にここに来るがいい。お前に話してやろう」
秀人は頷いた。
「失礼致しました」
秀人は一礼し、退室した。
その夜。
秀人は正装をして、玉座の間へと向かった。
扉の前に立ち、三回叩いた。
「識神秀人です」
「入れ」
中から声が響いた。
「失礼致します」
秀人は扉を押し開け、中に入った。玉座にはレオンハルトが座り、その後ろには親衛隊七人がいる。そして玉座の前には中年の白髪混じりのナイスガイな男性がいた。白髪が威厳を引き立てているようにも見える。
「秀人卿に紹介しよう。聖霊騎士団のエティエンヌ・グナイスラー卿だ」
中年の男性が一歩歩み出て来た。
「エティエンヌです。初対面ですね秀人卿とは」
そう言い、手を出してきた。秀人が手を握り返す。
「こんばんわ。識神秀人です」
秀人もにこやかな笑顔で返す。レオンハルトが手を叩いた。
「自己紹介は終わったかね。では本題に入ろうか・・・」
その時、爆音が轟いた。
「何だ?」
レオンハルトが玉座から立ち上がった。秀人とエティエンヌが剣を抜き、構える。
「あれは?」
秀人が外を見ると、市街が炎上しているのが見えた。帝都ハーゲンブルグの上空には一隻の巨大な戦艦が見えた。
扉が轟音と共に吹き飛んだ。扉があった場所に出来た大穴から黒い悪魔が姿を現した。
「紫電!?」
秀人が叫ぶ。
紫電のハッチが開き、中から見覚えのある人物が出てくる。
「愛斗・・・」
秀人が唸る様に言った。
「秀人か・・・懐かしいな」
愛斗が紫電から飛び降り、歩みを進めてきた。
「ヨハンなのか?」
レオンハルトが愛斗の本名を言った。
「ヨハン!?」
エティエンヌが素っ頓狂な声を出した。
「そうです。名を奪われ、辱めを受けた呪われし皇族、ヨハン・ジークフリード・ヨゼフィーネ・フォン・ストライダムですよ」
レオンハルトの顔から血の気が引いていく。
「馬鹿な・・・死んだと聞いていたが・・・」
愛斗が笑みを浮かべた。
「死んだと思っていた?殺したと思っていたの間違いでしょう?」
レオンハルトが笑い始めた。
「ああ、懐かしき我が親族よ。再会を喜び合おう」
しかし、愛斗の表情は冷たい。愛斗の後ろに撫子が姿を現した。
「愛斗・・・来たのか?」
「ああ、やるべきことはやらねば・・・」
愛斗がそう言い、拳銃を抜いた。そしてレオンハルトに突きつける。
「何のつもりだ?」
「貴方を殺しに来ました」
愛斗は軽い調子で言った。
「丁度良い、ここにいる全員に面白い話をしてやろう。なあ、秀人卿」
秀人が息を飲んだ。
「私を殺してもブリューナクの融合は止められないぞ」
「ブリューナクの融合?」
秀人が鸚鵡返しに言った。
「そうだ。私が望む世界の計画だ」
秀人は耳を傾けた。
「お前の計画に興味は無い」
愛斗は容赦せずに拳銃の撃鉄を起こした。
「待て!マリーナ、説明してやれ」
レオンハルトは撫子に向かって叫んだ。撫子が気だるそうに顔を上げた。
「その名前で呼ぶなと言ったはずだ」
撫子の冷たい声が響く。愛斗が撫子を見た。その隙に秀人はレオンハルトと愛斗の間に立とうとした。しかし、エティエンヌに腕を掴れてしまった。
「エティエンヌさん?」
エティエンヌは首を振った。
「これはあの三人の問題、手出しは無用だ」
「しかし・・・」
エティエンヌは手の力を緩めない。秀人は頷き、一歩下がった。
「マリーナ・・・初耳だな?」
愛斗が撫子を見ながら言った。
「そうだな。契約時には名前を出さなかったからな」
