三十三話 魂の決戦~前編~
朧月学園襲撃の翌朝。かなりの建物が残骸となった裏庭でイヴォンは瓦礫を漁っていた。
「くそっ!クローディヌもヨハンも何処に行っちまったんだよ」
イヴォンは先ほどからずっと悪態をついている。クローディヌとヨハンはいなくなり、秀人も朝一番に政庁府に行ってしまった。渚も事態の収拾に追われている。話し相手がいなかった。仕方ないのでイヴォンはラジオをつけた。ラジオから女子アナの声が流れてきた。
「昨日未明、朧月学園を中心とするエリアでレジスタンスによる破壊活動が行われ、死者は数千人との情報もあります。この事態に対して政府は軍を出動させました。そして、先ほど入ったニュースです。新生大日本帝国と
関西連合の連合軍が副都心池袋、渋谷、新宿に攻撃を開始しました。政府はこの件に関しては一切のノーコメントです。あっ!只今入った情報です!新生大日本帝国が政府に対しての宣戦布告を発表しました。該当するエリアにお住まいのエレメントの方々は避難を開始してください。危険地区に指定されたエリアは・・・」
イヴォンはため息をついた。
「同じニュースばっか・・・俺も逃げた方がいいのかな?」
そのころ、日本エレメント自治区政庁府では秀人が司令室の前に立っていた。
「聖霊騎士団の識神秀人だ。通してくれないか?」
将校がバッジを確認した。
「聖霊騎士団の識神秀人卿ですね。入室を許可します」
秀人は頷き、自動扉をくぐり、司令室に入った。司令室の玉座には見知らぬ男が座っていた。その回りにはジェラルドとカミーユにライヒアルト、他は新顔だ。
「よぉ、秀人、紹介するぜ。この三人は本土から派遣された聖霊騎士団の柏シルヴェストル卿とナーシャ・ギルマン卿、ニコライ・アンドロポフ卿だ」
秀人は三人に近づき、一礼した。
「初にお目に掛かります。識神秀人です」
「柏シルヴェストルです。よろしく」
「ナーシャ。ギルマンよ。まぁ、ヘマはしないでね」
「ニコライ・アンドロポフだ。同志よ」
玉座の男が立ち上がった。
「自己紹介は済んだか?」
ライヒアルトが片膝をつき、深く頭を下げた。
「ヴィルフリート殿下。ご指示をお出しください」
ヴィルフリートと呼ばれた男は頷いた。
「私はストライダム皇国軍総参謀を務めるヴィルフリート・フォン・ストライダムだ。秀人卿は初めて見るな」
「はい、殿下。秀人卿は新しい団員ですので」
ヴィルフリートの隣に立っている男が秀人を観察し始めた。
「私は副参謀のフェリクス・バウアーです。秀人卿、以後お見知りおきを」
その時、後ろの扉が開いた。長髪の女性が部下と思わしき軍人を二人引き連れて入ってきた。
「どうした、レギーネよ」
「どうしたもこうも無い!長ったらしい自己紹介は後にしろ!今は戦争中だ!」
秀人はその大声に怯んだ。相当の男勝りの性格のようだ。
「君が秀人君だね?」
レギーヌが引き連れてきた男の方が笑顔で尋ねてきた。
「はい」
「私はレギーヌ様親衛隊の隊長、クリス・ベイカーだ。こっちの女性は副隊長の李瞬敏だ」
「よろしくお願いします。クリスさんと・・・シューミンさん?」
「そうだ。発音が良いな」
秀人は振り返り、ライヒアルトに尋ねた。
「エルネスト殿下は?」
「エルネスト殿下は渋谷の前線に陸戦艇で指揮をされている。私たちはその援護に渋谷に行くのだ」
ヴィルフリートが頷く。
「作戦は理解しているな。早速、出撃せよ」
「了解」
全員が頷き、格納庫に向かった。
渋谷上空、新生大日本帝国戦列艦、ドレッドノート内司令室。愛斗は玉座に座り、素早く指示を出していた。
「レジスタンス全部隊、敵警備部隊と交戦を開始しました。通信を繋げます」
乗組員が通話ボタンを押すと、石田大尉の声が聞こえてきた。
「こちら石田です。敵警備部隊と交戦中。エルネストの陸戦艇は二キロ前方にあります。上空にはレギーネ・ストライダム副指令の母艦が待機中です。このままの戦力では敵の主力との戦闘には耐えられません。応援を」
「了解した。リリーの回収が終わったら、主力部隊を投入する」
愛斗は敵のシステムからハッキングした情報を眺めた。一枚の資料をみたカノンが愛斗に尋ねた。
「閣下、少し気になる事が・・・」
愛斗はカノンを見た。
「何だ、浅代?」
「いえ、これが気になりまして・・・」
愛斗は資料を見た。
「コードフェニックス?何の事だ?」
愛斗はパソコンを立ち上げ、ハッキングを開始した。
「何重にもブロックされているな・・・これ以上の情報は望めなさそうだ」
カノンは書類を見て、独り言を呟いた。もちろん愛斗には聞こえなかった。
「何か嫌な予感がするのですが・・・気のせいですかね・・・」
愛斗は時計を見た。
「リリー回収のタイムリミットは午後六時だ。まだ余裕があるな」
午後五時、愛斗は立ち上がり叫んだ。
「まだか!リリーの回収が終わらなくては攻撃が始められない!」
井崎が通信ボタンを押した。
「回収班、まだ回収は完了しないのか?」
通信先はかなり混雑しているようだ。雑音が後ろから聞こえてくる。
「はい、リリー・ケンプフェルは確認出来ません」
愛斗は指で書類の角を折りながら、呟いた。
「頼む、リリー。時間が無いんだ・・・急いでくれ・・・」
午後五時三十分。まだ通信は来ない。愛斗は携帯電話を手にとり、リリーの携帯電話に掛けた。直ぐにリリーがでる。
「愛斗さんですか?」
「あぁ、そうだ。今、何処にいる?」
リリーは残念そうな声で答えた。
「まだ、病院です。ごめんなさい・・・」
「何だと!?逃げろと言ったじゃないか!」
愛斗は叫んだ。
「愛斗さんは何処に?」
愛斗は司令室を見回してから答えた。
「安全な船の中だ。お前も早く逃げろ」
リリーは悲しそうに言った。
「無理です。他の患者さんも溢れる程いて、みんな逃げようとしています。私は廊下に出る事も難しい状況です。本当にごめんなさい・・・」
「お前の謝る事じゃない」
「私、愛斗さんと逢えて本当に良かったです。初めて出会った時の事、今でも覚えています。はっきりと・・・だから・・・お礼が・・・したくて・・・」
電波が乱れてきた。電波塔が破壊されかけているのかもしれない。
「あ・・・りがとう・・・」
通話が途切れた。司令室に通信が鳴り響く。
「閣下!もう限界です!主力部隊が到着しました。早く、早く援軍を!」
カノンが愛斗の肩を叩いた。
「閣下、ご指示を」
他の乗組員、井崎も同じ様に言った。
「閣下、ご決断をお願いします」
愛斗は頭を抱えた。自分の発言で、大切な人の命が儚くも消え去ってしまうのだ。しかし、今の愛斗は皇帝だ。国を優先する義務があるのだ。愛斗は震える声を喉の奥から絞り出した。
「攻撃を開始しろ。主力部隊を投入だ」
次回予告
遂に苦渋の決断を下した愛斗。
そして、決戦が幕を開ける。
この戦いの果てに残る物とは?コードフェニックスとは何なのか?
次回三十四話「魂の決戦~後編~」お楽しみに