三十七話 最愛の別れ
秀人はふと目を覚ました。銀色の天井が広がっている。
「目が覚めましたか?秀人さん」
秀人は上半身を起こし、声の人物を見た。それはリリーだった。
「リリー、怪我は無いかい?」
秀人はあの夜、リリー救出に成功していたのだ。傍にはジェラルドがいた。
「おぉ、秀人。目、覚めたか?」
リリーは秀人を見た。
「あの、愛斗さんの事ですけど・・・」
秀人は身を固くした。次の嘘を考えなくては・・・。
「秀人さん・・・愛斗さんは過ちを犯したんですね?」
秀人はリリーをゆっくりと見た。
「誰から聞いた?」
「俺が全て話したんだよ」
ジェラルドが水を注ぎながら言った。
「ジェラルド?何故話した?」
ジェラルドは水を秀人に渡すとため息をついた。
「嘘で誤魔化すより本当の事を話した方がいいだろ」
リリーも頷く。
「愛斗さんが過ちを犯して、クローディヌさんや他の人も殺したのなら・・・私が愛斗さんに罪を償わせます。私は今日から愛斗さんの敵にです」
リリーの声には涙が混じっていた。
「テレビ点けるぞ。丁度、澪坂愛斗の戴冠式だ」
ジェラルドがテレビのスイッチを入れた。
ここは東京。政庁府から伸びる街道には大在の国民が集まっている。その街道に大きな神輿のような車が走り出そうとしている。中には真っ白い正装に身を包んだ愛斗がいた。街道にはアナウンサーが大勢居る。全員がこの記念式典を心待ちにしていた。
「さぁ、いよいよ我らの救世主、そして日本の統治者である新生大日本帝国皇帝、能面の百鬼様が遂に素顔をお見せになります。あっ!見えました!」
愛斗は堂々と素顔で玉座に座った。横にはカノンと無事に帰還した海星がいる。皇帝の顔を見た国民は口々に話し始めた。
「あれが皇帝陛下?もっと怖いお顔かと思ったわ」
「でも、頼りなさそうね・・・」
「素晴らしい・・・実に堂々としていらっしゃるぞ・・・」
飛行艇の中の絢も感激の声を上げた。
「あれが能面の百鬼かいな。凛々しい顔やな~」
車が進み始めるとアナウンサーが実況を始めた。
「さぁ、中央の玉座に座っていらっしゃる御方こそ、皇帝陛下です!その隣には副指令の浅代様、海星様のお姿があります。そして、パレードの先頭を務めるのは玄武隊です。隊長は柏カリーヌ様。左翼を守るは青龍隊、右翼を守るは白虎隊、後方は朱雀隊です。そして、六華戦の方々もお見えになりました!」
愛斗は歓声に沸く国民に手を振った。
「まぁ、お手をお振りになったわ!」
一人の女性が叫ぶと、歓声がより大きくなった。愛斗は歓声に包まれながら只、前を見ていた。
そんな歓声に包まれている中、街道の脇のビルの十階には一人のエレメントがいた。男は狙撃銃に弾を込めた。男に任された任務は皇帝の暗殺だった。男は銃を構え、狙いを定めた。狙いは愛斗の頭だ。
「この命、皇国のために・・・」
男は引き金に指を掛けた。
カノンは胸を張り、愛斗の横に立っていた。そして幸か不幸か、カノンの目は愛斗に向けられた銃口に気づいた。カノンが次にとった行動、カノンは愛斗を庇う様に射程内に飛び込んだ。
「閣下!危ないです!」
次の瞬間、短い銃声が響いた。歓声が止む。カノンの胸から赤い鮮血が垂れた。
五秒間の静寂。海星が我に返り、叫んだ。
「あのビルだ!行け、青龍隊!犯人を殺せ!」
左にいた青龍隊がビルの方角へ飛んでいった。
愛斗は玉座から立ち上がると、カノンに近づいた。そして、カノンを自分の膝の上に乗せた。
「浅代?目を開けろ!」
カノンがゆっくりと目を開けた。
「か、閣下・・・お怪我はありませんか・・・?」
「あぁ、大丈夫だ。だから、喋るな!」
しかし、血は止まらない。回りに出来た血溜りが彼女の命の短さを教えていた。
「閣下、私は・・・幸せでした・・・最期に・・・」
「駄目だ!死ぬな!お前はリリーの代わりになると言ったじゃないか!」
海星が愛斗の後ろに立った。
「閣下、救急隊を呼びますか?」
「当たり前だ!急げ!」
海星が頷き、叫んだ。
「救急隊を呼べ!」
愛斗はカノンを更に抱きしめた。
「お前が死ぬ時は俺が死ぬ時だ!お前がそう言ったんだ!死ぬのは許さない!」
「閣下、すみません・・・どうやらそのお約束は守れそうにありません・・・」
愛斗の目から涙が溢れる。
「駄目だ!死ぬな!リリーも死に、お前も死んだら・・・」
カノンは死に際にあるというのに笑顔を見せた。
「閣下?私は・・・世界のノーマルの希望に・・・なれましたか?」
「あぁ、お前は全世界のノーマルの英雄だ!だから、死ぬな!」
カノンは空を見上げ、最期の言葉を言った。
「閣下、私は・・・何時でも・・・閣下を・・・」
カノンは安らかに目を閉じた。愛斗はカノンを激しく揺すった。
「浅代!?おい!目を開けろ!」
しかし、返事は返ってこなかった。白い服を着た救急隊が今更になってやってきた。
「閣下、救急隊が来ました!」
愛斗は冷ややかに呟いた。
「遅い・・・」
「はい?」
「遅い!もう意味が無い!」
海星はカノンに近づき、脈を計った。
「駄目だ・・・脈が無い・・・」
車の階段を井崎が上ってきた。
「閣下、パレードは中止しますか?それにお召し物が血で台無しです。お着替えをお持ちしましょうか?」
愛斗はカノンを抱えると、玉座に座らせた。
「いや、パレードは続ける。俺も着替えない。しかし、パレードの内容は変更だ。戴冠パレードは中止にして、浅代の追悼パレードを執り行う。車を走らせろ」
「御意」
井崎は指示を部下に出した。回りから歓声が飛ぶ。群集が再び、叫びだした。井崎は立ち上がった愛斗の姿を見て、呟いた。
「閣下、そのお姿は・・・」
愛斗の来ていた白い正装は血で紅に染まっていた。まるで日本の国旗、日の丸の様だった。
次回予告
カノンを失い、心を閉ざした愛斗。
その頃、渚もある決意を固めていた。
愛斗は立ち直れるのか?渚の選ぶ道は?
次回三十八話「真実の意味」お楽しみに