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第二章

異世界に召喚されて転移した喪女聖女の物語です。1~2週間で更新していきたいです。

第二章


 そしてその翌日。


「サヤカ様。お気の毒ですが、貴女にはここで死んでいただきます」


 まさか人生初のプロポーズから二十四時間以内に殺害予告をされるとは。

 場所は教会から離れた誰もいない「昏い森」で。自分はこの世界でたった一人の現代日本人で。相手はこの数日世話を焼いてくれた王国騎士と護衛騎士で。その二人が剣を抜いて自分を殺そうとしている。

 今日は王都からの荷物を待って何かの儀式が行われたのではなかったか。そこで鑑定器とかいうもので清香の魔力量とやらを測ったのではなかったのか。そこから聖女としての仕事が待っているのではなかったか。だがその時、神官はなんと言っただろう。


「魔力量がゼロです」

 そういう意味のことを言わなかっただろうか。


 霞のかかった頭に少しずつ記憶が戻ってくる。そのあと、神官長のノイマンやレオニス王子はなんと言った?「役立たず」「あんなクズだとは」そう言わなかっただろうか。王になった暁には清香を王妃に迎えると、そう言ってくれたその口で。

 なんだろうこれは。悪い冗談にもほどがある。冷や汗も出ない。喉が渇く。足が、足が震える。視線を落とすと、左手の薬指には赤い宝石の指輪が光っていた。それが今までのことが夢ではないことを残酷に告げていた。


「なん……なん、で……」

 清香はそう呟くのが精一杯だ。その様子を見たロイの口からは驚くほど軽い調子の声が発せられた。

「うん、なんでかって言うとですねサヤカ様。先ほどの儀式で貴女の魔力量がゼロであることが判明したからなんですよ」

「ゼロ……」

 清香自身の耳にも届いていた現実が改めて繰り返される。あれは聞き間違いではなかったのだ。魔力がゼロ、そこまではいい。だがそれは、殺されなければならないほどの罪なのだろうか。

「まずゼロっていうのがありえないんですよ。普通はね、魔力が無いと生きることすら難しいっていうのに。全く、どれほど才能ないんですか貴女は」

「……」

「それに魔力が無いとなると魔法も使えない。仮にどんなすごい魔法を覚えていたとしても使えないんじゃ意味ないし、証明もできないですよね」

 ロイには特に急いだ様子もない。距離を詰めるでもなく清香の疑問に答える。その平坦な様子は、その気になればいつでも殺せる自信の表れのようで、なおのこと恐ろしかった。

「だ、だからって……殺すなんて」

 それでも辛うじて口を開くと、射貫くようなロイの視線に肝が冷える。

「ははは。貴女、自分が召喚されるコストがどれほどかかっているかお分かりでない?使った高等魔石も貴重品だし、神官の人員だってタダじゃないんですよ」

 声も明るく笑顔だが、目が笑っていない。

「儀式は実験的だったから大々的に宣伝したわけじゃないけど、完全に秘密裡ってわけでもない。成功の可能性は低くはなかった、だからこそ陛下も容認した。もちろん失敗する可能性はあったけど、でもそれはそれでよかったんだ」

「……?」

 清香にはまだ話が飲み込めていない。失敗してもよかったというなら、なぜ。

「失敗したら、やはり聖女とは召喚できるような存在ではない、頼れるものではないと証明できる。すると我が国の魔術研究の価値が上がるんだよ」

「……」

「そのうえで大々的に瘴気の脅威を宣伝すれば、最終的には周辺国も我が国に頼らざるを得ない。古臭い聖女信仰にしがみついて手をこまねいていた奴らの頭ひとつ抜けられるはずだったんだ」

 ロイの説明には多少の苛立ちが感じられる。

 そういえば、レオニス王子は王位継承権を巡って争っていると言っていた。その功績をもって発言権を高める予定だったのだろう。

「ところが、召喚に成功したのはいいが、サヤカは魔力がゼロ……どうにも使えない聖女だったってわけ」

 じり、とロイが半歩距離を詰める。しかし清香の足は動かない。動けない。

「こういう半端なのが一番困るんだよね。ウチの国の中にもまだ頭の古い、聖女信仰に篤い貴族連中も多いんだよ」

 忌々し気に、吐き捨てるようにロイは告げる。

「召喚に成功しましたが使えませんでした、なんて聖女を冒涜したも同然だからね。周辺国との関係も悪化するだろ?」

 ロイの口調からはいつの間にか敬語が消えている。もはや清香は敬うべき存在ではなくなったということだろうか。

「だから、殺すの……?」

 震える唇が辛うじて言葉を発するが、かちかちと、歯の当たる音もする。ロイは当然のように頷き、剣を構えた。

「そうだよ。もはや貴女の存在がリスクなんだ。いるだけで迷惑よね、儀式は失敗だったことにすればまだ充分間に合うんだからさ」

「あんなに、親切にしてくれて、たのに……」

「ははは。利用価値があると思ったんだけどね。誰だって不要になったゴミは捨てるでしょ?」


 清香は平和な国で生まれ育った平凡な日本人だ。それゆえに、ここまで冷徹に命を軽んじられたことはない。

 もちろん平和な日本であろうとも、予期せぬ死を迎えることはあるかもしれない。病気や事故もあるだろう。恨みを買って殺されることもないとは言えない。または通り魔殺人などに遭遇することも、可能性としてはあるのだ。