撫子は本を取り出し、開いた。
「マリーナ・・・まさか契約をヨハンと結んだと言うのか?」
「その通りだ」
撫子があっさりと言った。
「何故だ・・・私以外にブリューナクを与えるとは・・・しかし・・・」
レオンハルトは表情を変え、愛斗を見た。
「お前のその両目・・・何故だ・・・お前は・・・いや、お前に取引を持ちかけよう」
レオンハルトはため息をつき、話し出した。
「よいか?お前の力は「碧眼」だ。そして同時にブリューナクでもある」
「何を?意味がわからない」
レオンハルトは続けた。
「撫子はお前に物語を読んで聞かせたはずだ。その話に出てくる少女、即ち救世主の持つ力は右目が青く輝く事から「碧眼」と呼ばれた。そして悪魔の出来損ないの力は左目が赤く光る。これがブリューナクだ。そしてお前は二つの力を持っている。私と共に世界を、エレメントとノーマルを一つにするのだ!」
愛斗は首を傾げた。
「それと俺に何の関係がある?」
レオンハルトは首のペンダントを弄り始めた。
「お前の両親の殺害を命じたのはこの私だ。知っているだろうがな」
「ああ、知っていた。何故だ?」
「邪魔だったから。最後まであいつは私の計画を拒んだ。私が差別、偏見、弾圧、嘘、争いの無い世界を作ろうと持ち掛けたのに・・・」
愛斗の目から涙が毀れ出た。
「貴様は!貴様の理想論は自分の事しか考えていない!」
レオンハルトは悲しそうに首を振る。
「ヨハンよ。理解しろ。碧眼とブリューナクを持つものが世界を支配し、人々を、エレメントとノーマルを纏めるのだ」
愛斗は声を喉の奥から絞り出した。
「貴様は・・・俺から全てを奪った。まず両親を・・・そして・・・リリーの笑顔も・・・」
愛斗は窓の外を眺めた。
「人が何故嘘をつき、争い、偏見が生まれるのか考えた事があるのか?父上は俺に嘘を吐き続けた・・・俺だって幼くても父上が嫌われている事ぐらい知っていた。でも、父上は俺に心配するな、と言い続けた。俺を不安にさせないための・・・嘘だったんだ。でも!俺はその嘘に救われてきた・・・リリーは・・・俺に何時も微笑かけてくれた。戦争に巻き込まれ・・・自由を失い・・・苦しいのに・・・リリーは笑っていた。寂しいのに・・・俺は嬉しかった・・・俺を励ますために健気に笑うリリーが、でも・・・弱音を吐く事だって必要なんだ」
愛斗は一息ついた。涙が床に落ちていく。
「お前等は遂にリリーの笑顔まで奪った。俺を心配させないように、自分を励ますために吐き続けた嘘に更に嘘を重ねてまで精一杯生きようとしているのに」
レオンハルトは呆れたように足を踏み鳴らした。
「ヨハンよ、お前の考えの愚かさには呆れた。なあ、秀人卿。ヨハンを説得してやれ」
秀人は拳を握り締めた。
「僕は・・・確かに争い、差別、偏見、嘘の無い世界は素晴らしいと思う。でも!強制された自由を求める貴方の世界では無く・・・僕は・・・愛斗の世界を選びます!」
レオンハルトは舌打ちをした。
「下らん。騙されおって・・・マリーナ、ヨハンから力を奪い取れ!意思無き者に力は不要だ!」
撫子はレオンハルトをじっと見つめた。
「どうした?マリーナ!」
撫子は動かない。やがてゆっくりと口を開いた。
「なあ、もう終わりにしよう。お前の計画に最初は賛成したが、考えが変わった」
「何だと!?」
撫子は愛斗を見つめ、次に秀人を見た。
「世界は神の力を借りずとも変わる。私はこいつと一緒に居て、意志があれば世界はこんなにも変わる物なのかと気付いた」
