番外編~日本へ~
久しぶりの更新です。まあ宿題とか色々大変な訳なのですよ。
ではどうぞ~☆
ヨハンがカミーユと知り合ってから一週間。
ヨハンは屋敷の一室で両親と話をしていた。
「母上、僕には無理ですよ」
ヨハンが静かな声で反論する。
「いえ、ヨハン。貴方が行きなさい」
ヨハンの両親、ジークフリードとヨゼフィーネはヨハンにそう言った。ヨハンが行く、と言うのは地方の巡察の事である。
巡察は毎月、領主が行う。皇族であるヨハンの家の領地は他の貴族等とは比べ物にならないほど広い。だからこそ巡察という大任はよほどの人物で無くてはならない。
「ヨハンよ。何事も経験だぞ。お前はきっと出来る筈だ。出来なくてもなんら恥じる事は無い」
そう言われると気が楽だが、ヨハンは中々首を縦に振らなかった。
「でも・・・」
ジークフリードの顔をヨハンは盗み見た。そしてため息をついた。
「分かりましたよ。僕が行きます」
その言葉を聞いて、二人はとても嬉しそうな顔をした。
「そうか。なら今日はお祝いだ。何でも食べたい物を言え」
ヨハンは疑問を残した顔で頷いた。何かおかしい、おかしすぎる。普段ならこんな事頼まれないだろうし、様子もおかしい。
ヨハンは何も言わずに部屋を出た。そのまま屋敷を抜け出し、中庭に向かった。噴水の縁に座り、またため息をついた。
「調子狂うな・・・僕は別に・・・」
ヨハンは小石を拾い上げ、噴水に向かって投げた。水が綺麗に跳ねる。
「お兄ちゃん?」
その声にヨハンは振り向いた。
「やあ、カミーユ。どうしたんだい?」
「一緒に遊ぼうと思って・・・」
カミーユは恥ずかしそうに言った。
「いいよ。じゃあ厨房にでも行こうか?丁度昼食時だ」
ヨハンはカミーユを促し、厨房に向かった。しかしヨハンの心の中には疑問が残っていた。
「ヨハン様?」
ヨハンは自分を呼ぶ声で我に返った。
「ああ。続けてくれ」
「はい、ですから今年度の収益は・・・」
ヨハンは上の空だった。どうしても胸騒ぎがするからである。何故か分からないが不吉な予感がするのだ。
「ヨハン様?御気分が悪いのですか?」
ヨハンの専属執事であるライナー・ドレスラーが耳元で囁いた。
「いや、平気だよ。少し胸騒ぎがするんだ・・・」
「そうでございますか。ならそろそろお戻りになりますか?」
ヨハンは頷いた。一刻も早く屋敷に戻りたかったのだ。ライナーはヨハンの前に立ち、報告を打ち切った。
「本日の報告はここまでです。ヨハン様も御疲れの様ですので」
ライナーの威厳のある声に、集まっていた群衆は帰り支度を始めた。ヨハンも席から腰を浮かせ、門の前に止めてある車に向かった。
「ライナー、限界まで飛ばして欲しいんだ。急いで屋敷に戻らないと・・・」
ライナーが車のドアを開け、ヨハンを促した。
「さあ、御乗りください。急ぎましょう」
ライナーもヨハンの顔に浮かぶ不安を感じ取っていた。ヨハンは車の後部座席に座ると、貧乏揺すりを始めた。よほど落ち着かないのだろう。
屋敷までは三時間程かかるが、二人の間に会話は生まれない。ヨハンの乗る車の後ろには他の執事が乗った黒いワゴン車が二台走っている。
暗い車内でヨハンが顔を上げ、ライナーにもどかしい口調で尋ねた。
「ライナー、父上達は今日、屋敷で客人を迎える予定とかはあったかな?」
「いえ、そのような御話は聞いておりません」
「そう。ならいいんだ」
ヨハンはそれで会話を打ち切り、黙り込んだ。
車が屋敷の前に止まったのは午前一時の事だった。ヨハンは車から飛ぶ様にして降り、屋敷の門の前に呆然と立ち尽くした。
「これは・・・?」
屋敷の正門の金具はずたずたに引き裂かれ、火が燻っている。
ヨハンは全速力で屋敷の玄関へと走った。屋敷の玄関は吹き飛ばされ、家中の窓ガラスが砕け散っていた。
「そんな・・・」
ヨハンは空洞になった玄関を潜り、大広間に足を踏み入れた。中に広がっていた光景とは・・・。
「父上!母上!それに姉上も・・・」
大広間は血の海と化していた。大階段の中腹には執事や使用人、メイドが全身を撃ち抜かれ、死んでいる。そして階段の上には血に塗れたジークフリードの姿が、階段の下には血の海に横たわるヨゼフィーネの姿があった。
さらにヨハンにショックを与えたのは大広間の中央に目を薄っすらと開いたままでひたすら震え、倒れている唯一のヨハンの味方であったマリアの姿があったからだ。
「姉上!しっかりしてください!」
ヨハンがマリアに駆け寄り、抱き起こした。マリアの目の焦点がヨハンに向いた。
「ヨハン・・・?」
「そうですよ!誰がこんな事を・・・」
マリアは何発もの銃弾を被弾していた。後ろからライナーと二人の執事が現れた。
「ヨハン様!お逃げください!」
ライナーが拳銃を引き抜き、階段の上にいた兵士を狙い撃った。
「ライナー!これは?」
ライナーと二人の執事はヨハンとマリアを抱え、階段の裏に逃げ込んだ。
「ライナー、奴らは一体?」
ライナーは壁の石造のボタンを押した。大きな絵画がずれ、抜け道が現れた。
「この穴は?」
「これは抜け道でございます。ここからお逃げください」
「逃げる?一体何処へ?」
ライナーが服から小さなケースを取り出し、ヨハンに手渡した。
「この中身は落ち着いてからご覧下さい」
ライナーはそれだけ言うと、ガソリンを大広間に撒き始めた。
「ライナー!何を!」
「お静かに!ヨハン様は死んだという事にするのです」
ヨハンはしばらく黙っていたが、頷いた。
「分かった。で、ここを抜けたらどうすればいい?」
ライナーはヨハンに地図を渡した。
「ヨハン様は南に向かって下さい。途中で合流しましょう。それからヨハン様は日本にお向かい下さい」
「日本!?」
ヨハンは素っ頓狂な声を上げた。
「そうです。日本で保護してもらう手筈になっております」
「どうしてそんなに手際がいいの?」
ライナーは少しの間黙っていたが、重々しく口を開いた。
「それは・・・ご主人様、ジークフリード様からのご命令ですので・・・」
「何だって?」
「ジークフリード様はこの事態を想定しておられました。その上でこの様な事態に陥った場合に私にこの事をご指示なされました」
ヨハンは驚きを隠せなかった。しかし、今どうのこうの言って解決する問題でも無い。
「分かったよ。ライナーも無事で」
ヨハンはそれだけ言うと、抜け穴を潜り、走り出した。途中で一度だけ振り返る。
「さようなら、マリア。そしてカミーユ。もう二度と逢う事は無いだろうね・・・」
ヨハンの安らかな生活は終わりを告げた。今日からヨハンはヨハンでは無くなったのだ。
次回も番外編です。しばらく続く予定なので。