 だがしかしここまで軽く、自ら人を殺そうとする相手と遭遇することはあるだろうか。昨日まで優しく世話を焼いてくれた人々から見放され、まさにゴミを始末するかのように殺される。そんなことが。

 この場にレオニスはいない。自分たちの都合で召喚し、プロポーズまでしておいて、その処分を部下に押し付けて結末を見届けることさえしないのだ。しかしそれに対しては怒りも湧かない。

 そんな気力はもう、清香には残っていなかった。

 しかしその感情に反して頭脳は高速回転を始める。どうにかして生き残れないか、半ば自動的に本能が作動しているのだ。

 観念したわけではないが、抵抗らしい抵抗もできないだろう。そもそも相手は人間や魔物相手に日常的に戦闘を行う騎士だ。腕前は定かではないが、少なくとも清香よりは強いだろう。その騎士が二人、しかも剣という武器まで持っている。よく手入れされた鋭い鋼の塊は、切れれば血が出るだろうし、体のどこかを刺されればそれだけで致命傷になり得る。

 では逃げるべきだろうか。履いている靴は森歩きに向いているとは言えないヒールの靴。服はふわふわした白いローブだ。何のスポーツもせず、デスクワークからの引きこもりをしてきた清香が、屈強な騎士ふたりからこんな格好で夜の森の中を逃げられるとは到底思えなかった。

「や……やだ……」

 眼前に迫ってくるむき出しの殺意に、悲しみとも恐怖ともつかない感情に支配された清香の口が再び開く。死にたくない。でも痛いのはもっと嫌だ。では思い切って逃げた方がいいのか。でも逃げたら追われるだろう。足止めに殴られるかもしれないし、刺されたら苦しみが長引くかもしれない。それは嫌だ。

 いや待て、なんで早く殺されることを考えているのか。死なないことを考えるべきではないのか。助かる方法を考えるべきではないのか。それはどうすればいい。どうしようもない。それはさっき考えた。思考が回転している。この思考をパージ。

 いくつもの物事を同時に、筋道立てて考えるのは清香の数少ない得意技だ。しかし、それをもってしても打開策は浮かばない。

 やはり大人しくしていればいいのだろうか。その場合は死ぬ。殺される。最小限の労力で。邪魔になったゴミクズを屠るかのように。なんの感情も持たれずに。それは嫌だ。せめて人間として扱ってほしい。

 そこで清香の思考は途切れた。

(ああ、そうか)

 目の前の危険に対処しなければならない時なのに、それと並行してある考えが浮かんでしまう。

(この人たちにとっては、当たり前のことなんだ。人を殺すっていうことに抵抗がないんだ……でも)

 騎士というのは戦争に赴く仕事、人々を守るために敵を殺す仕事だ。害獣や魔物とも戦って殺す仕事。いくつかの単語が、明確なイメージを伴って清香の脳裏をよぎる。他者の命を奪う仕事なのは間違いない。しかし仮にその対象が親しい人や愛しい人だったらどうだろうか。さすがの彼らでも思い悩み、違う結果を生むことがあるのではないか。

(そうか、そうだよね……)

 そこまで考えて、ある結論に達する。それは清香にとって慣れ親しんだ、いつもの、何度も経験した、お決まりの絶望だった。

(私がゴミみたいな人間だから、何の価値もないクズだから、この人達は何の抵抗もなく、私を殺せるんだ)

 気付いてしまった。自分は彼らが殺人を躊躇うほど価値のある人間ではないのだと。

 ずっと言われてきた。劣っている。頭が悪い。要領が悪い。努力が足りない。怠けるな。使えない。ゴミのようだ。クズだ。その言葉は呪いのように清香の心を支配する。


 清香の中でなんらかの結論が出たことを察したのだろう、ロイと護衛騎士は清香との距離を慎重に詰める。小説の小悪党のようにヘラヘラと軽口を叩きながら迫ってくればまだ隙を突くことも考えられたかもしれないが、その構えに油断は感じられない。彼らは自分の命を懸けて戦う騎士であり、受けた命令はこなさなければならない。その命令が善か悪かは関係ないのだ。

(そうか。私が、私が悪いんだ……だから殺されるんだ)

 何重にも繰り返される思考が清香の頭脳を痛める。逃げるパターン、抵抗するパターン、話術で時間を稼ぐパターン、取引を持ち掛けるパターン。高速で頭は回るが、その全てが空回りだ。