撫子はそう言い、座り込んだ。
「裏切り者め!」
レオンハルトは意を決したように、ペンダントを投げ捨てた。
「秀人卿、ヨハンよ。死者と話をしたいか?」
愛斗は耳を疑った。それは秀人も同じだ。
「死者だと?」
レオンハルトの左目が赤く輝いた。それと同時に霧が目の前に現れた。
「これが・・・ブリューナク?」
レオンハルトの叫び声が聞こえた。
「私のブリューナクは死者を呼び出す!その目に焼き付けろ!」
霧の中から愛斗の前に現れたのは・・・。
「母さん、それに父上!」
愛斗の両親が霧の中から現れた。同じく秀人の前にはクローディヌが現れた。
「父上・・・」
愛斗の父、ジークフリードはゆっくりと口を開いた。
「ヨハンよ。レオンハルトの計画を受け入れよ」
ジークフリードの口から発せられた言葉に愛斗は驚きを隠せなかった。
「しかし・・・」
愛斗は亡き両親の幻影を頭から追い出した。自分の父、ジークフリードはこんなことは絶対に認めない。これは只の幻影だ。
「秀人!耳を貸すな!これは幻影だ!」
愛斗が秀人に叫ぶ。
「秀人さん?澪坂愛斗の言う事なんて無視してください。私と一緒に素晴らしい世界を創りましょう」
前と変わらぬクローディヌの笑顔は眩しかった。しかし、秀人にはその笑顔が歪んで見えた。秀人は目を閉じ、叫んだ。
「違う!クローディヌじゃ無い!クローディヌはこんな事を認めない!」
愛斗の両目が何時にも増して光り輝いた。その光は霧の幻影を照らした。
「消えろ!俺は過去になど囚われない!」
愛斗の叫びが届いたのか、霧の幻影が悲鳴を上げて消えていった。クローディヌの顔も歪み、消えていく。
「馬鹿な!?我が神のブリューナクが敗れただと?」
愛斗は胸を押さえながら、唸った。
「そうだ。お前の負けだ」
レオンハルトは尚も諦めない。
「私を殺してどうする気だ!私が消えても皇国副参謀のフェリクス・バウアーが我が意思を引き継ぐであろう!リリーが貴様に見せた笑顔など、所詮偽りの笑顔だ。真実ではない」
「それを貴様が否定する権利は無い!」
愛斗は拳銃を投げ捨てた。
「この国は俺の物だ!俺が皇帝となるのだ!」
愛斗は高らかに笑い始めた。
「愚かだ!お前の部下が幾らお前を認めようと、世界が認めないぞ!」
愛斗は涙を流しながら怒鳴った。
「なら認めさせてやろう!」
愛斗の両目が輝いた。親衛隊が愛斗に片膝をつく。
「何をしている!貴様ら!」
レオンハルトが跪く親衛隊に向かって叫んだ。
「黙れ!」
愛斗は親衛隊にレオンハルトを包囲させた。
「お前は・・・罪と共に消えるがいい!」
愛斗の叫び声と同時にレオンハルトの体に亀裂が走った。
「おお・・・・!」
レオンハルトが壊れていく、崩れていく自分の体を見つめた。
「俺は前に進む!過去は見ない!明日だけを見てやる!」
愛斗は渾身の力と思いを乗せて叫んだ。
「消え失せろ!」
レオンハルトの絶叫が響き渡る。レオンハルトの体は砕け散り、ガラスの破片になった。
愛斗は砕け散ったガラス片を見つめ、顔に笑みを浮かべた。
その笑顔は酷く冷たいものだった。
次回予告
突然、皇帝によって会見が開かれることになった。
皇国貴族、全世界の人々がこの会見に、レオンハルトの動向に注目していた。
しかし、混沌を身に纏い、姿を現した人物とは?
次回五十話「新皇帝」お楽しみに
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