 いよいよ考えることができなくなったあたりで、ロイと護衛騎士の剣が届く範囲に近づいてきた。時間にすればわずか数秒。その数秒の間に、清香の頭脳はあらゆる可能性を追求した結果、どうしても助からないという絶望的な結論を導き出した。

 突然異世界に召喚されたと思ったら聖女だとか言われて王子様にプロポーズされて、でも使えないから殺される。この局面をどうにかするには手持ちの材料では不足している。何か。何らかの偶発的な出来事が必要だった。


 そして、ロイの抜いた剣が清香の頭上に振り上げられた時、その出来事は起こった。


 低いうなり声が清香の耳に響いた。

「なんだっ!?」

 それは当然ロイと護衛騎士の耳にも届いていて、二人は清香よりよほど早く対応していた。

 咄嗟に森の奥に向き直った護衛騎士に向かって、森の奥から声の主、四つ足の黒い影が飛び掛かってくる。それはまるで狼のような形をした、しかし外郭を伴わない黒い塊だった。

「ぐぁっ……!」

 警戒はしていたが、その影のあまりの速さに対応しきれずに護衛騎士が倒れる。どうやら喉元に嚙みつかれたようでじたばたと暴れるものの、ほんの数秒で動かなくなった。

「……魔獣!」

 同時にロイが反応する。清香の方をちらりと見るが、こちらに手間取っている場合ではないと判断したのだろう。すぐ馬車に向かって走り始める。

 清香はその単語に聞き覚えがあった。召喚されてから三日の間に神官長ノイマンに教わったことのひとつだ。


「よいですかなサヤカ様。昏い森の瘴気が濃くなると四つ足の獣のような姿を取り始めます。これを魔獣といって、人間の生命力を吸い取ってしまうのです」

 触れただけでもその箇所から徐々に生命力を吸い取られてしまうため、非常に厄介なのだと聞いた。可能なら魔術で対処すべきで、辛うじて剣で撃退できる相手ではあるが、瘴気や魔獣の扱いに慣れている者でなければ危険だという。

 現に、襲われた護衛騎士は為す術もなく倒されてしまった。よく見ると、噛みつかれた喉元を中心に真っ黒に染まり始めていて、明らかに普通の状態ではないことが分かる。

「あれが……生命力を吸われるっていうこと……?」

 馬のいななきに振り返ると、ロイが馬車から馬を切り離して乗り込んでいるのが見える。馬上からこちらを一瞥するとそのまま無言で走り去ってしまった。

「あ……!」

 乗せていってくれないだろうかと思ったが、そもそも相手は自分を殺そうとしていたのだからそんなはずもない。呑気にもほどがある。次に浮かんだ疑問は、なぜ魔獣はロイが逃走することを許したのか。馬を馬車から切り離して乗り込むまで、それなりに時間はあったはずだ。

「……ひっ!」

 その答えはすぐに出た。完全に真っ黒になってしまった護衛騎士の上に乗った魔獣は、ロイではなくこちらを睨んでいるからだ。次のターゲットが自分に決まったという事実に、清香の心にまた新たな絶望感が襲い掛かる。

 すでにロイの姿は視界から消えている。ゼルガード王国は彼らが自負している通り、魔術大国だ。魔術師ではないロイでは魔獣の対処は難しいのかもしれない。

 助かる術を模索する間もない。黒い影の魔獣は一直線に飛び掛かってくる。清香の反射神経では腕を振って抵抗する程度のことしかできない。

「いやーーっ!」

 まだ口から叫び声が出ただけマシというものだろう。だが魔獣はそんな声に怯むこともなく、清香の身体に覆いかぶさっていた。


 しかしその時、信じられないことが起こる。

 無我夢中で振り回した右腕が魔獣の顔に当たると、清香の腕が魔獣の身体を通り抜ける。そこから魔獣は細かいチリとなって砕けてしまったのだ。まるで霧を払うように、さほどの抵抗もなく。

「……え?」

 一番番驚いているのは清香自身だ。もちろん、こんなことができるなんて知らなかった。清香の目の前に小さな石コロのようなものがふたつ落ちる。それが何なのか分からないまま反射的に拾ったが、まったく事態が理解できない。

「た、助かった、の……?でも私は、魔力ゼロだって……」

 どうしてこんなことができたのか分からない。だがとりあえず眼前の脅威は去ったのだ。すぐに動かなくてはならないと思うが、腰が抜けていて動けない。

 呆然としている清香の耳に、再び物音が聞こえる。他にも魔獣がいたのだろうか。しかし、次に聞こえてきたのは人間の声だった。

「そこにるのは誰だ?」

 やがてその声の主が現れる。茂みの奥から出てきたのは、立派な騎士服に身を包んだ黒髪の騎士だった。


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